第三章 暴風 1話目 Next Fighter
「――ハッ!? こ、ここは……」
目を覚ましたユーゴーが最初に目にしたのは、見慣れない天井だった。照明代わりとなる魔法球による光によって照らされた屋内を見渡せば、今回の戦いに選抜されたメンバーと目が合う。
「よかった。どうやら目を覚ましたみたいですね」
起きて早々、労いの言葉とともにユーゴーの目の前に水の入ったコップが差し出される。差し出した手の主はヴェイルであり、次の試合に出場する身でありながらも、ユーゴーの安否の方を心配している様子だった。
「あ、ありがとうございます……」
「いやはや、コロシアムイベント効果とリジェネのお陰で抹消には至らないとはいったものの、あれだけの負傷を受けた状態だと心配せざるを得ませんからね」
事実として、このゲームにおけるLPがゼロの状態は、そのままにしておけば抹消にまで繋げられる。しかし防護膜の内側にかけられた強力な自動回復効果が、抹消に至るまでのLP減少からすぐに復帰をかけてくれている。そしてこの対戦自体がイベントマッチ扱いで、ゲーム的にも抹消扱いとはならない。
故にユーゴーが起きた時には既に、削られていた体力は元に戻っていた。
「……あっ、シロ先輩……」
ヴェイルは皆が心配していたと言っていたが、シロとジョージはというと既に一敗をしたことによる残りの試合展開について話し合っているようで、ユーゴーが目を覚ましたにも関わらず、一切気に掛ける様子を見せていない。
「…………」
「お気になさらずとも、あのお二人は貴方の事を気にかけていましたよ」
「っ! 本当ですか!?」
「ええ。負けたとはいえ成長が見られる戦いだった、と」
そうしてヴェイルが話をしていたところで、ようやくユーゴーの事に気が付いたのか、シロはジョージとの会話を止めて、ユーゴーの方へと歩み寄る。
「先輩! 俺、俺……」
「まずは試合お疲れさまでした。どうでした? それまでの身体能力だけにかまけただけの現実世界に即した戦い方が、全く通用しない敵を相手取った感想は」
以前の自分であれば、その言葉の意味を理解できずにいただろう。たまたま相手の方が動けていた。自分の運動神経が無かったからだ、などと頓珍漢なことを返していたかもしれない。
しかし今となってはそうはならない。ゲームとしての戦い方を理解した今、シロの言っている意味をユーゴーは正しく理解できている。
「……正直、今でもなんでこうしていられるのか不思議です。本来であれば、最初の一撃で死んでいてもおかしくはなかった。でも、これは現実ではない、ゲームです。戦い方を考え直すべきだったんです」
「そうです。恐らくは貴方が思っている以上に、このゲームにおけるスキル発動は体の動きに馴染むように設定されています。ですから、この世界で得た力もまた、貴方の身体能力の一部のようなものなのです」
最初の内は、意識しての発動になってくるかもしれない。しかしその内に手足を動かすかのごとく、呼吸をするかのごとくスキルを発動できるようになっている――このゲームを作り出した会社は、このように人間工学に基づいて自然に動かせるようにスキルの挙動を設定していたことを、ユーゴーは自身の身をもって知ることになる。
「はい! これからはもっとスキルを使って戦っていきたいと思います!」
「ということで、負けは負けですから、まだまだ貴方はギルド見習いということになりますね」
「えっ、あっ……はい」
(オマケして認めてくれる流れじゃなかったのか……)
二人の話を聞き届けたところで、ヴェイルはその場を離れて自身の試合の準備を始める。
「では、次は私が行ってきます」
そうしてヴェイルは一礼すると、控室の扉を開けてその場を去っていく。
「気を付けられよ。この調子だとあの女、ただの大口叩きではないと思われる」
「ええ。十分に警戒したいと思います」
ドア近くに寄りかかっていたシロガネから直前のアドバイスを受け取りつつ、ヴェイルが控室から姿を消す。そうして暫くした後に歓声が上がる声がドアから漏れ聞こえると共に、モニターの方にも闘技場に姿を現す二人の姿が映し出される。
「まだまだここから! 第二回戦! 一回戦での敗北を受け、“殲滅し引き裂く剱”は早速助っ人を投入かぁーッ!? ギルド、“鋼鉄の騎士団”より現団長、ヴェイル選手の登場だぁああッ!!」
「鋼鉄の騎士団……あいつがグスタフの旦那が団長を務めていたギルドの隠し玉か」
解説役、あるいはリアクション枠になりつつあるクロウの補足説明のような呟きが漏らされたところで、対する相手選手の紹介がMCによって声高に始まろうとしている。
「続いて拳王側は期待のルーキー投入か!? “荒れ狂う暴風”、シャルトリューの登場だぁああッ!!」
「――ッ!?」
「……荒れ狂う“暴風”、か」
“暴風”――そのキーワードを耳にしたヴェイルの眉が、僅かにピクッと動いてしまう。そしてモニター越しに見聞きしていたジョージもまた、そのキーワードを前に顔をしかめた。
「ッシャーッ!! このシャルトリューちゃんがスカした野郎をギッタンギッタンのボッコボコにするところを見てて頂戴なー!」
身の丈に余る大斧を片手で振り回し、自身の筋力の高さを、シャルトリューはこれ見よがしに観客やヴェイルに向かって見せつけている。
そしてそれをモニター越しに見ていた二人は、下らないパフォーマンスだと特に触れることなく、一つのキーワードに対しての感想を漏らしている。
「……俺達が知っている“暴風”と、果たしてどっちが上なのか。これは気になるところだよな、シロさん?」
「ええ、そうですね」
「お二人とも、一体何を……?」
二人の脳裏には、この時奇しくも一人の人物像が浮かび上がっていた。それは“吹き荒ぶ暴風”と呼ばれた、とある老戦士の姿だった――