インターミッション3
ボクとレナ、クリス先生が揃った帰路に立ち寄る場所といえばお決まりになったあの店。アオイさんが営むバー、アクアパッツァで夕食と晩酌を嗜むのが恒例になっていた。
「いらっしゃいませ。奥のテーブルへどうぞ」
「はぁー……今週は大忙しだったけれど、ようやく落ち着けるわ。とりあえずカンパーイ」
クリス先生は駆けつけ一杯のビール、ボクとレナはリンゴジュースで喉を潤す。そしてサラダにパスタ、極めつけに看板名物アクアパッツァ。
「お姉ちゃん、そんなに大変だったの?」
「そうよぉ。イベント告知が前日だったもの。あまりにも急だったから教師総出で準備と調整に追われて参っちゃったわ」
迷宮内の設営は趣味研で済ませていたが、当然ながら学園側にも都合がある。
「生徒の安全に配慮して簡単に死ねますよって言われても、ハイそうですかってならないでしょう。学園のイベントで万が一ってワケにもいかないからチェックが大変だったわ」
「ワガママに振り回された学園長もいい迷惑だったみたいだけど、無事で終わってよかったね」
「ホント、肩の荷が下りたわ。あんたたちはどうだったのよ」
「うん、お姉ちゃんからもラドくんに言ってあげて!」
「チビッコ、今度は何をやらかしたの…………」
──タイムアップになったと同時にみんなの元に駆けつけたボクは、素早く上着を脱いでレナを守った。不幸中の幸いだったといえるけど、ジュディアとエレノア会長にとっては不幸そのものだっただろう。
「ちょっ、見ないで、見るなーっ!!」
「く…………屈辱」
この状況では地面に伏してうずくまる他に手立てはない。
カイザーたちが壁役になっている間に、メイ先生の露店へ走った。
「タオルが五枚、シャツが…………三枚」
ゲームが終了した最後の客だったわけで、人数分のロストTシャツは購入できなかった。完売御礼で上機嫌のメイ先生とは対照的に、このままでは争奪戦が始まってしまう。
「シャツはエリーとジュディア、レナで使えよ」
ギャラリーには上半身裸で腰にタオルという入浴スタイルの男子が多いので、そこまで恥をかくわけじゃない。
問題は、下半身だ。
「深刻なことに、この中にひとりだけ丸出しで帰らなきゃならねぇ」
女子が使うタオルを差し引くと、カイザーとミーシャとジュディスの中からひとりだけ全裸が発生してしまう。
「正々堂々、じゃんけんで決めるか!」
先着順とか武力行使といった手段を用いないだけ良心的なのかもしれない。タオルを奪い合う全裸の男たちが向かい合おうとした、その時。
「そこのあなた! 女子なんだから恥じらいを持ちなさい!!」
見知らぬ女子の絶叫に全員が呆気にとられた。
「あなたよあなた、周囲じゃ血に飢えた獣が凝視しているの、風紀が乱れるわ。自覚を持ちなさい!!」
「え、あの、ぼくは男なん……」
「あなた、いくら胸がないからって無頓着すぎるでしょう。いたずらに男子を刺激しないように!」
「それ以上は言わないであげて! 可哀想だよ、いくら胸がないからってさぁ。ねぇ、ジュディア」
ボクが着ていたシャツはレナが着ている。
ボクが着ようとしていたダサいロストTシャツはジュディスに渡した。
突然の熟睡によりじゃんけん不戦敗になったミーシャには気の毒な結果になった。
「ラドくん。どっちか選んで」
ボクは、苦渋の決断を迫られてしまった。
「なんてことがあったんだよお姉ちゃん」
「なにそれ傑作。でも何よ、選べって」
「あたしが使うはずだったタオルをミーシャさんに渡したの。だから……」
上半身裸で街中を縦断する時、ハーフパンツとボクサーパンツのどちらかを選べと言われたら普通どうするか。
ボクは迷わず前者を選ぶ。
「新感覚で楽しかったなぁ。スパッツと変わらない感じだった」
自分が着用していた下着を使われるという精神的なものも含め、素肌にハーフパンツというのはゴワゴワして色んな意味で落ち着かなかった。
「だからお返しにラドくんにも勧めたの」
「何をよ?」
「今度、あたしの……」
「止めなさい、それ以上は止めなさい」
そう、ここはバー。本来は静かにお酒を嗜む大人の社交場。
他に客がいないからといって、下世話で下品な会話で盛り上がってはいけない。
「目覚めたらどうすんのチビッコが…………女装趣味に」
そうじゃない。止めるべきはそこじゃない、怒るべきはそこじゃない。
絶対に!
「えーっとそれで……レナの結論としては、チビッコがレナのパンツをはいてくれないってのが不満なワケ?」
「はきたいって言い出したら、それはそれでどうかと思う」
バーでこんな議論がされていることこそどうかと思う。
こんな時の正解は沈黙。会話に首を突っ込まず、否定も肯定もせず、嵐が過ぎ去るのをじっと耐えるだけ。
「違うの。あたしたちがロストした時にかけつけてくれたのは助かったんだけど……。ラドくんが、ラドくんがそこにいたってことは」
一日限りの迷宮探索ゲームというお祭りイベント。行く末を見届けたいと思うプレイヤーたちはゲームオーバー後も広場に留まり続けていた。
本心は、ロストした女子目当て。
「ラドくんも女の子の悲鳴を聞きながら、点数を付けたり大きさを当てるクイズで楽しんでたんじゃないかって」
「なにそれ最低。人間性を疑うわ」
ジュディスを注意した女子生徒はギャラリーを血に飢えた獣と表現していた。このイベントが次回もあるなら対策するようにフェイリアに伝えておこう。
「…………なんて言いたいところだけれど。チビッコ、あんたレナに説明してないの?」
趣味研の活動について口止めされていたわけじゃないけど、Xクラスのみんなが参加する手前、言い出すきっかけが掴めなかった。
介入したところでボクにできることなんて何もなかったんだけどね。
「終わったんだからもういいでしょう。今日だって本当はフェイリア様とアルネージュに挨拶したかったんじゃないの?」
ゲーム終了直前に管理室を飛び出してからフェイリアには会えていない。今日だって遺留品を回収した時も出てこなかったし、お疲れさまのひと言くらいかけたかった。
「じゃあラドくんは、ずっと裏方でお手伝いしてたの?」
「うん。今週は雑用でふたりにこき使われてたんだよ」
事前と事後の処理に追われたクリス先生が立ち会いしているこの場で説明できたことは幸いだった。レナとふたりきりだったら、一体どこまで信じてくれるものか。
「ふたりともいろいろあって趣味研にいるわけだけれど。楽しく活動する手助けをしてくれたことは感謝するってフェイラー学園長が褒めてたわよ」
「アリィちゃんも一緒だったなら安心かな。女の子目的じゃなかったならいいの。ね、そうだよねラドくん?」
「こ、こわいよレナ…………管理室からは外はわからないし、すぐ助けに行けたのはアリィの指示のおかげで」
「ちょっと心配になっただけなの。お姉さんとして、弟が道を踏み外さないように導かなきゃいけないから」
ボクのパンツを強奪した上に自分のパンツを勧めてきて何を言うと思ったけど、すべての誤解が解けたんだから深追いは止めておこう。
「そっ、そういえば迷宮への突入のタイミング。考えたね」
「会長さんの提案だったの。最初は出口に留まって、戻ってくるプレイヤーを倒そうって話もしてたんだけど」
ルールの盲点をついた頭のキレには脱帽するけど、生徒会長としてはどうだろう。騎士道精神ってのもあるし。
「外にモニターが設置されたからギリギリまで待とうって話になったんだ。会長さんにお願いされたし、どうにかしたくって」
「お願いって、一番になりたいって言ってたやつ?」
「そう。もしくは誰も勝たせないためにってね」
「エレノア会長、こだわってたもんね。でもどうしてなの?」
「誰かが生徒会長になりたいって言い出したら面倒だからだって。ロスト前提であたしたちが全滅になっても、協力して道連れにしようって」
ミーシャやジュディスはともかく、やる気に満ち溢れていたカイザーとジュディアを従わせたのはひとえに、エレノア会長の人望のおかげかな。