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序章 侍の帰還

 

 ――灼熱の砂漠を、一人の男が歩いていた。直射日光による熱を避ける為に、途中で拾ったぼろ切れをローブのように全身を包むようにして身に纏い、出来る限り節約をしなければと思いつつも身に着けていた水筒に時々口をつけ、一歩、また一歩と足を止めることなく歩き続けている。


「はぁ……はぁ……っく、ザッハムまでですらきつい砂漠地帯だったというのに、更にそこから西のチェーザムに行けって……しかもそこに集合って……相変わらず鬼だ、あの人は……」


 ゲーム内だというのに、熱射によるデバフで脳が茹で上がるような感覚に陥る。それもそのはずで、彼はローブの下に鎧を着こんでおり、常識的に考えればその鎧こそが熱がこもる原因なのである。

 しかし彼はたかをくくっていた。あれから三週間みっちりとこの世界で経験を積んでおきながらなおも、「あくまでこれはゲーム、どんな装備だろうと気候までには影響しない」と、砂漠の横断を軽く見ていた。


「くそっ……先輩の忠告をちゃんと聞いておくべきだった……!」


 忠告は事前に受けていた。「砂漠を横断するからには、最低限でも昼の暑さをしのげるような服装にしておけ」、と。夜の寒さは鎧など、とにかく服を着こめばごまかせる。しかし昼の暑さだけは、服をただ脱ぐだけでは自殺行為となる。


「お金をケチった結果の抹消ロストなんて、まっぴらごめんだ……!」

 唯一事前に準備していた地図を片手に、男は砂漠のど真ん中をさまよっていた。

 水をまた一口含んで、何とかデバフをごまかす。しかしそれだけではもう抑えきれない程の暑さとなりつつある。


「俺は……このまま……死ぬのか……?」


 あまりの辛さに、つい弱音を吐いてしまう。しかし吐いてしまったところで気分が落ち込むだけで、何か状況が好転するわけでもない。

 ついに視界までかすんできた。そして数値確認はしていないが、体力(LP)ももう限界に近付いている。


「せん……ぱ、い――」


 ガシャリ、と男は歩みを止め、ついにその場に倒れてしまう。


(ああ、このまま死ぬのか、俺は……)


 砂漠で孤独死など、普通の人間にとってはそうある話ではない。しかしこれが「リベリオンワールド」という現実世界に近しいVRMMOと銘打たれたゲームであれば、それが体験できてしまう。


(俺は……このまま……)


 死ぬ前のカウントダウンか、あるいはシステム的に足掻けと訴えかけているのか。男の意思に関わらずステータスボードは開かれ、残り僅かな体力ゲージが縮められていく様子が見せつけられる。

 挙句に心臓の鼓動でもハッキリとしてきたのか、地面を揺らすような振動が大きくなっていくのを感じることができる。


「ちく……しょう――」

「――一体どうしたというのですか主様。こんなどこの馬の骨とも分からぬ虫けらなど、見捨ててしまえばよろしいではありませんか」

「そうは言っても、このまま見殺しにするのも気分が悪いだろ」


 ――振動は、男のすぐ近くで止まった。そしてそれまで日に当てられていた男の体に、僅かであるが影が差す。


「……ぁ…………うわっ!?」

「起きたか? 一応ギリギリ生きてるみたいだな」


 それまでになかった、大量の水が頭上からかけられる。全身を濡らされ、それまでになかった清涼感が男を支配する。


「はぁっ! はぁっ! ……っ、た、助かりましたっ!」

「主様の山よりも高く海よりも深い慈愛の心に感謝することね」

「水ぶっかけただけでそこまで言うこともないだろ……」

「いっ、いえ! 事実このまま死んでしまうかと思っていたところでした!」


 顔についた水をふき取りながら、男は一体誰が自分を助けてくれたのか、その顔を一目拝もうと顔を上げる。


「……あの、貴方は一体――」

「ああ。ただの通りすがりだ。気にするな」


 最初に目にすることができたのは、深い青を意味する勝色かついろで染め上げられたロングコートだった。そこから更に顔を上げたところでフードを深く被っていることと逆光とで、その者の顔を確認することができない。

 腰元に挿げている刀を見る限り剣士の類であることは確認できるが、男の所属しているギルドではそのような者を見た覚えはなく、男はこの場で初めて刀がこの世界ゲームにあることをここで知ることになる。


「わざわざ羽虫に名乗る名はない」

「そこまで言う必要はないだろ……」

「ですが主様! 折角二人きりの……いえ、一人邪魔者がいますが、旅路でしたのに」


 そしてかたや近くに立っていたのは、恐らくはフードを被っている者が従えているのであろう、砂漠には似つかわしくない魔性の美女が立っていた。

 緑の黒髪が、砂漠の風になびいている。そんな砂の混じった風を塞ぐように、巨大な一対の蝙蝠に似た翼が大きく広げられ、女性の顔を風から遮っている。表情はこちらを警戒しているのか、厳しい視線を向けている。しかし時折主に対してのみ向けられる柔らかな笑みが、彼女がそこらの一般的な美女とは格が違うと一目で分からせている。

 そんな二人は男とは違って乗り物で移動してきたようで、サイドカーのついた大型のバイクのような、オフロード仕様の車両がすぐ近くに停車している。


「何はともあれ生きているのならよかった。流石に無意味に目の前で死なれても寝覚めが悪いからな」

「あのっ、本当にありがとうございました! なんとお礼を申し上げればよいのか」

「そう思うのなら、相応の金銭を支払うくらいはしたらどうかしら? 命を助けられておいて、お礼一つで主様が満足するとでも?」

「いや、別に俺はそういうつもりじゃないんだが……」


 しかしこのままでは申し訳ないと思った男は、自分の身元を明かした上で、何かお礼ができないかと聞いてみることにした。


「紹介が遅れました! 俺の名はユーゴーって言います!」

「ユーゴー……?」

「はい! 実はこの先のチェーザムって街に用があって、砂漠を歩いているところでした! もしチェーザムでまた会う機会があれば、その時にはお礼を――」

「なるほど。あの人が言っていたのはこいつのことだったか……」

「はい……?」


 ユーゴーという名前に聞き覚えがあったのか、男はフードの端を抑えて深く被りなおすと、乗り物に乗せて目的地まで一緒に送り届けるとまで言い出した。


「サイドカーに乗れ。どうせ一緒の行き先だ。そこまで乗せて行ってやる」

「なっ、主様!? そこは私の席ではないですか!」

「お前は俺にしがみついて二人乗りすればいいだろ。代わりにアイゼはお前が背負うんだな」

「くっ……これさえなければ、何も考えずに抱き着けるのに……!」

 そうして男は背中に背負っていた剣を魔族の女に渡すと、女は嬉しい反面、何故自分がこの剣を背負わなければならないのか、という不満が混じったような愚痴を吐く。しばらくしてしぶしぶといった様子で剣を背負うと、男の後ろに腰を下ろし、しっかりと密着するように抱きつき始める。


「えっ、ええと……」

「早く乗れ。それとももう半日くらい、砂漠をさまよってみるか?」

「いっ、いえ! ありがたく乗らせていただきます!」


 そうしてユーゴーは男達の荷物も乗ったサイドカーへと腰を下ろし、そのまま目的地へと一緒に向かうこととなった。


「おお……流石に上位のプレイヤーになると、こういった便利な乗り物にも乗れるようになるのですか?」

「ん? ……ああ、そうだな。俺のところのギルドメンバーの一人に、こういったのが得意なエンジニアがいてな。時々こうやって新たに習得したスキルを試すついでに改造してくれるんだ」

「いいですね……俺も仕事柄バイクの運転とかしていたので、こういうのを作って貰えるとか羨ましいです」


 そうした他愛のない会話を重ねながら、徒歩の時とは比べ物にならないスピードで、一行はチェーザムへと砂漠をひた走っていく。

 するとやはりバイクの騒音が気を引くのか、ユーゴー一人の時には見ることはなかった、大型のワームが地面から突然姿を現す。


「グゴワアァアアアアアッ!!」

「なっ!?」


 大口を開けたワームの大きさはこれまた現実離れした大きさで、バイク程度なら一口で軽く呑み込めるほど。しかしそれを前にしても、一人を除いて慌てる様子もなく落ち着いてそれを見据えている。


「チッ、デスワームか」

「くっ、ここは俺が!」

「手出しはいらない。俺一人で充分だ」


 それまでバイクのハンドルを握っていた男は手を離し、腰元の刀へとそのまま手を伸ばす。


「なっ……!」


 手放し運転――現実であれば罰則がつく違反運転だが、この世界ゲームに警察は存在しない。もっというなら、男が刀を構えた時点で銃刀法違反となるが、それも誰も咎めはしない。

 男はもはや運転など一切しておらず、ただ目の前の敵を一太刀で切り伏せることに集中している。


「抜刀法・一式・居合――」

 ――雷切らいきりッ!!


 ――キィン、という金属の乾いた音が鳴り響くと共に、空間に一筋の線が走る。


「終わりだ」


 そして男が納刀すると同時に、ワームは輪切りにされるようにして二つに分かれ、そのまま砂の上へと身を落としていく。

 男は素早く納刀を終えると、まるで最初から何もなかったかのようにハンドルに手をかけ、慣れた手つきのハンドルさばきで落ちてくる肉片の間を軽々とすり抜けていく。


「……すごい……」

「ああ。凄いだろこのバイク。悪路だろうが何だろうが、そこまでスピードを落とさずに走り続けられて――」

「いえ、そうではありません!」


 この世界ゲームに入ってきて三週間。先にゲームに入っていた先輩の下で、三週間みっちり経験を積んできた。しかしそれでもなお追いつけない強さというものを、目の前で見せつけられる。


「俺が凄いと思ったのは貴方です! ……本当に、凄いとしか言いようがありません! 貴方は一体――」

「気にするな。探せばそこら辺にいるような――」


 ――ただの侍だ。

 ここまで序章となる部分となります、読んでいただきありがとうございます(´・ω・`)。

 本作品はVRMMOシリーズの「引退していたVRMMOの続編が出るらしいので、俺は最強の“元”刀王として、データを引き継いで復帰することになりました」https://ncode.syosetu.com/n9997ft/の続編となる小説となりますが、本作品からでも興味を持って読んでいただけるように、説明や注釈などをつけつつ楽しんでいただけるように制作を心掛けております。

 もし本作品から読んで、興味が湧きましたら目を通していただければ過去作にも目を通していただければ幸いです。

 もし前作から読んでいただき、本作品もまた目を通していただいているのであれば、また楽しんでいただければ幸いです。

 書き溜め分がある限りは一日一更新をめどに、頑張っていきます(`・ω・´)。

 もし気に入っていただけましたら、ブックマークや評価などをいれていただければ幸いです。

 作者のやる気元気につながります(`・ω・´)ゞ。

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