【閲覧注意】春の終わりに【田岡編】
次の日、藤井が田岡の家に
行くと母親はおらず、
代わりに父親が明るく
出迎えてくれたそうです。
その後リビングに案内されるとそこで
「昨日妻が言ってたことだけどね」と
言って話し始めました。
田岡家では毎週近くの
「○〇の湯」という銭湯に行って
サウナを楽しむ習慣がありました。
寺の箱事件から一日経った次の日も、
そのサウナの日でした。
まだ明るい昼の事、平日に入った
この銭湯には客がおらず、
二人の貸し切り状態でした。
父親は田岡と一緒に男風呂に入り、
同じ浴槽でまず疲れを取っていました。
そこで田岡が我慢できなかったのか
父親に先日「やこ山」で聞いた不気味な声や、
その山にまつわる村の伝承を話したそうです。
すると父親は息子の口から
聞くその話が面白かった様で、
興味深々で聞いていたそうなんですが、
それが嬉しかったのか田岡は、
遂に話すつもりが無かった
昨夜の出来事まで話してしまいます。
それを聞いたとき、
父親は少し怒りそうになったらしいのですが
「まあ、お父さんも若いころは色々やったもんだよ」
「だがもうやめとけよ?」
「あとお母さんには絶対言うなよ?」
と言って笑って許したそうです。
そんな会話した後、
そろそろ行こうかと言って
二人はサウナに入ります。
20分ほど入って体を温め、
出てすぐ水風呂に入り外気浴。
いつものルーティーンを繰り返した後、
「最後にするか」と言ってサウナに入ると
サウナ室の中にあるテレビに
田岡が夢中になってしまいます。
20分ほど経って父親が「もう出るぞ」と
田岡を連れ出そうとしますが、田岡は
「もうちょっと」と言って出ようとしません。
仕方が無いので父親は先に出た
そうなんですが、扉を閉めたその時、
地震が発生します。
と言ってもこの時の揺れは
震度3にも満たない小さな地震。
少しだけ驚いたそうですが、
なんてことはなかったそうで、
そのまま水風呂に入ります。
しかし、その判断が後に父親を後悔させます。
水風呂にも満足し、
そろそろ外気浴にするかと思ったころ。
まだ息子が出てこないことを
心配した父親は扉越しにサウナの様子を見ます。
しかし、蒸気が立って中がよく見えません。
そこで扉に手をかけて開けようと
するのですが何故か扉が開きません。
「おかしい」と思って扉をよく見ると、
扉が歪んでロックされていました。
実はこの銭湯、何年も前から
営業をしており所々老朽化が進んでいました。
しかし改築する費用が無いということで
手を付けられていない場所が数か所あり、
その一つがこのサウナ室でした。
普通ならなんてことはない震度2程度の地震。
しかしその少しの揺れが原因となり
扉が歪みロックされ、
中に田岡が閉じ込められてしまったのです。
父親が田岡の名を叫びます。
すると扉の向こうから
小さく「熱い…」と聞こえてきます。
先ほどの楽しい家族団らんは一変。
「今から助けを呼ぶから待ってろ」
「絶対死ぬな」
そう言って急いで更衣室に行き、
119番でレスキューを呼びます。
ロビーに戻り周囲を見ますが
母親はまだ出てきておらず、
受付へ行って店員に今の状況を伝えます。
すると慌てた様子の店員が奥の事務所から
4,5人男手を呼んできて、
皆でサウナ室に向かいます。
店員の男たちと協力して扉を開けようと
必死になりますが、押しても引いても
全く動く気配がありません。
そうこうしているとレスキュー隊が到着し
「危ないですから離れてください」と言って
サウナ室の前に立ちます。
一人の隊員が丸鋸を持って
サウナ室の扉を破壊していきます。
この時父親は息子の無事を必死で祈っていたそうです。
それから数秒、
扉は完全に破壊され中へレスキュー隊員が突入。
すると中から意識を失い、
ぐったりとなった田岡がレスキュー隊によって
運び出されます。
そのまま止まることなく
風呂場を出て外へと向かっていきます。
それに父親もついていきロビーに出ると
母親が風呂から上がっていました。
レスキュー隊に運ばれる息子、後に続く父親。
それを見た母親は血相を変えて
父親に詰め寄ります。
「何があったの!?」そう妻に言われたとき、
父親はただ「ごめん…。ごめん…。」と
繰り返すことしか出来なかったそうです。
そのまま二人は一緒に救急車に乗り、
病院へと向かいます。
この時父親は「なぜ、地震の後すぐ
無事を確認しなかったのか」と後悔しても
しきれない思いに苛まれていたそうです。
病院についてすぐ、
田岡は集中治療室へと運ばれます。
両親はその扉の外で待たされ、
交わす言葉もなく、
ただジッと待つしかなかったそうです。
どれくらいの時間が経ったのか、
しばらくすると治療室の扉が開き、
一人の医者が出てきます。
両親は医者を見つめ、
母親がやっとの思いで
「どうですか?」と聞きます。
すると医者からは
「一命は取り留めました」
「しかし意識は戻らず、油断できない状況です」
と伝えられたそうです。
ここまで田岡の父親が話してくれた後、
藤井はジワジワと
寺に行った事を後悔し始めます。
そして「それで今、田岡君はどこに?」と聞くと
「今はまだ病院にいて、意識も戻っていない」
と明かされます。
続けて
「藤井君、俺は幽霊を信じたことはない」
「だがもし息子が死んだら、
俺は君を絶対に許せない」
と言われたそうです。
父親としてもそんな霊的なものが
原因とは思っていなかったのでしょう。
しかし、あまりの偶然が重なり、
そして自分が助けられなかったという
重圧に押しつぶされそうになった結果、
心にもないことを藤井に
言ってしまったのだと思います。
しかし、当時中学3年生の藤井には
その言葉が重くのしかかってきたと言います。
そして何より藤井は神主から
「もし霊本体が憑りついていたら、
どうすることも出来なかった」という
言葉を聞いています。
藤井自身
「寺に行くの止めていれば…」
と強く後悔したそうです。
しばらく沈黙が流れた後、
父親の携帯が鳴ります。
「ちょっと待ってて」と言って
父親はリビングを出て通話を始めます。
数分経ってリビングに戻ってくると
父親が藤井に
「一緒に病院に行こう」と言います。
それから車に乗せてもらい、
病院に向かうのですが父親は全くの無言。
重い空気が流れたまま病院に着き、
そのまま病室へと案内されたそうです。
すると中で待っていたのは、
白い布を被された田岡の姿でした。
藤井が言うには、
その日の記憶はここで途切れて
無くなっているそうです。
これが寺の箱事件の真相です。
田岡が亡くなった次の日、
藤井から連絡があり
私も通夜に参加しました。
その時の記憶は曖昧ですが
藤井によるとその時の私は
「現実が受け止められない」
といった様子だったらしく、
葬式の場でもただ茫然としていたそうです。
ここからは後日談。
今回登場した銭湯ですが、
要は死亡事故を起こしているわけです。
しかし、銭湯側はこれ以上経営が
傾いてはマズいと田岡家に示談を求め、
事の隠蔽を謀ろうとします。
しかし、それを田岡の両親が
受け入れるはずもなく、
両者間で裁判になります。
結果裁判所の言い分は
「老朽化の事実は確かにあるが、営業停止命令が出るほどのものではなく、今回の事故は銭湯側の過失ではなく天災による事故」と判断され、銭湯側は無罪の判決を受けます。
ですがその後、
田岡の両親がそれを不服として上告。
今であればこうした事件はSNSを
主として拡散され、被害者家族が
世間を味方に付けることも出来ますが、
当時はまだそうでもなく、
その後裁判は泥沼化します。
そうした最中、なんと次の判決が出るまでに
この「○○の湯」が営業不振により倒産。
すると銭湯の経営責任者が失踪。
結果裁判自体は田岡家の勝訴に終わるの
ですが相手は責任追及から逃れてしまいます。
この時TVでは地元の地方局が
銭湯の閉店をニュースで取り上げましたが、
裁判については触れず。
田岡の両親はやり場のない
怒りや悲しみを抱えたまま、
この事件は終わってしまいます。
さて、ここまで私の話を
読んでいただきありがとうございました。
いかがだったでしょうか。
私自身は霊的なものは全く信じていません。
藤井の謎の高熱や田岡の事故も、
本人たちは全く悪くないと考えています。
しかし、あの夜寺に入った藤井は
原因不明の病気にかかり、箱を破った
田岡が事故に遭い遺族が報われなかった。
というのは事実です。
こう思うのはどうかと思いますが、
あの夜、寺に入らなくてよかったと
思わずにはいられません。
念のため言っておきますが、
今回の事件について調べようとするのは
呉々もお控えください。
そっとしておいて貰えると助かります。
今回はあくまで、誰にも言えなかった
心の底を皆さまに独白したかっただけです。
本内容は、場所や個人の特定を避けるため、偽名や僅かな嘘を織り込ませていただきました。




