第二章 ファイブ・フィスト・ファイト 5話目
「はぁーっ、はぁーっ……」
「ほぅ……身体はズタボロだが、まだ心は折れていないといった様子か?」
防護膜の内側では、ラウンドを跨ぐごとに自動回復の魔法が選手にかけられる。しかし一撃でやられたという精神的ショックまでは癒して貰えない。
(どうする……? どうするッ!? 身体の傷は元に戻ってきている……しかしこのまま次のラウンドを戦ったところで、同じ目に合うのは火を見るより明らか……!)
今までであれば10や20のレベル差など、知恵と力を絞って巻き返してきた。
しかし今回は違う。10や20ではない、100を超える実力差を前にして、ユーゴーには一切の手立てが浮かび上がってこない。
「このままじゃ、勝つことができない……!」
(――このままでは、あの人に認めて貰えない……!)
無情にも何の対策も思いつかないまま、次のラウンドの開始の合図が送られる。
「ラウンドツー!! ――ファイッ!!」
双方にとって、事実上の最終ラウンド。拳王は先程と同様、悠々と近づき、そして一瞬で決着をつければいい。対するユーゴーは目にも止まらぬ攻撃に対して、一矢報いなければ何も残らない。
現実に即して考えれば、この状況での不可視の速度のデコピンなどあり得ない。
しかしここは現実ではなくゲームの世界。不可視の速度でのデコピンはあり得て、またそれに対処する方法も無い訳でない。
「……っ、ここは、ゲームの世界……ならば、まだやり様はある!」
ユーゴーはここで初めて、現実的な解決法ではなく、ゲームとしての攻略法を考え始めた。
(だとしても、一体何が使える……? スプリントを使ってかき乱すか? いや、あれは確か足が速くなるだけで、さっきのような視えない攻撃に対応はできないだろう。そして攻撃の手段が分からない今、近づくなんてもっての他だ)
「だったら――」
――遠距離攻撃、これだッ!!
「グランドバスターッ!!」
「ッ!? あいつ、攻撃スキルを!!」
「ユーゴー! ようやく少しは頭を使うように!」
控室で驚く声があがる中、闘技場の地面を這うような斬撃波が拳王へと向かって行く。
しかし――
「フンッ!」
飛ばしたのは全てを二つに割る斬撃。しかし拳王はそれを意にも介することなく、埃を払うがごとく片手で打ち消して見せる。
「くっ……!」
「少しは考えたようだが、浅知恵だ。俺に斬撃は効かない」
金剛拳――自身の手を文字通り硬い金剛石にまで強化するスキルによって、拳王の両腕は既に剣と同等以上の武器と化している。
「さぁて、足掻きはこれだけか?」
「っ、まだまだ!!」
スプリントによって足の速さを強化、拳王の周りを何度もグルグルと回ることで、ユーゴーは攪乱にかかる。
だが――
「――児戯に等しいぞ、愚か者がァッ!!」
「なっ――ぐはァッ!!」
拳王はきっちりとそのスピードについていきながら並列に走り、そして今度は平手打ちによってユーゴーの体を鎧ごと弾き飛ばす。
そうしてコロシアム全体が揺れたことで、またしてもユーゴーの体が壁にたたきつけられたことを観客は理解する。
「くっ、終わったな……」
少しは希望が見えたかのように思えたが、クロウの目に映っていたのは再び壁に磔にされたユーゴーの姿。そして無情にも上空の大画面に映される体力ゲージが、大幅に減っていく――
「……まだ、まだ……!」
――しかしのこり数ドットレベルのところでゲージ減少は止まり、それと同時にユーゴーは自ら壁から離れ、再び剣を構え始める。
「お、おい! 無理するなユーゴー!」
「いやー、こりゃギブアップした方が後々のダメージも少ないと思うけどなー」
流石に拳王を応援していた側も、二度も打ちのめされて尚立ち上がる姿を目にすることで、同情の声が上がり始める。
「おいおい、流石にこれギブだろ……」
「マジで死ぬって……いくら防護膜による自動回復があるとはいえ……」
そうしたざわめく声を耳にしながらも、ユーゴーは決して剣を握る手を緩めない。それどころかそれら聞こえてくる声がうるさいと言わんばかりに、大きく息を吸い始める。
「――っ、キエエエエエエエエアアァァーッ!!」
「っ!?」
「いっ!?」
その叫ぶ声、まさに猿叫。警察剣道で培った気合を込めた叫びが、コロシアム全体を一気に静まり返らせる。
「……良い叫びじゃねぇか。そこらの奴より気合が入ってらぁ」
「はぁっ、はぁっ……いきます……ッ!」
上段の構え。最初と同じ、剣を大きく上に振りかぶり、相手を真っ二つにすることだけを意識した構え。
「……こいッ!」
「キエエエエエエエエェーッ!!」
スプリント――ではなく、スライドダッシュ。居合のように、構えを取ったままの高速移動、それは即座に攻撃に転ずることができる移動法。
「フッ、温いわ!!」
しかしそれだけでは芸がないと、拳王は再び不可視の速度での攻撃を行う。
それは先程とは違ってデコピンではなく、グッと握られた拳。真っ直ぐに向かうユーゴーに対して、また同じように真っ直ぐと拳が飛んでいく――
「ッ! いまだ! 自動防御!」
「なにっ!?」
それまでユーゴーは、愚直なまでに己の剣の技術だけで戦ってきた。それ以外は卑怯なのではと思い、生真面目なまでに戦ってきた。
しかし一度割り切ってしまえば、スキルを組み合わせて使いこなすなど、彼にとっては造作もない。不可視であろうともその攻撃が来る瞬間さえ見切ることができれば、限りあるTPから消費して防御をすることもできる。
「防いだッ!!」
「ぬぅっ……!」
ここに来てようやく、大幅にTPが消費される。そして拳王の一撃を剣で見事に受けきって――
「だから温いといってるだろうがッ!!」
「なっ――」
防いだ右の拳の反対――左の拳がユーゴーのわき腹を捉える。そしてそのままフックの軌道で打ち抜くようにボディブローが降りぬかれると、ユーゴーの身体は三度壁へと叩きつけられ、今度こそ動かなくなった。
「――K.O.ォオオオオッ!! 勝者、拳王ォオオオオオッ!!」
初戦、ユーゴーVS拳王。その結果は――
「2-0で負けたか……まあ、予想通りといえば予想通りだが」
「ええ……少しは称えなければなりませんね」
――格上だろうと勝機を見逃さなかった、彼の勝ちへの足掻きを。