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第一章 トッププレイヤーの集まり 1話目

「――それにしてもこの街も随分と発展したな」

「あの、本当にありがとうございました! なんとお礼をすればいいのやら――」

「貴様、さっきからそれしか言ってないではないか。礼をするとして、チェーザムに来たのだから当てはあるのだろうな」


 相変わらず魔族の女の方は手厳しい様子だが、フードの男は特にお礼など必要ないとして、エンジンを再びふかし始める。


「いいさ。どうせまた後で会うことになる」

「えっ? 後で、って――」

「いくぞ、ラスト」

「承知しました……覚えておきなさい。必ず主様にお礼をすることを」


 通行区分違反――街中の人が行きかう道を、フードの男はバイクにまたがったまま走り去っていく。


「……ここまでで、いくつの法律違反があったやら……まあ、ゲーム内だから罰則も無いのでしょうが」


 ユーゴーもとい古河ふるかわ勇剛ゆうごうの現実世界における職業は、警察官だった。本来であればヘルメットもなく街中を走るバイクなど真っ先に取り締まり対象となるのだが、彼が今いるこの世界がゲームの中である以上、こうした法律が適用されることはない。


「それにしても、凄い世界ゲームだ。こうして見まわしただけでは、NPCとプレイヤーの見分けなんてつかない」


 十年前にとあるVRMMOゲームを発売し、世界的な事件を巻き起こしたことで一躍有名となった会社組織、「エンクレイヴ」。当時発売されたVRMMOゲーム「キングダム・ルール」は、現在古河がプレイしている「リベリオンワールド」の前作に当たる作品であり、世界観もまたそのまま本作へと引き継がれている。

 暗黒大陸「レヴォ」を分かつ六つの国のいずれかに所属し、大陸を一つの国に統一することでゲームクリアとなるこのゲームに、彼は既に三週間以上もの間“没頭”――ではなく、“拘束”されていた。


「感覚的にはこの世界に馴染みつつある……いや、馴染んではいけない筈なんだが」


 一度ヘッドギアをつけてゲームが始まれば、クリアできるまでギアを脱ぐことはできない。脱ぐということはすなわち脱落、現実世界での死を意味していた。

 そしてゲームが始まってから、期間が長い者であれば既に半年を超える期間をゲーム内に閉じ込められるという形で過ごしている。普通に考えれば餓死している筈なのだが、このゲームを作った会社は病院を買収し、こうしてゲーム内に閉じ込められた者の延命措置までも行っている。

 それらはひとえに、プレイヤーに“ゲームクリア”をしてもらうため。例え寿命が尽きる寸前であろうが、会社側はバックアップを欠かすつもりはないらしい。しかしこうまでしてプレイヤーを閉じ込めている意図はいまだ知れず。ただ会社側から伝えられたのは、クリア者への褒賞リワードだけ。


 ――このゲームをつくるにあたって関連した企業を含めた、会社全ての株の譲渡。つまりこの世界で大陸を統一出来た者には、現実世界での実権も握ることができるというのである。

 当然ながら現実世界の株相場は大荒れ。それに加えてこの一獲千金のチャンスを得るべく、多くの者が参加することになる。しかしそれぞれが六つの国に分かれて、それぞれの思惑の中でゲームを進めている以上、ゲームはそう簡単に終わらない。

 そんな大きな動きがある中で古河もまた、ユーゴーというプレイヤーの一人として、この思惑にある“意図”をもって立ち向かっていた。


「それにしても、大きな街だ」


 昼夜の温度差に対応するべく、アドベという建材で建てられた建物が立ち並ぶチェーザムの街は、現実世界でいうところのエジプトに似た街並みを形成していた。現地の人々の服装も寒暖に対応できるように布製の服を着ている者がほとんどで、逆に鎧一式でこの場に姿を現したユーゴーの方が奇異の目を向けられている。


(あまり目立つのもよくない……急いでこの場を離れよう)


 バイクから降り立った時もそうだったが、この街にあまり溶け込めないまま悪目立ちするのも良くないと、ユーゴーは急いでその場を離れ、目的の場所へと向かっていった。



          ◆ ◆ ◆



「――確かここであっているはず」


 ユーゴーが足を止めたのは、冒険者組合が運営する酒場だった。冒険者組合とは、国を跨いでつながりを持っている大きな集まりで、独自のネットワークを持っていることから六つの国から過干渉されることなく、中立を保つことができている。

 メタ的にいうと誰でも訪れることができるセーブポイントのようなもので、宿屋はそのまま宿泊場所として、酒場であればユーゴーのように他のプレイヤーとの集合場所としてランドマークになったり、その地にあったクエストや国からの依頼を回してくれたりといったような、ゲームの初心者から上位数パーセントの名の売れたプレイヤーまで、平等に利用する機会のある場所であった。

 そんな冒険者組合の酒場であったが、中の様子はその街の治安をそのまま写し取る鏡のように千差万別で、新参プレイヤーが和気あいあいとしているところもあれば、飲んだくれの荒くれ者がたむろしているところもある。

 そしてユーゴーが今回訪ねた酒場の様子はというと、酒場にしては静かな、ある種のピリついた空気が張り詰めた緊張感のあるものとなっていた。


「…………」


 それまで外にいた連中とは違う、明らかに全員がプレイヤーか、あるいは戦闘を担うNPCか。外では奇異の目にさらされていた鎧姿も、この場であれば実に馴染む姿となっている。


「――おや? 来るのはもう一日ほど経ってからからだと思っていましたが、予想に反して早かったですね」

「あっ! シロ先輩! お久しぶりです!」


 それまでカウンター席に立ってクエスト担当の受付嬢との世間話をしていた一人の男が、振り返ってユーゴーの姿を目で捉える。

 全身を純白のロングコートに包んだ一人の男。まるで人畜無害であるかのようににこやかにユーゴーを見ているが、背中に背負っていた大盾と腰に下げた長剣ロングソードから、彼が剣士フェンサーの類であることは一目見て理解ができる。

 そんな一見優男にしか見えない彼であるが、彼と相対して剣を交えた者は皆、彼のことをこう述べている。


 ――「奴こそが、“無冠の王”だ」と。


「あまりここでボクの名前を大きな声で呼ばないで欲しいものですが……」


 そうして笑顔から少し困ったような顔へと変わっていくシロに合わせて、それまで静かだった酒場が、ひそひそと小声での会話が至るところから聞こえてくるように。


「やっぱり、あいつが例の……」

「ああ。一騎打ちで“蹴王”を下し、このチェーザムをベヨシュタットの領地に治めた男だ」

「一回挑んでみるか……?」

「馬鹿やめとけ! たかがレベル98のお前じゃ勝負にならねぇよ! 噂じゃ既にレベル150に到達しているって話だぞ!?」

「まじかよ!? カンストレベルじゃねぇか!?」


 そうした声の中、ユーゴーはシロの方へと真っ直ぐに歩いていく。当然ながらそんな戦いの最前線にいるプレイヤーと知り合いであるユーゴーにも、周りからの注目は集まっていく。


「すいません。まさかそんなに有名だったとは――」

「まあ、仕方ないと言えば仕方ありませんが……それにしても、貴方が一番乗りだったのは意外でした。そのような鎧で砂漠に向かって行ったようでしたので、最悪抹消(デリート)を想定していましたから」


 このゲームにおける死亡デスペナルティは、かなり重たいものである。体力(LP)がゼロとなった時点で抹消、そしてこのゲームには復活の手段がない。

 そして抹消を受けたプレイヤーへのペナルティというのは、全ての状態がリセットされるという事。一言でいうとレベル1の状態で始まりの草原にて復活となる。それまで持っていた所持品や装備も全て現地にてドロップ品扱い、そして従えているNPCの従者なり魔物なりがいたとするならそれらの関係も全てリセット、同じように現地に放置されてしまう。

 そして何よりも恐ろしいのは、それまで積み上げてきた経験、知識、記憶――全てがリセットされるということ。つまり先ほど述べたレベル1で始まりの草原に投げ出されるというのは、本当に何もかも失って最初からという意味を成していた。


「そっ、その件についてはすいませんでした! まさか、本当に現実リアルに熱中症になってしまうとは――」

「言ったはずです。これはゲームでありながら、もう一つの現実だと」


 “この世界ゲームがクリアされた際には新たな国家が誕生し、現実世界にもそれが認められることになるだろう”――これはこのゲームの正式サービスが開始された際に会社エンクレイヴが発した言葉である。その言葉の通りというべきか、この世界ゲームでの体験は全てが現実染みたもので、痛み、熱、息遣い、触感――全てが脳を通して互換に訴えかけてきている。それはユーゴーが過ごした三週間で、散々感じてきていたはずのものでもあった。


「……うん? ちょっと失礼」


 自分にだけ聞こえるように設定していた通知音を耳にしたシロは、その場を離れて受付嬢を含めて誰にも覗かれぬよう、シロは壁際に立ってステータスボードを開く。

 ピロン、と通知音が鳴った原因は誰かが彼にメッセージを送っていた為であり、差出人を確認し、その内容を一通り流し見した後は素早くステータスボードを閉じる。そうして誰にも見られないように内容の確認を終えたシロは、再びユーゴーのもとへと向かう。


「なるほど、貴方がこれほど早くこれたのは理由があったのですね」

「実はそうなんです! 旅の途中で倒れそうだった俺を助けてくれた人がいて、できればその人にお礼をしようと思っているのですが――」

「でしたら、本人に直接言ってはいかがでしょうか」


 そうしてシロが指差す先――そこにはつい先ほどまで同行していた、二人の姿がそこにあった。

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