迷宮探索5
離れた場所で始まった作戦会議。
イーノがボクたちを標的として手を出す前に、本来の目的を果たす打開策を見つけたい。
「残念だったねぇ。エスカレアがダメなら、レナちゃんはどこの国が欲しいんだい?」
「うーん、どこがいいかなぁ」
「そうじゃなくて! どうすればイーノを倒してフェイリアを助け出せるかだよ」
「おうおうラドは真面目だなオイ。それが出来りゃ今頃ロリババァがやってんだろ。ここでくたばるのと国が貰えるの、どっちが得策だと思ってんだ」
「そうよラド。真っ当な判断ができるわたしたちが、イーノの手下になることで護れる国があると考えてみて」
「でもねーさま、さっき故郷を滅ぼすって」
「ぼくは女児しかいない国を作りたいんだ」
「ラドくんドンマイ」
何が欲しいとか何がしたいとか、突き動かす強い情念は持っていない。ボク自身はこだわりが薄い性格だと思っている。
ひとえに、物心をついたころには旅人で冒険者だったからだろう。
「え。ラドくん、自分をそう思ってるの?」
「ラドはまだ子供なんだから、自己分析は難しいのよ」
「強がってるだけなんだから優しく見守ろうよ姉さん」
「僕はそうは思わないんだよねぇ」
「お前ほどこだわりが強くて頑固なヤツなんていねぇぞ」
今のみんなは絶対おかしい。
イーノの提案だって素直に受け入れているんだから。まるで魔法にかけられたように…………そうか、チャームの魔法でもかけられているんだ。これじゃせっかくの話し合いでも対策案が出るわけない。
あーあ、ボクは自由に冒険の旅でもしようかな。
「待たせたな。イーノ、よろしく頼むぜ」
「エレモアはよろしくね」
「美男美女だけの国を創るために」
「姉さんが美男、ぼくが美女を担当すれば公平だね」
カイザーがイーノと握手をしたのを皮切りに、みんなも後に続いて契りを交わす。
「まったく。性根の腐ったクソガキ共じゃな」
一連の様子を冷めた目で見守ることしかできないフェイリアはイーノの怪力に抗うことも逃げ回ることもできず、ジェムストーンに閉じ込められてしまうんだろう。
「ねね、フェイちゃんを閉じ込めるのってジェムストーンだよね。そんな大きなもの、どこにあるの?」
「なぜ、それを聞くのですか」
「だって、自由に動き回れないなら可哀想でしょ。だったら近くにいて話し相手になろうかなって」
「レナ……」
「なんて優しい子」
「思いやりと愛情に溢れているよ」
「感謝しないとバチが当たるよねぇ」
「いい友だちを持ったなロリババァ」
「待て待て、待たんか痴れ者共が。美談のように持て囃しておるが、ガキンチョ共の選択は最悪じゃからな!?」
「そのジェムストーンならば、ここに」
エクリル女学院の制服を、おもむろにたくし上げて腹部を晒した。突然の行動に目を輝かせて食い入ったカイザーとミーシャだったけど、一瞬にして表情が曇った。
「ちょっと…………グロいな」
「ケガというものじゃ……ないだろうけれど」
腹部の皮膚が乱雑に剥がされていて、人間だったら肉や骨、内蔵なんかが見えてしまう状態。出血する代わりに青白く仄かな輝きを放っていた。
「皮膚は私が破いた。ジェムストーンは、私自身」
イーノ本人は涼しい顔をしているし、そもそも痛みを感じないんだろう。それでもフェイリアに似せて創られているので目を背けたくなる。
「レナは特別に、私の片腕として迎え入れよう。私がフェイリアを取り込んだ後、心を持たない私に代わり、フェイリアの、つまり私の世話をしてもらう」
これで卒業後の進路も安泰だ、なんて話じゃない。
みんながみんな自分勝手で、本来の目的を忘れている。
「最後に貴方。フェイリアのお気に入り。ついでに可愛がってもらおう」
ついでって何!? というかボクが可愛がる方なの?
「なんだそれ、デキてんのか、あぁ?」
「ラドも隅に置けないねぇ」
「レナがいるというのに、その歳でもう……」
「素直にうらやましい」
「まさかラドくん、だからフェイちゃんと秘密で…………」
何これ地獄。
みんなが好き勝手に冷やかしてくるし、レナに至ってはイーノ以上に感情を殺した鋭い視線を突き刺してくる。フェイリアは目を合わせることすらしてくれない。
「いいよもう! 知らないからね!!」
イーノの腕を奪うようにして握手をする。
弾力があって柔らかく、温もりが伝わってくる。人間の手と何ら変わりない感触はカイと同じ。皮膚の下がジェムストーンという鉱石で出来ているのなら、どんな理屈で動いているんだろう。
「不思議だよね…………お腹って痛くないの?」
傷口を近くで見ると一層その気持ちは強くなる。皮膚を力任せに引っ張ったんだろう、乱雑に破れてささくれ立っていた。
人間と違って自然治癒するものではないだろう。
「可愛がる、かぁ。こういう時は撫でればいい?」
「撫でることが可愛がることというのなら、その感情と行為を受け入れよう」
そこは嫌がらずに、むしろ許可してくれるんだ。
ジェムストーンは硬いのか柔らかいのか、皮膚のささくれを指先で感じながらジェムストーンに触れた瞬間。
「これが、人の、優し……ざあばばばああぁぁゔぅおぉぉああ……………………」
イーノは、砂になった。
人の形が少しずつ崩れて倒れ込んでくる。実際にスローモーションだったのか勘違いかはわからないけど、気付けば全身、砂まみれになっていた。
ボクの手にはエクリル女学院の制服と…………しぼんだ風船?
「それはワシの皮膚じゃ。永い年月をかけて少しずつ移植してのう」
「うげぇ、本物かよ」
抜け殻は精巧に創られているけど人間は脱皮をしない。だから不思議であり不気味でもある。
「せっかくじゃから制服は回収しておく。抜け殻はいずれ地に還るじゃろう、捨て置け」
事件性もなく本人も執着していないから構わないけど、他人が見つけたら悲鳴を上げて逃げ出すだろう。