第二章 娯楽都市アルカディア 2話目
「…………」
「……主様」
「ん? なんだ?」
斜め前方を爆走するSUVを目で追いながら、ジョージはサイドカーからかけられる声に返事を返す。
「その……申し訳ありません。わがままを言ってしまって」
「別に構わない。恐らくお前に回ってくる前に勝敗がつく」
「しかし、万が一ということが――」
「だとしても問題ない…………それでも俺は、お前が勝つと信じている」
一ヶ月間――ジョージとラストは強くなるべく、戦い続けた。時にはダンジョン奥深くのボスに挑み、時には紛争地域に無所属の身として紛れ込み、時には武器を使わない戦いすらも挑戦し続けてきた。
そんな中でプレイヤーであるジョージは着実に経験値を積んできており、今の彼のレベルは驚異の150レベルまで達していた。そしてこれはこれ以上のレベル的な上昇は見込めない所にまで、高みにまで上り詰めていることを同時に意味している。このゲームを取り仕切る運営AIであるシステマからは、初めての到達者だと褒められもしていた。
しかし一方のNPCであるラストは――一切のレベル的な上昇は見込めず、相も変わらず150レベルのままだった。
そもそもプレイヤーのレベルが前作の120から引き上げられ、150レベルになっていることは公の情報として広まっているが、戦術魔物を含めたNPCの最大レベルがどうなっているのかは、誰も把握できていない。
参考として前作においてNPCのレベルの最大値は150であり、そのレベル帯に君臨しているのはラストを含めた“七つの大罪”のみとなっている。しかし今作においてジョージがこれまでに戦ってきたNPCの中にはそれにひっ迫する実力を持つ者が見られるようになってきており、そのことから彼の所属するギルド内ではNPCのレベルの最大値も引き上げられているのでは、という予想が立てられるようになっていった。
そんな中でラストはメタ的な要素である“レベル”というものを理解できないNPCであるものの、“自分が成長していない、強くなれていない”という事自体には自ら気がつき、理解することができていた。
そのことの焦りから、ラストはこの遠征をするにあたって一つのお願いを主であるジョージにしていたというのである。
「今回の拳王都の団体戦、お前を大将戦にあてる件については話が通っている。シロさんにも理由を話した上で、許可も得ている」
プレイヤーと同じように、この世界に元から住んでいる住民が成長できるのかどうか――これはラストを率いているジョージだけではなく、その他の多くのプレイヤーにとっても大きな疑問となっていた。
共に戦ってきた仲間であれ、NPC側がレベルアップをしないとなれば、自然とレベル差も生じるようになる。そうなってくればプレイヤーと同じ戦場でNPCが戦う機会自体、自然と少なくなっていく。
しかしまるで人間のように自然な反応を示し、かつ背中を預け合える信頼関係すら築くこともできるNPCを相手に、戦力外だと無情に切り捨てられる者はそう多くいない。ラストの場合だとそもそもNPC最高のレベルであることもあるが、ジョージにとってはまさに背中を預けられる仲であることの意味合いの方が大きかった。
そうした中、プレイヤー同士で情報交換が積極的になされているのがNPCのレベルアップについての条件解明だった。
極限状態の戦域を共に生き延びることができれば、あるいは男女で共に一夜を過ごせば――ありとあらゆる根も葉もない噂が流れては消えてゆき、結局のところサービス開始から半年たってもその条件は解明されず、半ばプレイヤー間ではNPCは成長しないものとして扱われつつあった。
しかしそれでもNPCのことを戦友として、ライバルとして、果ては恋人として――この世界での繋がりを持って接している人間も多く存在していることに、間違いはなかった。
ジョージ自身もラストに対しては特別な感情を抱いており、彼女もまたその思いに応えるべく、自ら強くなれる道を模索していた。今回の大将戦を担うのも、そのきっかけにならないかというラスト自身からの提案で、それを受けたジョージが今回の団体戦を取り仕切るシロに話を持ち掛ける形で実現している。
「最悪、俺が乱入すればいいしな」
「そんな! 主様に汚名を被せるような真似など――」
「そんなことより、お前を失う方が俺にとっては辛い」
互いの信頼を再確認するような会話をしながら、ジョージがバイクを走らせてからは既に三時間。周りの景色は相変わらず砂漠のままだが、ここから先は拳王が治める国、ナックベアの領地となっている。そして既に一行はその領地に踏み入り、とある都市を目指していた。
「それにしても、話を通したければまず力を示せとは、相変わらず拳王らしい返答だな」
ジョージ達の置かれている状況についてはさておき、現在の彼らの目的は彼らのギルドが治めている領地であるチェーザム領と、そこから連続するガレリア領への侵攻をしないという不戦協定を、隣国であり敵対国であるナックベアと結ぶことだった。
少しだけ詳細を説明すると、現在ジョージ達が率いているギルド“殲滅し引き裂く剱”が所属しているのはベヨシュタットという国である。これは暗黒大陸を六分する国の一角であり、前作においては最後に大陸を統一した国でもあるという、歴史ある国家となっている。そしてナックベアとは既に何度か砂漠地帯において戦闘を重ねており、この度はチェーザム領の奪取を済ませていた。
そうした中で国同士での対立は更に深まっていくが、ここでジョージ達のギルドは個別にある交渉を済ませようと、車両を走らせているのが現状の説明になる。
「……っ! シロさんからの合図だ」
助手席の窓が開き、手が挙げられる。ジョージがバイクを少しだけ加速させて車と並列に並ぶと、窓越しに顔を出したシロが先の方を指さす。
「この先、例の砂上都市が見えてくるかと思います! 恐らく検閲がありますので、これまでと同様、我々のすぐ側にいてください! 向こうはこの車は把握していますが、貴方のバイクのことまでは伝えていませんので!」
「なるほどな。まさかとは思うが遠くから狙撃とかしてこないよな!?」
「それはないかと思いますが、念の為警戒を!」
そうして車の窓が閉まっていくと、ジョージはラストにある指示を出す。
「……ということだが、一応【空間歪曲】の準備だけはしておけ、ラスト」
「承知いたしました、主様!」
はるか遠くにある砂上都市。その姿はまだ目にしていないが、それでも今のジョージには、千里眼に等しい技を持っている。
「――阿頼耶識」
フードの奥の瞳に、翡翠色の残光が宿る。それと同時にいまだ見えるはずのない、巨大な砂上都市がその全貌を露わにしていく――
「――なるほど。まだまだ遠いが確かに“視えるな”……それに、ちょっと厄介な地形にあるみたいだ」
この時のジョージの視界に映っていたのは、砂漠にぽっかりと空いた大穴と、その上に浮かぶ巨大な街だった――