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蒼穹の涼風――人類の正義を撃ち抜け  作者: ジェミラン
第3章:深淵への進撃

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朧げな街灯が雨に濡れた石畳を鈍く照らす。霧が立ち込め、視界の先は溶けるように霞んでいた。夏山颯は深くフードを構えながら、旧式の軍服を脱ぎ捨て、黒ずんだ革のコートに腕を通した。隊の仲間たちもそれぞれ普段着のような民間の服を身に纏い、無言のまま境界線の最前線であるこの街へと足を踏み入れた。


胸中に走る緊張の波が、重い湿気と混ざって肌を湿らせる。ここはかつては交易と文化の交差点として栄えた場所だったが、今や活気と退廃がらせん階段のように入り混じっていた。蠢く影、吐き気を催すほどの悪臭、不気味な静けさと、突如響き渡る叫び声。目を見張れば、壁のひび割れから覗く目はまるで監視者のごとく鋭く、何者かの視線を感じずにはいられなかった。


颯の耳に断続的に響くのは、俗悪な市場のざわめきと、時折漂う異国語の呪文のような会話。彼らはこの地に潜む敵の触手を避け、憂鬱と混乱が入り混じる迷宮を慎重に進んだ。


「ここでは『リュークの影』って呼ばれる…神隠しの噂を聞いたか?」隠密担当の丸山が低い声で耳打ちする。颯は顔を向ける。彼の瞳には、単なる都市伝説以上の戦慄が映っていた。


「リュークの影…?」


「夜になると街の南端辺りで、不可視の光が漂い、姿を消した者が二度と戻らないらしい。噂じゃ、正体は禁忌の技術か、あるいは未知の敵の異常現象だっていう。」


「そんなものが実在するなら…我々の任務はさらに厳しい。」


颯は言葉を飲み込みながらも、薄暗い路地の奥から漏れてくる低いうめき声に意識を集中した。均一でない石畳は雨に濡れて滑りやすく、足音を消すのに苦労する。異常な発光現象の話は、ただの噂に収まらず、彼らの背後に確かに見えない監視の目が巣食っていることを暗示していた。


進むうちに、路地はさらに狭まり、壁に描かれた異様な紋様や錆びついた鉄扉が重苦しい雰囲気を生み出していた。数人の地元住民が酒を煽り、虚ろな瞳で通りを行き交うが、彼らの表情には恐怖とも不信ともつかぬ影が浮かび、誰一人こちらに目を合わそうとはしなかった。


颯は潜行用の通信機を手に取る。予め仕込んだ偽装IDを使い、念入りに仕込んだ暗号を打ち込む。情報屋「ファントム」は必ずこの街にいる。彼の情報がなければ、任務の成功は厳しいと分かっていた。


「俺の背後だと思うなよ。」


突然の囁きが風に乗って耳元に届いた。颯は首を少しだけ振り、後ろを軽く警戒したが、視界には誰も映らない。そんな気配さえも、今は信用できない。


「気を引き締めろ。ここは…誰が敵か味方か分からない街だ。」


丸山が身を低くしながら言った。彼らは表通りを離れ、路地の角を曲がった。すると、薄暗い灯りの下に、ぼんやりと影が揺れていた。そこに待ち合わせの印として置かれた古びた煙草の箱が見える。


「ここか…」


颯は静かに近づいた。煙草箱の裏には小さなメモが隠されており、「午後9時に裏路地の穴蔵で待つ」と書かれていた。恐怖と期待が交錯するなか、彼らは指示通りの場所を目指すことにした。


穴蔵へ向かう道すがら、颯はつぶやいた。


「禁忌の技術、神隠し…一体、どんな敵がここにいるんだ?」


その言葉はやがて、薄闇の中に消えていった。




――裏路地、穴蔵――



湿った石壁に囲まれた狭い空間。誰もが息を潜め、息遣いさえも殺すように静まり返っていた。情報屋ファントムは、期待に満ちた表情を一瞬だけのぞかせたが、それもすぐに険しい顔に変わった。


「君たちの素性は本物か?この街は嘘と闇に満ちている。少しでも敵の臭いを嗅げば、この場所は戦場になる。」


颯はゆっくりと頷き、簡素に任務の経緯と襲撃された事実を伝えた。ファントムは蒼白い顔を陰影で浮かび上がらせながらも、確かな重圧を持って一つの情報を差し出した。


「最近、夜中に現れる青白い光の正体は…かの禁断技術を手にした一派。彼らは境界の外れにひそかに潜んでいる。もし奴らに気づかれたら、助かる者はいないだろう。」


瞬間、警戒する間もなく、遠くから低く唸る犬の吠え声と共に、不穏な足音が複数、周囲の路地から近づいてきた。


颯は顔を上げた。暗闇の中、瞳に赤い光がちらつき、複数の影が彼らを包囲し始めていた。


「奴らに追われてる…」


それが予兆だった。境界の街は、今まさに次なる血戦の幕開けを告げていた。颯たちの逃走と戦いは、静かに、しかし確実に始まっていた。




月明かりだけが頼りの夜だった。荒れ果てた石造りの古城の廊下はひんやりとした空気に包まれ、長い年月の埃と静けさに閉ざされている。瓦礫が散らばり、割れた窓から洩れる冷たい風が、砂埃を揺らしながらわずかに唸った。


夏山颯はその闇に溶け込むように身を低くし、背後の仲間たちと息をそろえながら進んでいた。彼らの目的は、古城に隠された機密情報。政府極秘指定の「謎のコンテナ」と言われる物体、そしてそれにまつわる古文書だった。重々しい静寂のなか、歩を進めるたびに心臓の鼓動が響くのを感じた。


「気をつけろ。奴らはいる、絶対にわかるなよ」


夏山が低く呟いた。仲間の瞳も鋭く光り、戦いへの覚悟を示している。


彼らが廊下の角を曲がろうとした瞬間だった。


「キン…キン…」金属が擦れるような音とともに、わずかに機械のような不気味な唸り声が闇の中で響いた。


その音が引き金となって、襲撃は始まった。


突如として、無表情な影が鋭く動いた。敵特殊部隊――だが、その動きは人間離れしていた。駆動音らしき機械音が微かに混じり、肌の下で発光するパイプのような装備が月光に冷たく輝いていた。彼らの目は無機質な赤い光を帯び、表情はまるで感情と言葉を持たない戦闘マシンのようだった。


「不審な言語…聞き取れない…だが、単調で繰り返す音節が、まるで命令系統のように響き渡っている…」


仲間の一人が耳を澄まし、震え声で報告する。


「敵は……機械と人間の融合体なのか? だとしたら、我々の想像を超えているな」


夏山の警戒は一層高まった。手持ちの銃を引き絞りながら、先に進む仲間たちを合図した。


敵はまるで感情の欠落した冷徹な殺戮者のごとく、無表情に、そして規律正しく隊列を組み、廊下の両側から襲いかかってくる。彼らの蹴りと拳は機械的に正確で、一撃一撃が致命傷を狙う。まるで生身の人間とは思えないリズムで連続攻撃を仕掛けてきた。


夏山は素早い判断を迫られた。仲間の一人、川村が敵の一撃を受け倒れそうになったその瞬間、夏山は迷わず彼の前に割って入り、己の銃の柄で敵の顎を強烈に殴りつけた。


「川村、大丈夫か!」


「……ああ、助かった……でも、あの動き…人間じゃないみたいだ」


「落ち着け。まだ終わってない。すぐに“謎のコンテナ”と古文書を見つけ出す」


その言葉に仲間たちは奮い立った。戦いは一層激しさを増し、狭い廊下が血と汗と金属の匂いに染まる。夏山は敵の動きを読み、銃撃と格闘を巧みに繰り返しながら前進を続けた。目が合うたびに敵は言葉にならぬ低い呟きを発し、「シャザ、グラヴァー、ゼル……」といった不思議な響きの言葉を繰り返す。まるで古代の呪文のようで、理解しがたいが、確かに戦闘指令の意味を帯びていた。



ついに夏山たちは、薄暗い奥の間にたどり着いた。そこには頑丈な金属製のコンテナが鎮座し、その隣には埃をかぶった巻物がいくつも積み上げられている。


だが、安堵する間もなく、最後の敵が立ちはだかった。彼の装備は他の兵士とは一線を画していた。全身を覆う装甲は黒曜石のような不思議な輝きを放ち、その表面は見たこともない織物のような質感で覆われている。


夏山は倒した兵士の装備を素早く調べた。


「これは……金属のはずだが、地球上のどの金属とも違う。高密度で軽く、それでいて触れると微かに脈打つような生命の気配を感じる……」


彼らの兵器や防具には、未知の合金—人工的な生命体かと思わせる素材が用いられているとすぐに理解した。敵の“機械的”な動きの秘密はここにあるのかもしれなかった。


その直後、敵の指揮官格が最後の抵抗として、黒曜石の装甲越しに剣を振るい襲いかかる。夏山は咄嗟に盾を構え、一瞬の激突が轟音とともに廊下に鳴り響いた。


「くそっ!」


夏山は刃をかわしつつ反撃に転じ、筋肉と意志を限界まで引き出し、一撃必殺の逆襲を放つ。激しい衝撃が走り、敵は崩れ落ちた。


「敵の動きはこれで止まった。急げ、コンテナを開けるぞ!」


息を切らしながら、夏山は仲間とともにコンテナのロックを解除。内部からは電子機器の断片と共に、複雑な文字で記された古文書が現れた。


そこに記されていたのは、この古城の奥深くで研究されていた謎の文明に関する情報と、敵の正体に繋がる凄惨な実験記録だった。


「これが本当の狙いか……」


夏山は暗闇の中、冷たい風に吹きさらされながら静かに呟いた。


廊下は再び、月の冷たい光だけに包まれ、戦いの跡だけが濃く刻まれていた。


冷たい石壁の間に響く金属音。古城の奥深く、夏山颯は慎重に箱の蓋を押し開けた。彼の指先が触れたのは、現代の科学知識をはるかに凌駕する『未知の生体部品』だった。淡い青白く発光し、脈動するその破片は、人間のどんな臓器とも似ていなかった。隣には、精緻に彫られた球体の星図。約数百光年離れた星系群を示すその異星文字は、夏山にも読めなかったが、紛れもなく人類がまだ知らない宇宙の地図だった。


彼の脳裏に、今まで戦ってきた敵の姿が浮かぶ。隣国の軍隊だと思っていた敵は、人類の概念をも超えた、未知なる異星存在の使徒だったのだ。あの砲撃の激しさ、超人的な戦術、そしてこの古城の秘密——全てがひとつの答えへと繋がった。


「これが…この世界を揺るがす真実か」


その時、遠くから敵兵の怒号と足音が近づき、古城全体が揺れた。天井の一部が崩落し、冷たい埃が舞い落ちる。颯は素早く箱を閉じ、手早くチームの面々に囁いた。


「時間がない。急げ、この情報を持って外に出る。封鎖が完全になる前にここを突破するんだ!」


同胞たちは震えと緊張を押し殺しながら、勇敢に洞窟のように暗い階段を上り始めた。背後からは護衛隊の鉄蹄が迫る。赤い照明弾が夜空に散り、古城の廃墟に妖しい影を落とした。


「扉は開かない…!」仲間の一人が叫ぶ。敵の爆破により主要な出入口が塞がれてしまったのだ。


「裏口は?急げ!」颯は声を張り上げた。彼らはもろくなった石壁の隙間を見つけ、身体を押し込ませた。狭い通路を抜ける度に、崩落の音が轟き、天井の石が崩れ落ちそうになる。汗が額を伝い、呼吸は荒く、心臓が激しく鼓動した。


「…こんな兵器を持つ敵と戦っていたのか。隣国どころか、人類の守るべき領域を破壊しに来た侵略者だ」


颯は心の奥底で確かな恐怖と使命感を同時に覚えた。彼らの戦争は、単なる国同士の争いではなく、存在そのものを賭けた異種との生死をかけた絶望の闘いだったのだ。


「もうすぐ外だ…あと少しだ!」指揮官・篠崎の号令に合わせて、一行は全力で抜け道を駆け抜けた。一歩踏み外せば奈落の底に落ちるという断崖の隙間、崩れそうな階段、敵の銃弾が掠める中、生命の限界まで走り続けた。


ようやく見えた城門の外には、鮮烈な朝日が差し込んでいた。血と泥にまみれつつも、生還した彼らは息を切らし空を仰いだ。周囲は静寂に包まれ、背後の古城はまるで自らの秘密を守るかのように三度轟音と共に崩れ落ちた。


「これを…持ち帰らなければならない」


夏山は震える手であの箱を抱き締めた。小さな容器の中には、異星の秘密が詰まっている。だが、それは同時に人類を壊滅に追い込む可能性も秘めている。


仲間たちは無言で彼の言葉を胸に刻み、朝日の温もりを受け止めていた。


「我々は一体何と戦っていたのか。だが、この真実を隠してはならない……」


廃墟の影に消えた古城の謎は、まだ全て明かされてはいなかった。しかし今、彼らが奪い去った『真実』の重みが胸に迫った。




—— 世界の運命は、この先ただ一度の運命の岐路に立たされている。




長い沈黙の中、夏山颯の目は未来を見据えていた。新たな戦いの幕開けを告げる朝日が、彼らの魂を優しく照らしていた。

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