迷宮探索ゲーム2
迷宮探索ゲーム開催当日。
会場となる廃坑前広場には多くのプレイヤーが集まっていた。騒ぎの割には控えめな人数で、選考で落選者を出す必要がなかったのはゲームのデメリットが大きいから。
「ロストしたら素っ裸で放り出されるなんてな」
「特にエクリル女学院のお嬢さんたちには酷だよねぇ」
「私は構わないわ。生徒会長として、学園主催のイベントには参加すべきでしょう」
「わたしも覚悟できてる。願い事も決めてるし、リスクとリターンはつきものっしょ」
「靴と靴下だけ無事っていうのは最高のご褒美だよ」
「あたしは楽しかったらそれでいいと思う」
それでもジュディアと同じく明確な目的と意志を持っていたり、レナのようにお祭り感覚で参加する女性プレイヤーもちらほら散見された。
その数、総勢三百人。
「あー、あー…………学園長、本当にいいんですか、これ」
小声を拾ったマイクの様子からは学園側の緊張が伝わる。
「えー皆さん。これより改めて、ゲームの説明を始めます」
迷宮探索ゲームでは強力なゴーレムと罠、そして時には他のパーティと戦いながら宝を探していく。隠された宝は数百枚に及ぶ引換券で、その多くは文具や雑貨、辞書や参考書といった学園らしさがあるものから、高級な武具や装飾品の現物があったりと目白押し。
日替わり定食一年間フリーパスは、ボクも欲しかったな。
「タイムリミットは夕方六時まで。時間を過ぎたら強制ロストになるから注意するように。宝には他にも貴重なマジックアイテムや導魔器もあります。最終的には迷宮のどこかに存在する『魔法のティアラ』を最後に地上に持ち帰ったパーティが現れれば、そこでゲーム終了です」
そして魔法のティアラを手にしたパーティのみが願い事を叶えられる。
「願い事はあくまで常識的な範囲に留まります。莫大な財力や地位なんてものは到底聞き入られません。エスカレア内だけで融通が利くような、例えば上位クラスやギルドへの斡旋や便宜を図るとか…………生徒会長になりたい、など」
最後の言葉にエレノア会長の表情が強張る。一番になりたいと言っていたのはおそらくこのためだ。
「生徒たちの安全を守るため、参加者のマジェクタルには一度だけ有効な『安全に死ねる魔法』を設定します。ただしその場合はロストとなり、全アイテムは迷宮内に取り残されてゲームオーバーになります」
素っ裸で放り出されるインパクトが強いけど、重要なのはプレイヤー同士の戦闘を認めている部分。魔法のティアラを最後に持ち帰ると表現したのはこのためだ。
「つまりケンカってことかぁ。だからエレノアさん、カイザーのところに来たんだね」
「てめぇミーシャ、何ひとりで納得してんだコラ」
そしてこの迷宮探索ゲームにはデメリットも存在する。
「肉体の安全は保証できても、精神的なトラウマやその後の人間関係についてはその限りではありません」
死なずに済んだとしても直前の恐怖は体験として心に刻まれる。いくらゲームとはいえ普段は友だちや仲間と敵対して遺恨を残しても学園からのフォローは難しい。
「それに加えて辱め…………辛いわね、これ」
ロストしたプレイヤーは生まれたままの姿で放り出された挙げ句、入手した宝や装備品はすべて迷宮内に残される。これは魔法のティアラを手にしたプレイヤーによるロスト戻りを防ぐためだった。
「ロストしたプレイヤーの持ち物は、すべて拾った者に権利が有るんだってさ」
「それって美女の脱ぎたてパンツも拾えちゃうじゃないか!」
衣服すらロストするのはフェイリアの誤算らしいけど、この仕組みが緊張感と面白味を増すからそのまま採用になった。
それでも靴と靴下だけ無事なのは、帰宅するまでの安全と…………趣味だそうだ。
説明を終えた側からプレイヤーたちが続々と迷宮に入っていく。みんなが先を急ごうとする中でカイザーたちは後方で悠然としている。
「カッカッカ。やっとるのう業突く張り共め」
「フェイリアと、フェイラー学園長!?」
表向きはイベント主催者となるフェイラー学園長がフェイリアの車椅子を押している。世間体としては孫娘という設定になっているので悪目立ちするわけではないけど。
「ねね、よく短期間でこんな大きなイベントを開催できたね」
「規模やら責任の所在もあって趣味研の名は出せなんだ。なぁに、半数はすぐにロストするじゃろうな。カイには極悪トラップの操作を命じておる」
「マジェニア学園主催なのに、えげつないね」
「これも可愛い孫娘のお願い、無碍にはできぬだろう?」
「姉上……いや、うむ……」
周囲を気にして小声で会話をしていた姉弟の配慮は不要だったようだ。車椅子を押す役目をボクが引き継ぐより前から、業突く張り共は優勝した後の皮算用を始めている。
「学園近くに一軒家でも用意してもらいてぇぜ。学園寮は規則が厳しいからな」
「カイザーって持ち家派なのかい。僕は賃貸でもいいんだけれど……そうだ、門限と入浴と食事の時間制限を撤廃してもらおう」
「それ、すでに寮である必要ねぇじゃねぇか」
「わたしは玉の輿を狙うわ。イケメン王子と結婚とかマジあり得る」
「ぼくはメイちゃんがいい」
「ジュディアの妄想は相変わらず生々しくて気持ちわりぃな。ところでよ、どうして俺様たちのパーティに生徒会長がいるんだ?」
「ラドが参加できないからでしょう。それに貴男、愛してるの言葉はウソだったのね」
「はぁ?」
みんなが示し合わしたように笑いを押し殺している間にも、他のパーティは続々と迷宮に消えていく。
「早く先に進んでくれ!」
「手にする宝がなくなったらどうするんだ!!」
Xクラスのみんなのように入場が遅いパーティは不利になるかといわれたら、必ずしもそうとは限らない。
早くも、先発隊がロスト戻りしているからだ。
「うわあああああああああああああああああああっ!!」
瞬時に百人以上のプレイヤーたちが断末魔の咆哮を上げて目の前に現れた。これだけの人数が同時にロストする罠なんてなかったはず。
「はぁ、はぁ、はぁ…………本当に、本当に死んだかと思った」
「突然大きな落とし穴が開いて串刺しに…………って、裸っ!?」
「せめて着替えだけでも取りに戻……れない!?」
全裸プレイヤーの必死さと気味悪さに、順番待ちしていたパーティが道を譲るも再入場はできない。見えない壁に阻まれて弾き飛ばされてしまう。
マジェクタルで設定した魔法はロストではなく、実はこの仕掛け。
「さぁさぁさぁ、オメーらどうすんだー。スッポンポンでブラブラさせて街中歩いて家まで帰るかぁー!?」
人ごみの向こうから聞き馴染みのある声が響いてくる。近寄ってみると、メイ先生が露店を開いていた。
「シャツは一枚三千リヒタ、タオルは千五百リヒタだぜ!!」
「何をして…………ってロストTシャツ? 記念グッズを作ったの?」
無地の白シャツに赤文字のハンコが押されているだけの安っぽい手作り。ところどころ返り血のようにインクが飛び散って痛々しさまで感じるけど、正直ダサい。
「公序良俗に反するってんで下着は用意できなかったからなー。腰にタオルを巻いて我慢してくれー。しかもコレだったら、チビったヤツには助かるだろー」
恐怖体験にうずくまって震える者、恥辱に耐えられず泣き出す者、失神して弛緩する者。こんな地獄絵図、見たくなかった。
「相変わらずメイセンは商魂たくましいな」
「オメーらもロストした時はごひいきにってな!」
仕掛けられた罠が発動済みになることは後発組のメリットになる。あまり待ち過ぎても遅れを取り戻せなくなるので、どこかで見切りをつけなければならない。
「俺様たちもぼちぼち行くか。じゃあなラド」
「絶対に、絶対にロストしないで、無事に帰ってきてね!?」