迷宮探索1
眠そうに大きなあくびをするカイザー。
乾ききらない濡れ髪から微かにいい香りを漂わすジュディスとジュディア。
対照的に、必死で駆け回ったとわかるくらいに汗だくのミーシャ。
「エレノアさんにも声をかけたかったんだけれど、寮住まいじゃないんだよねぇ」
「毎日アクアトリノから通ってるからな。それより学園寮の門限が過ぎてんだ、大目玉に見合う理由ってのがあるんだよな、あ?」
その台詞はミーシャに向けられているようで、実際にはメイ先生に対してだ。
珍しく神妙な顔つきをしているメイ先生とクリス先生。いつもと変わらず凛とした表情のカイ。そしてみんなの注目はアリィに集まった。
「同じ話を何度もする手間を省きたかったわけではないのですが、全員揃ったので説明を始めます」
今回の迷宮探索ゲームはアリィとフェイリアの趣味研が企画運営していて、達成者こそ現れなかったもののイベント自体は概ね好評だったこと。
責任の所在を担保するためマジェニア学園が主催となったが、準備から当日の管理、撤収作業まで趣味研が携わっていたこと。
ついでに補足として、ボクが趣味研に手を貸していたことも語られた。
「なるほどな。だからタイムアップで都合よく駆けつけてきたってわけか」
「レナちゃんを助ける手際、よかったもんねぇ」
「わたしとエレノア会長を差し置いて助けてもらっておいて、他の女子目当てじゃないかってご立腹でしたねぇ?」
「メイちゃんの裸が見たかった」
「あーん、その話はなしなし、ごめんねラドくんごめんね」
真相が語られる機会が訪れなかったら、いずれ針のむしろになっていたかもしれない。改めて、アリィから説明してもらえて助かった。
「本日、教師たちにも協力いただいて後片付けをしてきました。迷宮内に設置したデザイア改、衣類や残置物の回収、安全確認などで……」
「わかった、いきさつはわかった。で、ラドの誤解を解くためにこんな夜中に集めたわけじゃねぇだろう?」
「おだまりなさい俗物……と言いたいところですが、お兄様の手前、我慢しましょう。問題は魔法のティアラです。所有者の魔力を増幅させるマジックアイテムのような代物ですが、くまなく探しても見つかりませんでした」
タイムアップした時にはカイザーたちと、愛について熱く語っていたナイトがロスト戻りしたという証言がある。プレイヤー全員がロストした以上、エレノア会長が魔法のティアラだと偽って渡した髪飾りが本物だったとしても迷宮内にあるはずだ。
「もしかしてわたしたち疑われてる?」
「ロストして辱めまで受けたのに、隠し持てないよね、姉さん」
「そうだよアリィ。僕たちはそもそもティアラを手にするどころか見つけてすらいなかったんだよ」
「今、お呼びしたのはお兄様たちを疑っているわけでも、ティアラの所在を確かめるためでもないのです」
「じゃあなんだ。結論を言ってくんねぇか、眠ぃんだよこっちは」
アリィは大きく息を吐いて自身を落ち着けると、力を込めて言葉を絞り出した。
「フェイが、フェイが…………誘拐……行方不明に………あぁぁあああっ!!」
号泣して最後まで言い切らずとも、事の重大性は把握できた。ミーシャに抱かれながら嗚咽を漏らす様子からもウソや冗談ではない状況だとわかる。
結論を先に言わなかったんじゃなく、言えなかったんだ。
「わたしからも説明をしましょう」
アリィがこうなってしまった以上、あらましを知るのはカイだけだ。今日の撤収作業もフェイリアと一緒にいただろうから。
「残置物をすべて回収した後、最後にもう一度だけ迷宮内を探索しました。ただひとつ変化があったといえば、ティアラを沈めた泉が枯れていたことです」
異変に気付いたのは撤収後。管理室にいるフェイリアとはすぐに連絡を取れず、地上に出てから管理室まで戻った時には後の祭りというわけだ。
「迷宮と管理室を隔てる壁が破壊されておりました。車椅子だけが残されております」
フェイリアはひとりで歩けない。少しずつリハビリをして筋力を取り戻そうとしているけど、それは狭くて足場の悪い迷宮内ですることではない。
「だとしたら誰が犯人かってことか。この手の推理ならメイセン、得意だろ」
「冗談ぶっこく余裕はねーかんな。可能性は三つ」
ひとつ、ゲームに参加したプレイヤーによる犯行。
「諦めが悪いか負けた腹いせかってこった」
ふたつ、エスカレア特別区内のならず者や盗賊による犯行。
「あれだけ変態集団が闊歩すりゃー、街でも噂になんだろ。ティアラや宝が残ってると知って潜入するヤツがいてもおかしくねーな」
そして最後、枯れた泉。
「こればっかりは関係性がわかんねー。タイミングがよすぎるのもなー、何かしら誘拐に絡んでいるのかもしれねー」
それでも思いつきを列挙してくれるのはありがたい。
「ねぇメイちゃん先生にクリス先生。あの場所って普段は出入りできないのよね?」
「フェイが埋まってた昔は入口に巨大ゴーレムを配置してたが、今は岩で塞ぐだけだろ。なあ、カイ?」
「はい。わたしが巨石で塞いでおきました」
「今日だって私とチビッコたち、見張りしてたじゃない。出入口はあそこだけだし、見逃すとは思えないんだけれどねぇ……」
侵入経路に限れば、枯れた泉の可能性が追加された。その先がどこか……盗賊のアジトとかに繋がってたりして?
「ゼロとは言わないけれど…………あの迷宮の水脈って魔脈も兼ねてるの。フェイリア様長年閉じ込められていた関係でね。だから道が繋がったことより、魔脈が機能していないのが問題ね」
「エスカレアの北西部って森になってんだろー。国境を越えてもそんな感だ、最近になってアジトのひとつやふたつが出来上がってもおかしくねーし、憶測だがなー」
こうなってしまうとボクたちだけで解決を図るのは難しくなってしまいそう。でも、事情を知るのは今ここにいるメンバーだけ。フェイラー学園長には連絡すらしていなかった。
「趣味研の落ち度をマジェニア学園に押し付けるのは憚られます。それに以前、魔物出没の騒ぎを起こしたではありませんか。立て続けに不祥事が起きれば存続にも…………」
「人の命がかかってんのに、悠長なこと言ってる場合かよ」
そもそも前回も今回も発端にあるのはフェイリアの存在。そして同じく、Xクラスのボクたちも関係している。
「カイザー。オメーのことだから無関係だとヌカすかと思ったぜ」
「そこまで薄情じゃねぇぞ。一蓮托生って言ったのは誰だよ」
ボクのリフレクトとレナのメテオ魔法、フェイリアの存在。いろんな秘密を共有する意味も含めてXクラスは成り立っている。一蓮托生と言ったのは、自らを盟主と呼べと宣ったフェイリアだ。
「ひっく、ひっく…………ん、んん。わたくしから、補足させてください」
ミーシャの胸で泣いていたアリィが咳払いをして呼吸を整えた。涙をぬぐってもなお、頬は紅潮している。
「ゲーム中、プレイヤーの間でも噂になっていた人物がおります。エクリル女学院の制服を着た女子生徒を見たと」
「愛を語ったアイツも言ってたな。女がどうこうって」
「それでジュディスが捕まっちゃったんだよねぇ」
「外でモニターを確認してた時は見かけなかったわよね」
「エクリルだったら顔と名前はわかる」
「馬術サークルの人たちも言ってたよね、ラドくん」
その人物がどのように関係してくるのか、もしくは犯人だったらと考えても理由や動機が判明しない。
「推測でしかありませんので鵜呑みにして欲しくはないのですが…………犯人はゴーレムではないかと」
「ゴーレムぅ?」
敵役で投入したゴーレムは、大量生産するために土や岩で成形しただけの簡易的なものだった。制服を着ていた証言が複数出ている以上、見間違いは考えられない。
ボクたちの目の前には、メイド服を着たカイっていうゴーレムもいるんだし。
「いずれにしろ、今ここで雁首揃えたってフェイリアは戻らねぇだろ。作戦、どうするよ」
こんな夜中に集められたのはつまり、捜索をしろってこと。
フェイリアの命がかかってるんだし異存はないんだけど、闇雲に動き回る余裕はない。
「当初の通り、可能性を三つに絞りましょう。クリス先生は……」
「ええ。プレイヤーの線を辿って学園を中心に捜査してみるわ」
「じゃーアタシは盗賊やゴロツキだなー。裏ルートでも当たってみっか」
さらりと怖い発言があったけど、今は誰も気にしない。突っ込まない。
「そしてXクラスの皆さんは迷宮へ、枯れた泉の先を探索してくださいますか」
不祥事を表に出すわけにはいかない。翌朝には通常通り授業が始まってしまうので、日の出前に引き上げて集合する約束をした。
「この教室を本部として、わたくしとカイは残ります。お兄様たちにはこちらをお渡ししますわ」
迷宮内に仕掛けた監視カメラとスピーカー機能をそのままに、持ち運びができる試作品『デザイア改Ⅱ」。パーティの状況をモニタリングしながら、音声のやり取りが可能だ。
「枯れた泉の先は何が起きているのかわかりません。ゲームではありませんので十分に注意してください」
「ロスト戻りなんて現実にはあり得ねぇからな。ま、いつも通りってこった」
「そんな危険な場所だったら、カイがいてくれたら心強いのになぁ」
「申し訳ございませんラド様。私は許可されていない場所には行くことができません」
「仕方ないよ。そだ、カイがこうして動けてるってことは、創造主のフェイリアは無事っていうことだよね」
ゴーレムを停止させる方法はふたつ。物理的に破壊するか、創造主が死ぬか。
ちなみにカイは物理と魔法どちらの攻撃も耐えられるので、倒すとしたら軍隊を持ち出さなきゃいけないレベル。
フェイリアを除けば、誰も勝てないんじゃないかな。
「そうだみんな思い出したよ! 今回のゲームといい、フェイリアの特技ってテレポートじゃないか。だからそのうち一瞬で……」
「アホか! ロリババァ唯一の欠点は、自分に魔法をかけられねぇんだよ!!」
「その通りですわ、お兄様…………」