インターミッション1
誰もが敗者になり、誰もが得をしなかった迷宮探索ゲーム。
ゲームを企画した趣味研だけが勝者になったのかなと思いながら、翌日の昼下がりにボクとレナは迷宮前までやってきた。
迷宮に取り残された装備品、つまり衣服を回収するためだ。
「服を買うにもお金がかかるから仕方ないよ」
「そうじゃなくって……その、下着とかそのままにしたくない…………から」
参加したプレイヤーたちも同じ考えだったらしく、道中では何人かの生徒とすれ違った。
「あんたたちも来たの。残念だけれど迷宮内には立ち入りできないわ。安全が確認できないのよ」
パイプ椅子に座って入口前を陣取るクリス先生が気怠そうに返事をした。聞けば、朝からずっとこの場所で門番まがいのお務めをしているという。
「もしかして、あたしがメテオで通路を塞いじゃったから……とか?」
「あんたそんなことしたの? だから無闇にメテオを使うなって言ってるでしょう」
レナも言わずは撃たれまい、メテオを使った罰として昼食の買い出しを押し付けられてしまった。かといってレナひとりに任せるのは気の毒だからと、ボクも同行することに。
「ありがとう。ラドくんの分も買ったから、みんなで食べようね」
市街地まで戻って、再び迷宮前。
手間も時間もかかるけど、暑い中で雑用を押し付けられたクリス先生が気の毒に思えてきたから少しだけ優しくしてあげようという気分。
今回ボクは、何も悪くないし。
「んー、魔法の論文って難しいものばかりだからぁ」
「大人でも読み解くのが面倒だもの。今は手頃な本を読むだけでもいいのよ」
「家にもあったっけ?」
「ないんじゃない。図書館で探すもよし、夏休みに現地で調べてみてもいいんじゃない?」
「夏休みなんてあるんだ。いついつ?」
レナとクリス先生が魔法学やら難しい話に熱を上げているのでボクの存在意義はなくなっていた。今日も空が青くて風が気持ちいい。
そんな日曜日の長閑な午後でも、ぽつりぽつりと生徒たちがやってくる。
「えーすんません、装備を回収したいんですけどー……おっ、クリス先生じゃん」
ここに門番がいなければ迷宮にこっそり忍び込む生徒もいるだろう。クリス先生を見つけては、親しげに話しかけたり驚いた反応が見られた。
「大勢で暴れ回ったものだから迷宮内の安全が確保できないのよ。遺留品は学園側で回収するから、申し訳ないわね」
「なるほど仕方ないっすよね、了解っす」
断り文句を方便にして門前払いしているのに、誰ひとり反抗せず聞き入れている。この聞き分けのよさは教師と生徒という関係性だけじゃなさそうだ。
「お姉ちゃんの知り合い?」
「クラスは違ったけれど面識があった……かしらねぇ。お姉ちゃん去年までマジェニア学園の生徒だったし、生徒会長だったし、男子にも人気だったし」
全校生徒の投票で決められる生徒会長になるためには、自分自身の資質や学力は当然として人望や人柄が重要になる。当選したら周囲に知れ渡る有名人になるわけだ。
「そっちのチビッコが思ってる通りモテモテだったからねぇ。あっはっは」
ずっと男の影なんて見当たらないし、中身がガサツでズボラなんてことは付き合いの浅いボクですら察せられるレベルなんだから、モテモテとはにわかに信じ難い。
「いいなぁ。お姉ちゃんみたいに男を誘惑できるくらいの魅力が欲しい」
「うふふ。一朝一夕にはならないわよぉ。常に女を磨く努力を怠らないように。あとはそうねぇ、おっぱいよおっぱい。そうそう、最近またキツくなってきてねぇ……」
周囲に誰もいないとわかっていても控えて欲しい話題。
女子の声って意外と遠くまで響くし、なにより男子のボクがここにいる。興味がまったくないわけじゃないけど身近な人の生々しい事情なんて耳にしたくない。
「賑やかだと思えばまったく。胸の話が下まで響いてましてよ」
「わわ、アリィちゃーん。どうしてここいるの?」
「レナにラドも、御機嫌よう。クリス先生、取り急ぎ遺留品や残置物はすべて改めました。結果は残念ながら…………でしたわ」
アリィは趣味研部員としてイベントの後片付けをしていたようだ。おそらくフェイリアとカイも迷宮内にいるんだろう。クリス先生とレナがいる手前、アリィに目配せをして挨拶にするしかなかった。
それにしても…………結果が残念ってなんだろう。
「メイが残した荷車もあるし丁度いいわ。チビッコたち、ちょっと頼まれて頂戴」
この言い回しをする時は、面倒ごとを押し付けられると決まっているんだ。