第二章 娯楽都市アルカディア 1話目
「――それで? 移動手段ってのはこれか?」
「そうなりますね」
チェーザムの西の端――再び広がる砂漠の光景が、その場にいる者達の目に映る。その中でシロが指をさしたのは、砂漠仕様に改造された大型車両だった。
「SUVか。てことはクロウが作ったなこれは」
「そうですね。色々と注文に文句を言われましたが、そこは上手いこと報酬と引き換えに製作していただきました」
本来であれば、彼らにこのような高等技術で作られた乗り物を手に入れる手段は存在しない。チェーザムの街並みを見ての通り、文明レベルとしては中世程度でしかなく、逆にこのような車両の存在が浮いている程である。
――基本的にこの世界においてベースとなっている文明レベルは、現実世界における中世から近世程度が基本となっている。彼らの活動の拠点となっている国、ベヨシュタットの文明レベルも、まさにそれに沿ったものとなっている。まかり間違っても現実世界における近代以降に発明された車など、存在する筈もない。
しかしこれも他国に渡ればまた話が変わってくる。剣と魔法ではなく銃とロボットが発展した国も、確かにこの世界には存在するのである。
彼らのギルドの場合、技術者職についた優秀なプレイヤーがついていることから、車両を用意できている。このように、ギルドを含めて高レベル帯の繋がりがあればあるほど、色々と戦いの自由度も上がっていくのがこのゲームの特徴でもあった。端的にいえば上のレベルになればなるほど、何でもありの世界になってくるという訳である。
「分かった。俺とラストはグランドウォーカーに乗るから、車の後を追って行けばいいってことだな」
「そうですね。そちらのバイクには圧縮魔法は施してありますか?」
「ああ。ステータスボードから呼び出せばすぐにでてくる」
このゲームは利便性とリアリティのバランスを取るためか、物品もステータスボードから呼び出せるものと呼び出せないものとで種類が分かれている。普通のRPGなどでよくある回復薬のような消耗品や身に着ける装備類は、ステータスボードにしまい込むことで手ぶらでいられることがほとんど。しかしこうして大型のものや一部クエストアイテムなど、どこでも取り出せてしまっては便利すぎる物などの場合は、ステータスボードにしまうことはできない。
中には冒険気分を味わうべくあえて鞄などで手持ちを持ち運ぶ者もいるが、割合でいえば少なく、ほとんどは世界観を損なわないようNPCがやっていることの方が多い。
そんな中で例外として、圧縮手段を持っていればステータスボ―ドにて持ち運べるパターンがあったりもする。しかしそれも限界があって通常は軽車両程度であり、間違っても重戦車をポンと出せるような例は存在しない。
「便利ですよね圧縮魔法。あいにく、SUVには使えませんが」
「使えてしまったら何もない場所に戦車部隊がずらりと並んでも文句言えなくなるぞ」
「おお、怖い怖い。とはいえ、今から向かう国はそんなことをせずとも強いと言い張るような国でしょうが」
そうした他愛のない話をしながら、ジョージは大型バイクにまたがり、サイドカーに相棒であるラストを乗せる。シロもまた運転をするべくSUVへと近づき、運転席を開けて中へと乗り込む。
「皆さんも乗ってください。ボクが運転しますので」
「いいんですか!? 車だったら俺が運転しますけど――」
「そうですか? でしたらユーゴーに運転を任せましょう。ボクが助手席に乗りますから」
三人の剣士と一人の忍者が大型車に乗り込むという、現実世界ではありえない異様な光景。しかしそれがあり得るのがこのVRMMOゲーム、「リベリオンワールド」なのである。
「後ろのお二人も、シートベルトを閉めてください。ここから先の道中は何が出てこようが、ボクが対応しますから」
そういって刑事職であるにも関わらずシートベルトなしで車の出発を促す先輩を前にして、ユーゴーは唖然とした様子でシロの方をじっと見ている。
「あの……先輩、シートベルトを――」
「え? ああ、後でちゃんとつけますから先を急いでください」
「あの、シートベルト着用無しの運転だと俺に罰則が――」
「この世界のどこに日本の警察がいるんですか。早く行きますよ」
「は、はい! 分かりました!」
前でわちゃわちゃと話している様子を横目に、シロガネは腕を組んで深く座席に座り直しつつ、今回同じく雇われたヴェイルへと話しかける。
「まったく、この世界に日本の法律はないでござるよ。あくまでゲームでござるのに、何を揉めているんでござろうなぁ」
「その割に私達はしっかりとシートベルトをつけさせているみたいですが、もしかして結構危ない場所を渡るのでは?」
「なーに、そうなったら我々も加勢すれば問題ないでござる」
「確かにそうですね」
「……一体何を騒いでいるんだ?」
そうした車内でのやり取りは外に漏れないせいで事情を掴めず、中々出発せずにいる車がいつになったら動き出すのか、ジョージは呆れた様子でじっと見ているのだった。