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プロローグ

 エクリル女学院はボクが通うマジェニア学園のすぐ隣。

 名前の通り女子校だから近寄り難いし、男子が校内にいるだけでも注目の的になってしまう。そんな気がする。


「視線が気になってしゃあねぇ、針のむしろだな」


「あはは。カイザーが大きいから目立ってるんじゃない?」


「プリーストギルドの活動場所だから、ぼくは慣れちゃったけどね」


 先頭を行くジュディスに案内されて、カイザーとミーシャ、ボクと続く。

 場違いもはなはだしいボクたちXクラスの四名は、とある依頼を受けてやってきた。


「わざわざご足労。早速始めようかの」


 依頼主はエクリル女学院の生徒、フェイリア。

 公称は八歳。ボクより幼く見えるのは当然で、マジェニア学園のフェイラー学園長の孫という設定になっている。

 本当は六十六歳だし、フェイラー学園長の姉なんだけど。


「おや? どうしてここにエレノアさんがいるんだい?」


「マジェニア学園生徒会長として、話があると」


 エレノアさんはマジェニア学園の生徒会長。

 勉強ができて剣の腕も立ち、しかも魔法も使えちゃう。そして美人という才色兼備を具現化させたような存在だ。

 これでマジェニア学園の生徒が五名、エクリル女学院が一名。

 教室ともいえない小さな部屋で縮こまるくらいなら、周囲の視線を気にしなくて済む共学のマジェニア学園で集まったほうがいいんじゃないかな。


「搔い摘んで話をするとじゃな、新しくサークルを立ち上げたんじゃ。今のところ部員はワシだけじゃが……」


「あぁそうかい。でも俺様たちじゃ頭数になんねぇぞ。ギルドやサークル活動の兼部は認められているが、あからさまだと部費狙いに思われて」


「まあ聞け、勧誘ではない。活動を続けるには実績も必要でな。他校の男子、他校の生徒会長と交流しておけば箔もつくじゃろ」


「なるほどねぇ。それで僕たちは何をすればいいんだい?」


「試作段階ではあるが、ちょっとしたゲームをしてもらう」


「ゲームぅ?」


 シミュレーション研究部、略して趣味研。

 戦略的技能を高めるために創設されたサークルは、様々な遊びを通して考察することで鍛練するという大義名分を背負っている。



 本音はただ、遊びたいだけみたい。



「この部屋は借り物でな。当面の目標は専用の部室が欲しい。さすれば今後の活動もやりやすくなるじゃろうて…………というわけで、今日はワシが自作したサイコロゲームをテストしてくれ」


 テーブルに広げられた大きな紙にはたくさんのマス目があり、遊び心をくすぐられる。でもこれ、ゴールまで何時間かかるんだろう?


「エスカレアに通う人間の一生をシミュレートしたんじゃ」


「ただ遊ぶためだけではない、ということなのね」


「うむ。そしてここにはワシを含めて男女が丁度、三名ずつおる」


「僕とカイザーとラド、エレノアさんとフェイリアさんと……」


「あの、ぼく…………男なんだけど」


「諦めろジュディス。それにちょっと面白そうじゃねぇか、やってみようぜ」


 それぞれ在籍する学校の生徒からスタート。様々なイベントを体験しながら、通貨である『リヒタ』を最も多く貯めたプレイヤーが優勝だ。


「試験で赤点、マイナス五百リヒタ……ちっ、次はジュディスだぞ」


「ぼくは体育祭で、えっと……転倒、骨折、マイナス千リヒタって。確かに運動はちょっと苦手だけどさ」


「私は…………生徒会長に就任、プラス千リヒタ。ゲームも現実と同じって上手く作られていると思うわ、リアルよ」


「いいなぁエレノアさん。僕なんて一番近くにいる異性に告白するマスだよ!? だから…………ジュディス?」


「あの、ぼく…………男なんだけど」


「ゲームはゲーム。だからさあ、言うんじゃ」


「なんて役得……いや恐ろしいんだ。ジュディス、好きだ。付き合ってください!!」


「す、好きって言われたら悪い気はしない、ね……。ゲームだもんね。じゃあ、はい……その、喜んで」


「やった! 人生初の告白が成功したよ!!」


「初めてで成功とは縁起がいいのう。浮かれることなく、勝って兜の緒を締めよじゃぞ」


「だからゲームだよね!? それにぼく、男なんだけど」


 奥手なエクリル女学院の女子に告白を体験させるためっていうけど、こんなシミュレートって本当に役立つの?


「次、ラドだぜ」


「うん。えっと……試験で無難な点数を取るだって。うーん」


「可もなく不可もなくでいいじゃねぇか。これもある意味リアルってわけだ」


 ゲームなんだからもっと弾けた内容でもいいのに、ボクの人生ってそんなに無難?


「あら。私、もう卒業よ。まだ中盤にも差し掛かっていないのに」


「人生、社会に出てからの方が長いじゃろう。それを学生のうちから体験しようというのがコンセプトじゃよ」


「でも職業踊り子ってのは解せないわ」


 そこはリアルじゃないんだって、吹き出しそうになるのを必死でこらえた。


「俺様はギャンブラーって、ろくでもねぇぞ」


 それはリアルなんだなって、我慢できずに吹き出したら頭を小突かれた。


「どうして僕と別れちゃうんだよジュディス! 嫌だ、別れたくない!!」


「仕方ないじゃないか。故郷に戻って就職、カップルは別れるって指示なんだよ」


「嫌だ、離れたくないんだ。僕もジュディスを追ってどこまでもついていくんだ!!」


 えっとこれ、演技だよね?

 告白したミーシャがデート代として毎ターン五百リヒタ取られていたけど、苦ではなかったらしい。

 ちなみにボクは、卒業して無職になった。


「本当のボクはマジェニア学園の生徒じゃないし、お金を持ってないし、毎日ごはんを食べさせてもらってるだけ…………リアルすぎてこれ、何かインチキでも……」


「するわけないじゃろう。あくまで可能性、シミュレートじゃ。カッカッカ」


 そんな穀潰しのボクは、ゲームの中でも遊びたいらしい。


「花火大会に行くんだって。サイコロを振って偶数だとナンパ成功って、えー?」


「ゲームだゲーム、今なら選び放題だぜ。早く振れよ、誰を選ぶんだよレナには内緒にしといてやっから」


「あ。奇数、失敗だ……」


「かーっ、つまんねぇ人生だなオイ!! しかもなんで安心してんだよ」


「他人の人生を否定しては駄目でしょう。それよりも…………貴方が止まったそのマス。お待ちしておりました」


「お見合い結婚だぁ!? でもよ、資産が一番多い異性が相手だとよ」


「へぇ。ジュディスが二万、エレノアさんが四万で…………フェイリアさんが四万二千リヒタなんだ。よかったねカイザー」


「最初に結婚したプレイヤーはボーナス五万ってのがでけぇな。その上、各プレイヤーから手持ちの半額がご祝儀だとよ。ほら全員寄越せや、ハッハッハ」


 無職のボクが少しずつ貯めた二千リヒタがどんどん目減りしていく。


「カッカッカ、こやつが旦那になるとは因果よのう。ほれほれ、このまま子供もこしらえるか?」


「だからゲームだゲーム、ロリババァなんて無理だ無理。ハッハッハ」


 みんなもこれが冗談だってわかってる。絶対にあり得ないのはわかっている。だけど、だけど……。



 エレノア会長の目が笑っていない。



「学園長からの指示で身の回りの世話を手伝っているけれど、なんとも油断できないふざけた女だわ。男に擦り寄り誘惑する夏の虫、これ以上図に乗らないよう今すぐ根絶やしにする必要がある…………」


 ひえっ…………。

 心の想いが独り言となり、言霊となって漏れている。

 幸か不幸か、結婚とご祝儀の空騒ぎで誰の耳にも届いていない。


「手持ちは二万リヒタしかなくとも、マジェクタルには十万以上入っているわ。家に帰れば何百、何千万だって…………資産を合わせば何億」


「だからこれはゲームだってゲーム、マジになるな、な!?」


「エレノアさん…………カイザーのために、どうしてそこまで……」


「ぼくですら気付いてるのに、もしかしてミーシャって察しが悪い?」


「何のことなん……って、僕も結婚マスだ。戻ってきてくれるってことだね!」


 ミーシャとジュディスがよりを戻して結婚した時のエレノア会長は、いつも通りのクールな表情でご祝儀を差し出している。

 このゲームで一番を取りたいという、負けず嫌いな性格というわけではなさそう。


「おや。結婚相手に全額使い込まれて破産、離婚じゃと。世知辛いわい」


「カイザーならあり得そうだもんね。昼間から酒を片手にゴロゴロしてさ」


「俺様がそんなことするわけ……いや、それもアリか?」


「いいのよ、あなたが望むのなら。だって貴男を幸せにできるのは私だけ。離婚したのはいい気味だわ……ふふふ」


「ミーシャ…………俺様は絶対……………………それはナシにするわ……」


 独り言を隠さなくなった呟き戦術でカイザーのメンタルはボロボロ。だけど真面目に働く将来が約束されるなら、反面教師として悪くないゲームかもしれない。


「ははははは。競技で勝つためには最下位を作るのが勝負の鉄則だよね。カイザーには悪いけれど、踏み台になってもらうよ!」


「へっ、ミーシャ。てめぇの止まったマスをよく見るんだな」


 結婚相手が浮気をして出て行く。慰謝料三百万リヒタを手にするも、心身不調で無職になる。十回休み。


「あああああ! 僕の愛するジュディスが…………どうして、僕の何が不満なんだい!?」


「浮気も不倫もしないよ! それにぼくは男なんだけど!!」


「破産しないだけマシだろうよ。俺様はさらに…………借金だ」


「離婚、浮気、破産、借金。どうじゃ、リアルじゃろう?」


「どこがだよ!!」


 学生編は楽しかった。

 学校行事や各種イベント、恋愛もあったりした充実した日々。そんな時間はあっという間に過ぎ去っていく。ボクはどのマスに止まっても無難で面白味がなかったけど。

 それが社会に出ると暗く辛いことばかり。限りなくリアルに近づけたからなのか、気を引き締めるための忠告か。

 だけどやっぱりゲームなんだから、もっと楽しいマスがあってもいい。


「社会は…………大人は甘くないってことをフェイリアは伝えたいんだね」


「はぁ? 何を戯言をぬかしておる。それより次はジュディス、早く賽を振らぬか。まったく、うーむここから逆転するには…………」


 あれ? フェイリアってただの負けず嫌い?


「ぼくはまた結婚だってさ。一番リヒタが少ないプレイヤーって、カイザー!?」


「いよぉーウェルカム。ジュディス、俺様と一緒に地獄へ道連れだ」


「私なんて一度も結婚できないのに、またって何。一緒にってプロポーズみたいじゃない私だったら地獄でも世界の果てでもどこにだって喜んで着いていくのにダカラ結婚スルノハワタシダケ…………」


 不細工な顔のまま固まるカイザーと顔面蒼白で脂汗を垂れ流すジュディス。

 誰か代わってあげて。エレノア会長が幸せになれるコマに止まらせてあげて!


「これもまた、賽の向くまま気の向くまま。人生とは、望むほどに上手く行かぬものよ」


「はは……そうだね、ボクなんて一度も結婚できないし……って、このマスは何だろう?」


 未婚者の場合、既婚者を選んでその子供になる。


「この中で既婚者っつったら、俺様とジュディスしかいねぇぞ」


「浮気相手がカイザーだった上に出産までしちゃうなんて。ぼくは男なんだけど」


 カイザーパパとジュディスママに向けられていた、エレノア会長の憎悪と嫉妬がボクにまで向けられてしまう。

 両親とも男子だし、これはゲームだから実際には起こりえないのに。


「貴男の子供…………ラドだったら……いいわ。幸せな家庭、優しくて素敵な旦那様と無邪気で可愛い子供。そう、出産スルナラ女でアル私しかカノウセイはないンダモノ……」


 幸せに満ち溢れた恍惚の表情を浮かべながら、悪魔召還の呪詛を呟いて欲しくない。

 いつものクールなエレノア会長、戻ってきて!


「ラド、貴方はいい子…………いつでも私たちの養子に迎え入れるわ」


「はは……ありがとう、あはは…………私、たちって…………あははは……」


 その後は波風の立たない余生を過ごして、誰もが波乱なくゴール。

 カイザーの借金が莫大過ぎて、ジュディスとボクは連帯責任の大赤字。ミーシャとフェイリアが僅差だったけど、優勝は独身を貫いたエレノア会長だった。


「どれどれ、エレノアの資産は億越えか。カイザーの借金なんぞ軽々と帳消しにできるではないか。ジュディスはもう少し男を見る目を養うべきじゃ。もしくは内助の功に務めよ」


「だからぼく、男なんだけど!?」


「俺様はリアルで借金なんぞしねぇからな!!」


「安心して。貴男の人生を全力で支えられるという証明ができたわ。このシミュレートは驚くほどリアル。ええ、きっとそう。お金の心配はいらない、最後に私のもとにイテくレさえすレば…………」


「カッカッカ。生徒会長たる者にこれだけ褒められればワシも自信がついたぞ。これはもはや、ゲームの域を越えておる」


 ゲームって面白おかしく楽しむものなのに、殺伐として遺恨しか残らないんだから確かにゲームの域は越えている。リアルにはしたくない、かな……。





「ろくでなしの借金男と結婚したんですって」


「あろうことか隠し子までいるって話よ」


 どこからどう伝わったんだろう。

 しばらくの間、エクリル女学院は不穏な噂で持ち切りだった。





「だからぼく、男なんだけど……」

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