小学生の僕
お父さんとお母さんは僕のことが大好きで、同じくらい仕事も大好きで、そんな二人のことが僕も大好きで。それが当たり前な世界しか知らなかったから、友達のこうたくんにはお父さんがいないとか、ありさ先生は結婚してるけどもうすぐ離婚するとか、なんで?と不思議に思っていたけれど、「みんながみんな僕と同じではない」ということに気づいたのは、周りからしたら、多分、遅かったんだと思う。
小さい頃から、遅くまで帰ってこない両親に代わって、僕の面倒を見てくれているのは、じいちゃんだ。じいちゃんは、身長が高くて、なんか全部が大きくて、いつもニコニコしていて、タバコとコーヒーと甘い物が大好き。そして怒る時は本当に怖い。まいちゃんのお父さんと同じ年みたいで、うちのじいちゃんも、お父さんやお母さんも、周りからしたら若いんだな、と、これも最近分かったことの一つ。
まいちゃんに、おうちの人に愛されてないんじゃないの、かわいそう、と言われたり、とみたくんに、さみしいね、と言われたりしたけど、なんでそんなふうに言われるんだろう。だって、夜になったら、たとえ僕が寝ていても、お父さんがじいちゃんちに僕を迎えに来てくれて自分ちに帰っていたし、朝ごはんはちゃんとみんなで食べて、お母さんと一緒にお父さんにいってらっしゃいして、そのあとお母さんと一緒にいってきます出来ていた。これで愛されてないなんて、おかしいよね。それに、お父さんとお母さんと一緒で、じいちゃんは僕のことが大好きで、とても大切に思ってくれていることを知っている。僕もそんなじいちゃんが大好きで、じいちゃんちで過ごす時間も大好きで、だから、かわいそうでもないし、寂しくもないんだ。
じいちゃんは料理をすることがとても上手だ。特にお菓子がすごい。びっくりするくらい美味しい。お母さんの話だと、僕が生まれる前はスーツをピシッと着て、喫茶店のマスターっていうのをやっていたことがあるんだって。僕が生まれてしばらくして、辞めちゃったらしいんだけど。どんなお店だったのか、メニューはどんなのだったのか、興奮しながらたくさん質問したら、じいちゃんが寂しそうに笑って僕の頭をわしゃわしゃするから、聞いちゃ駄目なやつだったんだ、と、さすがの僕にもすぐに分かった。
自分の家にいるより、じいちゃんちで過ごす時間の方が長いから、じいちゃんがキッチンに立つ姿をずっと見ていて、いつしか憧れるようになった。じいちゃんは僕に料理を教えてくれて、一緒に作ったり、料理対決をしたりした。どうやってもじいちゃんみたいに美味しくは出来上がらなくて、自分にはその才能はないんだと落ち込むたび、じいちゃんは笑いながら、僕の失敗作を残さずに食べてくれた。そしてその後に、自分で淹れたコーヒーを飲んで、不味いなぁ、と、もっと笑うんだ。不味いと言う割にとびっきりの笑顔だから、本当は美味しくて、僕に飲ませるのがもったいないからだましてるのかな、と思って、こっそり飲んでみたことがあったけど、コーヒーの良し悪しがわからない僕にでも、これは不味い、とはっきりわかる味だった。
これはまだじいちゃんには内緒なんだけど、僕はコーヒーを美味しく淹れられる人になりたいと思っている。もしも将来、美味しいコーヒーを淹れられる人になれたら、じいちゃんと一緒に、お店とか開けるんじゃないかなぁ。そう考えるだけで、ニヤニヤが止まらなくなる。まずは、コーヒーが美味しいと思える、大人な舌を手に入れなきゃね。
小学生の僕には、優しくて明るい未来しか見えない。