第二章 娯楽都市アルカディア 4話目
「――しかし、酒場ってのはどこも変わらないものだな」
「無論、どこもかしこも冒険者組合が運営している場所ですからね」
酒場の一階では明日の試合についての話題で持ち切りであり、こうして挑戦者が姿を現したことで更に話は熱を帯びていく。
「ひとまず二階に上がりましょう。二階ならこちらの話は届きませんし」
「向こうの煽りやら何やらは聞こえてくるがな」
下から吹き抜けとなっている為か特段防音などなく、拳王側がいつも通り勝つのか、あるいは番狂わせがあるのかといった、賭けも交えた話し声がいくらでも耳に届いている。
「チッ……私が黙らせてきましょうか」
「やめておけラスト。ここで下手に暴れても何も得がない」
野次ならば言いたいだけ言わせておけばいい。明日になって吠え面をかかない限りは――口には出さずとも、ジョージとシロの考えはまたしても一致していた。
実際にジョージ達のギルドはこの一ヶ月間鳴りを潜めてきたのだから、遂に戦いの前線から降りたと見られても何ら不思議ではなかった。
しかし事実は全くもって異なっている。彼らは一ヶ月間、力を蓄えてきた。再び最前線に立つ為に。最強格のギルドとして、再び名を轟かせる為に。
――“導王”として、“無冠の王”として。王に連なる実力を持つ脅威として、世界に誇示する為に、彼らは力をつけてきた。
「しかし主様! 中には主様の実力を疑う声さえもあって――」
「この一ヶ月、お前が目にしてきた俺の実力よりも、そんな下らない声の方を信用するのか?」
「っ、いえ、そんな訳では――」
「だったら言わせておけ。どうせすぐに塗り替わることになる」
嘲笑から畏怖へ――いつだってそうだった。“無礼奴”の時だってそうだった。
“たった三人で何ができる?”――そうした言葉も、腐るほど聞いてきた。そしてそういった輩も――
――両手ではとっくに数えきれないほどに、斬り捨ててきた。
「……それより、何を注文しましょうか?」
ジョージとラストの会話を後目にして、シロは席の確保を既に済ませていた。丸いテーブル席の一つに腰を下ろし、そして話題を変えるかのようにテーブルの上にメニュー表を広げる。
「砂漠を横断して喉も乾いていますからね。何か飲み物でも注文しましょう」
「では我は抹茶ラテを所望する」
内容を一瞥したシロガネは、メニューに確かに書かれている抹茶ラテという文字に指をさして注文をしながら、空いた席に座ろうとした。
「抹茶ラテって……中途半端だな」
「う、うるさい! 今は緑茶の気分ではないのだ!」
(だとしても、忍者RPしたいならラテはないだろ……)
シロの方は既に注文を決めているようで、この場においてまだ注文が決まっていないジョージの方へとメニューを傾け、席に座るよう促している。
「俺はどうするかな……」
空いていたシロの隣の席に腰を下ろしながら、ジョージはメニュー表を見つめる。するとそれまで立って辺りを見回していたラストの方もまた、さりげなく場所を確保するべくジョージの隣の席へと座りこむ。
その様子を見ていたシロガネは十年前の光景を思い出しながら、相変わらずといった様子の従者に対してぽつりと言葉をこぼす。
「……相変わらず、主にべったりといった様子だな」
「何が言いたいのかしら?」
「深い意味はない。ただ、あれからこの世界では百年もたったというのに、よくまた一緒に組めたなと思っていてな」
「百年経っても冷めない愛が、私と主様の間にはあるのよ」
「そうか……」
やはりこの女だけは他とは違う。明らかに現地の人間の思考とは違う、別のルーチンが組まれている――現実世界においてプログラマーの端くれだったシロガネは、他のNPCには無かった違和感をラストから確かに感じとっていた。
この世界はよくできている。まるで実際の人間を相手にしているかのようだ。確かに中にはNPCと恋に落ちる人間もいるし、シロガネもそうしたプレイヤーを何人も見かけてきた。
しかし彼女にはそれだけでは収まらない違和感がある。例えば百年という時が経ってもなお、ジョージのことを覚えていたという事。
新規に始めた者にとっての不平等感は大いにあるものの、前作から今作に引き継ぐにあたって、引き継ぎ組がレベルや装備類を引き継ぐのは百歩譲って理解できる。
しかしいくら前作で深い絆を結んでいたとはいえ、どうして一人のNPCがここまで特定の男に対して深い感情を持ち続けているのか。大抵が百年という時を経て、人間《NPC》との関係が一新されていた中で、どうして彼女だけが想いを繋げられていたのか。
――世界を作り直す中で、その想いがどうして開発側の手で“リセット”されなかったのか。
「もしやこの違和感が、NPCの成長に繋がる何かに……」
「特段飲みたいものはないし、コーラを貰おう」
「でしたら私も同じものを」
「いいのか? お前確か前回飲んだ時に、シュワシュワが気持ち悪いって言ってなかったか?」
シロガネが深く考えを巡らせているのをよそにして、特に惚気るつもりはなかったジョージの思い出話に、ラストは想いを馳せている。
「そんな、百年前の事を覚えていてくださっていたなんて……ですがあれから私も成長したのです。この百年間で主様が好きな物を、私も好きになろうと努力したんです!」
「……何かに、なるのだろうか」
自身が考えていることが案外バカバカしいことなのかもしれないと、やり取りを見ていたシロガネは呆れるように頬杖をつくのだった。