迷宮探索4
一連のやり取りをしている間も、イーノは静かに待っていただけだった。もしかして敵ではなく、フェイリアやボクたちの味方なのかもしれない。
「んで、どうしてロリババァがこんな所にいるんだ。誘拐されたって聞いたぞ」
「そうだよ。だから僕たちはフェイリアさんを連れ戻しに来たんだよ」
「ぼくは個人的に連れ去りたい」
「わたしたち騙された? ねぇアリィ、聞いてる?」
アリィは嗚咽して言葉がよく聞き取れない。わかることは喜びで安堵しているだろうということだ。
イーノは黙って首を振っている。
「ふーむ。今のこやつはワシの言うことを聞かぬ。自我が目覚めたようでのう」
「え。祭壇から運ぶのは素直に従ったのに?」
そもそもゴーレムという存在は創造主に忠実で、歯向かったり危害を加えることはしない。フェイリアの命令には素直に従うものだ。
「強大な魔力を手に入れた今の私は、限りなく完全に近い存在」
「何か突然痛々しいことを語り出したぞ。ロリババァ、なんだよコイツ!」
「なにそれすごいすごーい! ねね、どういう仕組み? やっぱり魔法のティアラをつけてるからなの?」
「ちょ、レナ、いいからいいから……」
レナを止めようとした時に名指しでアリィからの連絡が入った。デザイア改Ⅱを受け取って耳を傾ける。
「ラド、レナとイーノに話を続けさせてください。今は少しでも情報が欲しいのです。あと、少しでも…………時間……かせっ…………」
「どうしたのアリィ? 声が」
「ジェム…………魔力……」
それっきりデザイア改Ⅱは動かなくなってしまった。いくら話しかけても返答がない。みんなの輪に戻って通信の内容を伝えるまでもなく、レナの質問攻めにもイーノは饒舌だった。他のみんなはうんざり気味。
「近いって、完全じゃないってことなの?」
「私がゴーレムである以上、生死は創造主に委ねられます」
「フェイちゃんが死んじゃったら、一緒に死んじゃうんだよね?」
「ワシを勝手に殺すでない。あとフェイちゃんはやめろ」
「魔法のティアラによる恩恵で強大な力を手に入れた。残るは永遠の命。再び、フェイリアをジェムストーンに埋め込む」
「エグいなお前。人を人とも思わぬ悪魔の所業だぜ」
「私はゴーレム。私は人でも悪魔でもない」
やれること、行ける場所。すべて自分の意志では決められないゴーレムが発言する内容ではない。フェイリアを祭壇から運ぶ指示に従ったのは命令だからじゃなく、無理をして生命を危険にさらすリスクを避けただけ。すでに主従関係が逆転しているんだ。
「どうして永遠の命が欲しいの?」
つい気になって言葉を挟んでしまった。レナが主体で受け答えをしていたけど、ボクの疑問にも答えてくれるらしい。
「それは、恨み。私は命令に従って廃坑の見回りをしった。私が戻ると、フェイリアはいなくなっていた。廃坑を見回っているうちに私は濁流に飲み込まれた。そしてこの場所で動けなく……許可されておりません。この場所は許可されておりません。許可されておりません」
高性能ゴーレム、イーノとカイ。
身動きが取れなかったフェイリアに代わって様々な命令をこなすために創られたが、緊急時にはある行動が組み込まれていた。
イーノは情報収集と索敵をする『攻』。
カイはフェイリアを護る『守』。
「数十年振りに脱出したものはよかったが、魔物襲撃やらソードシステムの構築やら忙しくてのう。イーノの存在をすっかり忘れておったのじゃ、カッカッカ」
神経を逆撫でするように言い放つも、イーノは表情ひとつ変えていない。ゴーレムにはそもそも神経なんてないんだ。
「ねね、ラドくん」
小声で耳打ちしようとするので顔を近づける。
「フェイちゃんの命令、どうして聞かなくなっちゃったんだろう?」
「忘れられて恨んでるからじゃない?」
「ゴーレムって心を持たないから、そういった感情もないはずなの」
これは一般的に言われていて、カイ自身も認めている。
でも、カイは人間と変わらない感覚で接しておしゃべりもできるし、抱きついたら柔らかくて温かい。
カイが持っている会話の受け答えをする思考と、心って別物なんだろうか?
「難しいことはやっぱり、ボクにはわからないよ」
「だからだよ。ラドくんから質問してみて」
「えー。ボクが出しゃばらなくてもいいよ。レナから直接」
「やだぁ、恥ずかしいもん」
緊迫した状況下で、レナがレナがボクがボクが…………なんてやり合っていれば目立ってしまうわけで。声が響く地下空洞だったら、尚更。
「お前らイチャイチャしてんじゃねぇ」
「妬かなくてもいいじゃないかカイザー。微笑ましくてさぁ」
「ぼくは隠れてやりたい」
「場を弁えろってことよ。あんたたち夫婦なのかよって、このラドレナコンビ」
恥ずかしいからコソコソ動いたのに、結局は恥の上塗りとなってしまったレナ。冷やかされて居たたまれなくなったんだろう、ボクの背後に回り込んで隠れてしまった。
「人目をはばからずに乳繰りよって痴れ者が。まぁよい、レナが抱く疑問について答えるならば『魔法のティアラ』によるものじゃな。ゲームの最後にティアラを奪うように命令を変更したじゃろ、あれがいかんかった。まさかイーノにも及ぶとは、カッカッカ」
フェイリアの資質と才能、魔法の能力が群を抜いているのはここにいる誰もが知っている。そのフェイリアに似せて創られたゴーレムが魔法のティアラで強化されてしまったというのなら、もはや対処のしようもない。
「私はすでにフェイリアの監視下にはおかれていない。これから私は、フェイリアを支配下に置くことで、恨みと、目的を果たす」
「ほう。恨みはともかく目的とな。それは何じゃ?」
「この世を、世界を、征服する。私ならば可能。フェイリアをジェムストーンに封じ込めた時、永遠の命とともに約束される」
世界征服を企てる人物や魔王なんて太古の昔から耳にするありふれた話。対抗勢力は勇者なんて呼ばれて担ぎ上げられ、悪を倒して平和と取り戻すというのがオチだ。
「ブフッ…………いや、なんだ。随分大きく出たもんだなオイ」
「本気で言ってるのかなぁ。国王をしている伯父でさえ、エレモアだけでも大変って言ってるのに」
「スケールが大き過ぎて理解が追いつかないよ」
「世界って広いんだから、ますます管理しきれないわ」
ちっぽけな島国や空に浮かぶ大陸しか知らない悪の枢軸が気軽に口走るこの台詞も、せいぜい目に見える範囲を手中に収めただけの井の中の蛙。
理不尽な暴力で支配しても滅びゆくのは歴史が証明しているし。
「永遠の命を持てば永遠の支配は可能と判断する。管理しきれないという意見は真っ当。そこで私は提案する。フェイリアは貴方たちに特別な感情を持っている。フェイリアの息がかかった貴方たちは特別待遇をする。私の手下として、迎え入れよう」
「「「「はぁーっ!?」」」」
「それって世界の半分をくれてやろうみたいな!?」
「半分は与えない。せいぜい国のひとつかふたつ」
「ここにいる人数分だけ貰えるのよね!?」
「姉さん、ぼくやみんなを頭数にいれないでよ」
「だって故郷を滅ぼす絶好のチャンスじゃない」
「お前ら姉弟に何があったんだよ」
「だったら僕はエレモアを貰っていいかな。せめて故郷の人たちだけでも平穏に暮らしてもらいたいし」
「仕方ねぇ、俺様はアクアトリノでも貰うか」
「国の管理はジュディスに押し付けて、わたしは毎晩ダンスパーティなんていいわね。世界中の美形だけを集めて、よりどりみどり……」
世界征服が成功した前提で勝手に盛り上がる亡者たち。すべてにおいて、これは夢物語であるのひと言に尽きる。
「…………レナはどこか、欲しい国ってある?」
「あたし? うーん、強いて言えば…………エスカレアかなぁ?」
「それは許可できない。エスカレアは、世界征服をした暁に、中枢として、私が治める。エスカレアだけは渡せない」
「えーそんなぁー」
残念そうな表情が、ウソか本当かわからない。
たまらず、不安になったボクがみんなに提案をした。
「ねえ、一度ボクたちだけで話し合いをしていいかな。いいのよねイーノ、フェイリア?」
「許可する」
「好きにせい、このガキンチョ共め」