第一章 トッププレイヤーの集まり 2話目
「久しぶりだな。突然一ヶ月時間をくれとか無茶言って悪かった」
「いえいえ。こちらこそ色々と計画の修正や後輩育成に時間を割くことが出来ましたので、意外と助かったって感じですね」
白とは対照的な、黒に近い色をしたロングコート。目を凝らせば僅かに青色が混ざっているそのコートを目にするのは、ユーゴーにとって初めてではない。
「あっ、貴方は!?」
「言っただろ? 後でまた会うって」
「嘘だろ!? まさかあいつまでいるのかよ!?」
「この世界で初めてレベル150に至った最強の武士、元“刀王”ジョージじゃねぇか!?」
その騒ぎようは、シロを目にした時の倍以上のものだった。ある者はカンストレベルが実在したことを目の当たりにできた幸運に興奮し、ある者はカンストに至るまで死ななかった真の実力者を前に畏怖している。
その場にいる皆から元“刀王”、あるいはジョージと呼ばれたその男は、この騒ぎを前にため息をつきながら、仲間であるシロがいる方へと歩みを進めていく。
「フフ……どうやら、もう噂はかなり広がっているようですね」
「こっちは穏便に伏せておきたかったってのに、あんたが広げたんだろうが。お陰でこっちは余計な喧嘩に巻き込まれたりもしたんだぞ? 経験値ももう貰えないってのに」
「しかしある程度国の運営などが落ち着いてから話を広めたのですから、そう言った意味では国に迷惑をかけることは無かったでしょう? それに“例の連中”もまた国を取るとなれば、根城にしている貴方の実力を最初から明かしていた方が、そう簡単に攻めてこないと思われますが」
「そりゃそうだが……」
ジョージが修行するにあたって根城としていた国の名は、ソーサクラフ。魔法を中心に発展してきた国であり、ここ暗黒大陸レヴォに領土を持つ六つの巨大な国の内の一つでもあった。そしてこのソーサクラフという大国に実は既に一人のプレイヤーが王として君臨していることは、シロを除いてまだ知られていない。
「とっ、刀王って……まさか、シロ先輩が時々話題に挙げていた人って――」
「ええ、この人です。それにしてもジョージさん、いつの間にキーボードを使わずに会話ができるようになったんです?」
以前のジョージであればこうした時であれば、仮想キーボードを出して言葉を打ち込むことで会話をしていた。それだけにこうして口頭での会話をした覚えがなかったシロは、即座にその疑問の解消の為の質問を投げかける。
「いちいちそこにツッコミ入れる必要もないだろ……もう要らなくなったから、使わなくなっただけだ」
「そうですか。コミュ障だった貴方もまた、この一ヶ月で成長を――」
「あまり主様を虚仮にするのは止めて貰おうか」
そうして二人の間に割って入るのは、片手に猛毒の棘を握った魔性の女。彼女もまた、プレイヤー界隈ではそれなりに有名な魔物として捉えられている。
「相方である彼女の方は、相変わらずといった様子ですかね」
「良くも悪くも、な」
「なっ!? 確かに私に成長は無かったかもしれませんが、雌犬までもがいる状況であろうと、こうして主様の隣という唯一無二の居場所は死守できています!」
そうしてジョージの腕を取って、自身の胸に押し付けるようにしてラストは引っ付く。その様子ははた目に見て羨ましく見えるが、当の本人にとってはこのくらいはいつものこととばかりにノーリアクションで会話を続けている。
「それは実力とは関係ないだろ……まっ、成長とか抜きにしてラストは俺にとっては不可欠な存在だから、特に成長がなくとも問題ないけどな」
「なんてお優しい言葉……このラスト、一生をかけて主様のお傍にいます!」
「それは現状と何も変わってないが……」
先ほどから相手次第でコロコロと態度を変える彼女であるが、それをやったところでシロにもジョージにも特に咎められずにいられるほどの実力を、彼女は確かに持っていた。
――“七つの大罪”において色欲を司る幻魔、ラスト。それが彼女の名であり、前作である「キングダム・ルール」においてはエンドコンテンツともされる最強の戦術魔物の内の一人を指す名でもあった。
「あの女の人が、ジョージさんが率いている最強の戦術魔物……!」
戦術魔物――このゲームにおけるPVPをするにあたって、共に戦うモンスター全般のことを指す。文字通り、モンスターの種類とレベル次第では戦術を動かすほどの力を持っており、それが世界有数のユニークモンスターレベルともなれば、たった一体で戦場を掌握することも不可能ではなくなってくる。
そうした最強格三人が揃った酒場にはもはや緊張感を通り過ぎてひたすらに興奮が渦巻くばかりで、中にはこの場で何とかして仲間に入れてくれないかと懇願する者も出てきている。
「……何か色々とうるさいな。場所を変えるか?」
「一応ここが集合場所となっていますので、動けないですよ。それに、どこにいこうがボクと貴方がいる時点でこうなるでしょうし」
「それもそうか」
そうして酒場の喧騒を適当にいなしていると、更に二人のプレイヤーがこの場でシロたちとの合流を目的として酒場の中へと足を踏み入れる。
「ここの酒場の筈ですが……ああ、そこでしたか」
「まったく……雇われの仕事とはいえ、まさか国を横断するような長旅をさせられるとはな」
そうして酒場に姿を現したのは眼鏡をかけた長身の男と、近くにいるせいでより身長差が際立つ小柄の女性の二人組だった――