お昼の紅茶を君と共に
職場の近くに歴史を感じさせる純喫茶が一軒ある。
その純喫茶は駅からそれほど離れていないにもかかわらず、いつ行っても人がまばらであるのだが、中に入ると一番に見える、時代を感じさせる古ぼけた大きな時計が特徴的で、窓には小さ目なステンドグラスがはめられ、どこか品の良さを感じることができる。マスターは髭を伸ばした、見た限り仙人のようないで立ちをしているのだがその割に不快感は感じない老紳士でいつも無表情にグラスを拭いたりしている。汚れを見つけると眉をピクリと少し上げ懸命に拭くのだ。どこかかわいらしさを感じてその光景を目撃すると心がなんとなく温まったりする。
最近、僕は仕事が一段落するといつもそこで遅めのお昼ご飯のサンドイッチと食後の紅茶をいただくのが日課となっている。
今日もいつものようにその喫茶店に向かうため仕事場を出ていったのだが何か事故があったらしくいつもの通りが通れなくなっていた。仕方なく迂回してその喫茶店に向かうことにした。ようやく喫茶店につき席に座ると、すぐマスターお手拭きとお水を持ってきてくれた。
「ご注文はいかがしますか?」
と無表情で聞いてきたので
「今日はサンドイッチじゃなくてホットドックと、あと食後に紅茶をください」
無言でうなずくとそのままカウンターの方へと歩いて行った。それからほどなくしてホットドックを持ってマスターがやってきたので
「そういえばすぐ外で何か大きな事故があったみたいですね。通行止めになってましたよ。」
「そうなんですか。全く気づきませんでした。まぁ事故なんていつの時代もよくあるものですよ。」
そういうと
「ごゆっくりどうぞ。食後の紅茶をご希望の時にお声がけください」
といってカウンターの方に下がっていった。
ホットドックをのんびりと食べていると、ドアが開いた。
お客さんが来たんだなぁとぼーっ思いながらホットドックのウィンナーのパリパリ感を楽しんだあとでマスターに食後の紅茶をお願いしていると背中から声をかけられた。
「あれ?立花くん」
先ほど入ってきた女性のその声に驚いて声の主を見るとそこには昔、大学時代に付き合っていた女性が立っていた。
「夢野、、久しぶりだね。3年ぶりくらいかな」
「そうだね、大学出てからだからそれぐらいかな。立花くんもいつもここのお店来てたの?」
「まあ最近ね」
夢野が向かいに座ったところでマスターが紅茶を持って現れた。夢野が僕の紅茶を見て
「ほんと紅茶好きかわらないね~」
などと笑いながら自分も同じ紅茶を頼んで飲み始めた。
その女性、夢野は大学卒業をしてこちらのアパレル会社で働いているという。一時結婚まで考えた連絡先ももう知らない元恋人の今を知り、少し寂しく感じながらも今回会えたことがとても嬉しく感じた。久しぶりに会えたことでテンションが上がってしまったのかいろいろな話をしているとなんだかあの大学時代に突然別れを告げられてからほとんど接点を持てず結局卒業し、離れてしまった距離がほんの少しづつ埋まっていくような気さえする。
「ねぇ、聞かない方がいいかもしれないから聞かなかったんだけど、どうしてあの時いきなり別れようなんていったの?」
そう僕が言うと寂しそうな笑顔で
「秘密」
と言って一気に紅茶を飲み干すと
「それじゃあね!バイバイ」
さっと席を立ち会計を終え立ち去ろうとする彼女に、慌てて追いかけてみたものの結局何を今更話せばいいかも分からずただただ去っていくその背中を見送った。
その日仕事を終え自宅に帰り、テレビをつけるとあの事故のニュースをテレビ局がこぞって報道していた。
「あの事故結構大ごとになってんな」
そんなことを愚痴りながら帰りにコンビニで買ってきたビールを開けて夕食の支度をしに台所に立っている時にアナウンサーが事件の詳細を語りはじめた
『都内○○通りで大規模な事故があり、ただいま入った情報によりますと死傷者が8人でているもようです。既に死亡が確認されている方は繰樹大地さん、夢野美奈穂さん、香月水面さんの3名で.......』
、、、、、夢野美奈穂?
いやいや、まさか同姓同名だろ?
嫌な予感がして全身から汗が噴き出るのを感じ、急いで共通の知人に電話をかけた。
「はい」
「なあ、急で悪いんだけど夢野の連絡先知らないか?間違いだと思うんだけど今テレビのニュースで夢野と同姓同名の人が死んだって、、、」
「お前、、、。知らないのか。夢野さ、今日死んだって。午前中、事故に巻き込まれたらしいよ。飲酒運転の大型トラックに猛スピードで轢かれたんだって。。」
「そんな!」
自分の足元が崩れるような錯覚に見舞われた。
でもさらに気になることを今聞いた気がする。
「午前中?午後ではなく?」
「あぁ、午前中だよ。そのせいでずっと昼からテレビニュースで騒ぎ続けてるからね」
頭の中がグアングアンする。
じゃあ、俺が会ったあの夢野は、、彼女は、、