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薄暗い地下指揮室に、緊迫した空気が凝縮している。壁際の卓上に広げられたホログラム台座から、青白い光を放つ立体地図が妖しく浮かび上がり、小さな粒子がかすかに揺らめいていた。敵本拠点――「枢機」と呼ばれる最重要拠点の位置、外郭防衛線、配置される重砲台や無人戦闘ロボットの稼働状況まで、ありとあらゆる情報がこの地図に詳細に映し出されている。
中心に立つ夏山颯は、直立不動で視線を注いでいた。らせん状に配された複数の防衛層、敵の警戒レベルは最高度。果てしなく堅牢な要塞。そこを一晩のうちに打ち破り、敵の生命線を断つ――それが明日未明、独立部隊に課された最後の任務だった。
「……これが敵枢機の構造だ」夏山は声を低く落とし、指先でホログラムをなぞった。壁のスクリーンに、敵の内部構造図が投影される。コアは巨大なエネルギーセントラルであり、その中枢制御システムを破壊しなければ、敵の抵抗は永遠に続く。単なる陣地奪取ではなく、敵兵力の根幹を根こそぎ断ち切ることを意味した。
「ここから先が本作戦の最難関だ。地上部隊はこの防衛線を突破し、内部の制御室への直接侵入ルートを確保する。一方、航空隊は上空からの狙撃支援に安定的に入り、機械式兵器群の破壊を優先する。だが、敵の自動防衛システムはこのエリアへの侵入を察知すると秒速で防御態勢を強化するため、タイムリミットは一刻も短い」
ホログラムの一角に点滅する赤いアイコンに、夏山の指が止まる。そこは多くの電磁障壁と高密度シールドを複合的に用いた深度真下からの侵入ポイント。だが、そこを通らなければ Control Core には届かない。
「……ここを突破し制御室へ至る道は敵の最も手厚い防衛ラインが張り巡らされている。無論、戦闘は必至だ。俺たちは『死地』に飛び込むのだ」
隣に立っている重装甲歩兵の新人・三原が口を震わせて言った。
「隊長……あんなところ、どうやって突破すれば……?」
夏山はゆっくりと彼の肩に手を置いた。
「俺たちが行かなければ、あの場所は破れない。恐れるな。恐れて何もしなければ、敵の歯車は巨獣のままだ。……俺たちの手で砕くんだ」
全員の目が夏山の言葉に引き寄せられ、黙然とした決意が部屋を満たした。
作戦室の隅にいる通信士・須賀が、静かにデータを整理している。
「各部隊へ、突入タイムライン最終確認。予定よりも5分早起動…いや、ここは敵も動くだろうから足並みを揃えて同時侵攻で問題ありません」
夏山は深呼吸しながらうなずく。
時間が進むにつれ、作戦ブリーフィングも細部に渡って詰められてゆく。各班長たちが入れ替わり考察を述べ、火器支給の最終調整がなされる。狙撃班の副隊長・北見は鋭い視線で兵器の破壊威力を吹き込んだ。
「今回使用する新型EMPグレネードの爆破範囲によって、防衛システムの一部を無力化できる見込みだ。だが爆発の瞬間は、こちらの位置も相当に露呈するので全員警戒を」
兵站担当の小松は、重火器と医療用品の積載数を最後に点検していた。
「補給はこれが最大だ。これ以上は積めない。各自弾薬管理は厳重に。無闇撃ちは命取りになる」
皆が暑苦しいほどの緊張感と、重苦しい覚悟の中にあった。戦いの決戦場となる「枢機」の深淵さと、そこで交わされるであろう死闘の予感が、胸に鈍く響く。
ブリーフィングが終わり、指揮室の照明が落とされた後。夏山は一人、一人の部下の元を回って短く言葉を交わした。
まずは三原。
「三原。明日は初陣だな。怖いか?」
「……はい。すみません、隊長。俺、ちゃんと役に立てるでしょうか」
「立てる。お前のその素直さが何より武器だ。明日もそのまま頼む」
彼の頷きと共に、夏山は静かに背中を叩いた。
次は北見。
「北見、あの光の狙撃手……お前の腕を信じている。後ろで支える仲間のために、一発一発を確実に」
北見は暗がりの中でも鋭い意志を返した。
「任せてください、隊長。絶対に結果を出します」
更に通信士の須賀に。普段は無口な彼女に、
「須賀、お前のミス一つが全てを台無しにする。冷静に。いつもどおりだ」
須賀は軽くうなずいた。
「はい、隊長……絶対に」
最後に小松。
「小松、俺たちの胃袋も任せたぞ。補給がないと、どんなに強くても動けない。頼む」
小松は小さく微笑んで、
「わかってます。やらせてください」
夏山が皆の顔を確かめると、小さなため息をつき、部屋の奥に向かった。そこには薄暗い角に置かれた写真立てがあった。そこにはかつての戦友たちの姿が色褪せたまま並んでいる。
夏山はそっと視線を落とし、ひとつひとつの顔を心に刻んだ。
「……お前たちの思いは、俺たちが背負う。ここで止まるわけにはいかないんだ」
眼差しは硬く、かすかな喉の震えを押し殺すようにして壁に身を預けた。
外の空はまだ闇に覆われていたが、指揮室の隙間からほのかな東の空の朱が差し込み始めていた。
その時、重々しい金属音が響く。
部隊員たちは各々の装備点検に入っていた。銃器の弾倉に弾丸を装填し、新型の光学スコープの調整、EMPグレネードの最終確認。夜空に佇む一人ひとりの顔には、戦いへの静かな覚悟が滲んでいる。
夏山も自らの武器を肩に担ぎ、立ちあがった。
静かに重なる足音が地下指揮室に反響し、やがて隊列がきっちりと整う。
「いくぞ……」
誰も声を上げず、ただそれぞれの胸の内に己の決意を抱いていた。
夜は、明けてゆく。
この一戦が、誰かの生涯の最後になるかもしれない。
だが、彼らの闘志は夜明けの光に映えて、決して揺らぐことはなかった。
砲声が轟き、硝煙が立ち込める戦場の中、夏山颯は軽く鋼鉄のヘルメットを叩いて指揮棒のように掲げた。雷鳴のような銃撃戦が続く最前線の陣地。彼の周囲には、独立部隊の兵士たちが震える手で銃を握り、息を呑みながら彼の声を待っていた。
「前進する。あの角を越えれば、敵の最後の砦だ。新兵器、投入――!」
颯の叫びに続き、仲間たちは身体を翻し、四方に散っていた散弾を一斉射撃へと変えた。彼らの手には、苦労の末に完成した新兵器――電磁収束砲が装着されている。これが、未知なる敵に唯一効果を示す切り札だ。
「行くぞ!避けるな、押し通れ!」
夏山の指示と共に、そう名付けられた最終防衛網が視界に現れた。広大な岩壁に覆われた峡谷を越えた先、そこには収束したエネルギーフィールドの壁が、不気味に白光を放ちながら立ちはだかっている。奇妙な防御障壁は通常の火器はもちろん、爆破やレーザーもほとんど通用せず、チームはこれまで何度も押し戻されていた。
「ガードを固めろ!狙撃手は右手の高台を死守しろ!」
銃声が激しく鳴り響き、敵の異形の兵士が障壁の裏側から無数の銃口を向けている。だが夏山が最初に電磁収束砲を放った瞬間、それはまるで矢のように空気を切り裂き、エネルギー壁の一点を直撃した。
「撃ってみろ!今だ!」
鎮まっていた地鳴りが揺れ、障壁がゆっくりとヒビ割れ始める。敵の防御フィールドが次第に崩壊し、化け物のような歪な兵器が露出してくる。
「これがあの…」間近で見た隊員の息を呑んだ声。
「奴らの中枢兵装だ。こいつを叩きつぶせば防衛線は崩れる!」
夏山は鼓舞しながら、自ら最前線に飛び出す。銃撃の雨は容赦なく飛び交い、小石が砕け、砂煙が巻き上がる。足元が崩れかける脆い地形を、彼は一歩一歩確実に踏みしめながら進む。叫び声に混じる銃声と爆発音はまるで嵐の怒号だ。
「後ろを頼む!俺が突破口を作る!」
その言葉通り、夏山は周囲を見渡しながら敵の奇襲に対処しつつ、新兵器の砲身を再度構える。狙いすました先にあったのは、敵の火力中枢を満たす巨大な機械装置。電磁砲のエネルギーが爆ぜた瞬間、装置が石をも砕くような轟音とともに爆散した。大地が裂け、岩壁が崩れ落ちる。
「行け!急げ!」
亀裂の隙間を割って、隊員たちは猛ダッシュ。銃弾の嵐、破片の嵐、それでも彼らの動きに遅れはない。夏山のリーダーシップが群を抜いている。彼は鋭い眼光で地形の変化を読み取り、砕けた岩を飛び越え、仲間を引っ張り上げながら駆け抜ける。心臓が破けそうなほど高鳴る彼の鼓動が、まるで戦場の鼓動を先導しているようだ。
「あと少しだ……敵中枢の門が見えた!」
峡谷を抜け、ついに異様な門が視界を支配した。そこからは、ただの闇とは異なる、歪で強烈な圧力が仄かに放たれている。生きるものを押しつぶすような重苦しいプレッシャー。種類の違う恐怖が、隊員たちの背筋に這い上がった。
「これが……あの門か――」
夏山は拳を握り締め、短く息を整えた。胸の鼓動は高鳴りながらも、決して迷わず、前を見据えている。最終防衛線は、突破された。あとは、この門の向こうに待つものと対峙するだけだ――。
「いくぞ……皆、準備を!」
荒れ狂う硝煙の中で、声は震えながらも確かに響いた。戦いはまだ、終わっていない。
――最終防衛網突破、ここに完結。




