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嫌いな私、素敵なあなた

作者: リゼ

 聞こえもしない見ず知らずの人の声が頭にこだまする。過去に言われた、まだ自分からしかいわれてない言葉が私に傷をつけて駄目にする。知りたくなかった。聞きたくなかった。言わないでほしかった。声に出せない私の嘆きは誰の耳にも届かずに心の中に沈んでいく。

 私は、ただ好きでいたいだけだった。自分の好きを大切にできれば、それだけでよかったのに。

 それが許されなくなったのは、もうずいぶん昔のこと。今の私は、昔の私とはずいぶん様変わりしてしまったと思う。

 好きを誇れず、他者の意見に流され、翻弄され、自分の好きすら守ることが出来ない。そんな私が一番嫌いだった。いいえ、今もまだ嫌いである。




 時間割、もっと考えて組めばよかった。必修なわけじゃなかったのに。

 夏休み明け初日の授業。心なしか人が少ない気がする教室で眠気覚ましにスマホをいじっていたら、隣に人が座った。

 友達かな。横を向くと構内でも噂の美人がそこにいた。誰かと間違えてませんか?

 それこそ、私たちが入学した時から、彼女は有名だったから、遠目に見たことはあった。入学してもう2年。必修以外でも何度か授業がかぶっていたこともある。でも、会話したことはない。つるんでいるグループだって全然違うのに、なんで。


「おはよう」


 戸惑う私を尻目に彼女が声をかけてくる。うわあ、肌がきれい鼻筋きれい。


「おはよう。……あの、何?」


 動揺しながら答えれば、美人はにこりと笑って私の手元を指さした。指を目で追ってみればそこにあるのは私気に入りの筆記用具。


「あなたのペンもしかしてあのアニメのやつ?」


 彼女の口から幼いころやっていた女児向けアニメのタイトルが出てきた。ひゅっ。とのどが鳴る。やばい、友達にもばれたことなかったのに。


「なんで」


 混乱を思わず口に出せば


「私も好きなの」


 彼女は色違いのペンを取り出し私に微笑んだ。私が使うには可愛すぎる淡い色合いのそれが美しい彼女にはとても似合って見えた。





「番号教えて。このアプリやってる? お話したいの」


 距離を縮めるのがとても早い彼女に釣られて、その場で連絡先を交換した。ほぼ初対面に対して積極的すぎませんか。

 以降も、彼女のペースに釣られるまま、彼女とよく話をするようになった。


「私、小さい頃はあの子みたいなお姫様に憧れていたの」

「分かる! 私も、憧れてました」

 例の女児向けアニメの良いところを語り合ったり、おすすめの漫画や小説を紹介しあったりもした。


「紹介したかったものが被ったので、出直してもいいですか?」

「あなたも好きなの⁉︎ この作品が好きな人、なかなか会えないから嬉しい。お話ししましょう!」


 私と彼女は気が合うようで物語の趣味がかなり似通っていて、紹介するものがかぶってしまうこともあったけれど。

 似たものを好きな友人はたくさんいるけれど、ここまで趣味の合う友達は初めてだったから嬉しかった。共有できないと思っていた憧れを共有できる人がいるのが嬉しかった。


「ちょっと! お水飲んで。気持ち悪くない? 救護室の先生に電話するから、待っていて」

「大丈夫だよ。少しすれば治るから」

「その顔で言う言葉じゃないわよ」


 大学では少し外れた場所にある二人掛けのベンチでよく会話をした。彼女はカフェテリアに行こうと誘ってくれたのだけど、私が断って外で話そうと提案した。彼女と話しているところを他の友人に見られたくなかった。会話の内容をもし聞かれたらと思うとまた、耳の奥から誰かの声が聞こえる気がした。


「見て! このホテルのアフタヌーンティー素敵じゃない?」

「わ、素敵! 可愛い、お姫様みたい」

「でしょう? あなたも好きだと思っていたの。ねえ、良ければ一緒に行かない?」

「え、あー…ごめん。私は、似合わないから」

「そう……。分かったわ。気が変わったら、ぜひ教えてね」


 人の目が怖かった。誰から見ても美しい彼女と、誰から見てもありふれた容姿の自分が一緒にいるところを、周りがどう捉えるか想像するのが不安だった。

 美しい彼女は、お姫様のような食べ物もなんでも似合うだろう。紅茶を優雅に飲む彼女が簡単に想像できる。目を輝かせながらスタンドに並ぶお菓子を見てどれから食べるか悩む姿まで幻視した。





 彼女と出会ってしばらく経つころ、缶の飲み物で暖を取りながらいつものベンチで話をしていた。私はココアで彼女はコーヒー。

 話題は私と彼女が出会うきっかけになったアニメについて。もう新作はやらないけれど、大人になった視聴者のために。というコンセプトで未だにコラボグッズが発売される。この商売上手め。好きです。


「この間出たコラボワンピース見た?」

「もちろん。出来も素晴らしかったわね。買う?」


 そのアニメはいわゆる、王道シンデレラストーリーと呼ばれるもので、きらびやかで可愛らしい洋服が作中にもたくさん出てきていた。今回発表されたコラボワンピースも主人公が来ていたドレスを元にデザインされていて、幼い主人公のための少女向けだったデザインの面影を残した、比較的、大人でも着やすいものになっていた。

 私ごろの年齢の子でも子供っぽくなりすぎずに可愛らしく着こなせそうだ。とワンピースを着てほほ笑んでいるモデルさんを見て思った。

 ブス。

 耳の奥からまだ誰にも言われていない、自分を卑下する言葉が私に冷や水を浴びせる。浮ついた心を無理やり抑えて目を閉じた。


「私は駄目だよ。似合わないから」


 そう口にした瞬間、その言葉は力を増しどろりと心に黒い何かが襲ってくる。耳の奥、脳裏でこだまするのは幼い子どもの声。

 似合わない。おかしい。お前は間違っている。私の好きを否定する声の亡霊がいた。

 胸に手を当て深呼吸を繰り返す。ただ、呼吸をすることだけを意識する。聞こえる声をぐしゃぐしゃにつぶし心のゴミ箱へポイと捨てた。


「あら、それなら私だって買えないわよ」


 確かに彼女は可愛い系よりも綺麗系と言った言葉がふさわしいような容姿をしている。一度も染めたことのなさそうな濡れ羽色のストレートヘアは肩より上で切りそろえられていて、ショートよりはボブが近いのかな。スタイリッシュでかっこいい。目はつり目で鼻筋が通っている。

 一方で、アニメの主人公は典型的な可愛い女の子だ。茶髪の長い髪をふわふわにカールさせて大きな瞳と誰をも癒す笑顔が愛らしい。ワンピースのモデルになったドレスはそんな主人公に似合うように。とデザインされたもので、それを真逆の見た目である彼女にまで似合うようにするのは難しいだろう。でも、このワンピースは彼女にも似合うような気がした。


「大丈夫だよ。このワンピースだって主人公の着ていたものよりも彩度が低いし、着こなせると思う。明るい色だからきっと黒髪とのコントラストが素敵だよ」

「それを言うならあなただって。ヘアアレンジして着こなせば絶対可愛いのに」

「私は、駄目なんだよ」


 楽しい会話の途中なはずなのに苦しい。喉に何かが引っかかったような心地がしてまた呼吸がうまくできなくなる。もうずいぶん前のことになるのに、まだ私の中でくすぶっている。何年たっても風化されないこの記憶は私の心に沈殿してどろどろに煮詰まっていた。


 小さいころはこのアニメが好きだと言っても何も言われなかった。主人公のようになりたいということだって簡単だった。周りの子だって同じ夢を見ていた。共有できた。

 でも大きくなって同い年の子がアニメから卒業していくと少しずつ好きとは言えない空気が周りに充満していった。主人公のようになりたい。と言えば、子どもの夢だと一蹴されるようにもなった。まだアニメを見ているの? アニメは小さい子が見るものだよ。なんて。

 決定的だったのはまた別の出来事。主人公のようなお姫様に憧れていた私は学校に着ていく服も、使う文房具も主人公のような可愛らしい物を好んで使っていた。そんな私にもう顔も覚えてない人間が言った言葉が今も私を苦しめる。


『似合っていない』

『ブス』

『自分の顔、考えろよ』


 私の顔はお世辞にも整っているわけではない。それは当時から自覚していたけれど、その顔が原因で好きな物を好きでいることが許されないことがショックだった。それから私は一番嫌いな私になっていった。身に着けるものは地味な物で統一し無難を第一とする。かわいいフリルも愛らしい色使いの雑貨も自分が手にしていいものではなく可愛らしい子専売だからと心に刻んだ。お姫様のようなワンピースが展示されたショーウインドウではガラス以外の何かに足を阻まれ、目に留まりこそすれ、店にはいることすらできなくなっていた。

 駄目だよ。似合わないから。

 自分を引き留めるこの言葉は、自分の好きを突き通せず周りの言葉に流された諦念の象徴でもある。そんな自分が大嫌いで、それなのに、私は周りの言葉を意識し続けてしまっている。自分の好きを悪いもののように、ひた隠しにしている。


「駄目なことなんて無いわ」

 彼女の涼やかな声がよどみ切った心に風を吹かせる。

「誰もこの作品が好きなあなたを否定できないのよ」

「それはそうだろうけど……」


 人の好きを否定してはいけない。そんな風潮はSNSが普及し誰もが好きを発信できるようになった今、当たり前のように伝播している。

 私を傷つけた言葉たちはそんな風潮が広がる前に分別がついていない子どもから言われたものだ。だから傷つく必要なんてない。そう思えはすれど、無理で、どうしても思い出し苦しんでしまう。私は好きなものに相応しくないのだと考えまた傷ついてしまう。それの繰り返しが怖くて、もう疲れた。


「これから私はさらに当たり前のことを言うのだけれどね。」


 そう前置きをして彼女は言葉を続ける。


「あのアニメ一つをとっても、あのアニメの事をあなたが好きでいようがいまいが名作であることに変わりがないし、あのアニメを好きであろうとなかろうとあなたはとても魅力的だわ。だってこんなにお話しするのが楽しいんですもの。」


 そう言い切って彼女はいたずらっぽく笑った。

 本当に、当たり前のことだった。たとえ私や彼女があのアニメを好きじゃなくても、名作であることには変わりがない。そうでなければ完結して何年もたった今、コラボグッズなんかでるわけない。

 彼女が魅力的であることだって当たり前だった。もちろん、外見が魅力的なのは言うまでもないけれど、それこそ見かけるだけの時から知っていたけれど、その内面も好ましい人だと、友達としてもう知っていた。

 こんな気分を青天の霹靂なんて言うんだったか。私の中にある記憶はまだ風化せず沈殿してどろどろと居座っている。それでも上を見上げれば雲一つない青空。そんな気分。


「すごく、当たり前なことだね」


 そんな面白みのないおうむ返しに、


「でしょう?」


 彼女は柔らかく返してくれた。

 なんだかおかしくなって、二人、くすくすと笑いあう。しばらく笑っていると強い風が吹いた。くしゅんと可愛らしいくしゃみの音。横を見れば彼女が恥ずかしそうにはにかんだ。缶はとっくに中身を飲み干してお役御免。いくら暖かい恰好をしていても冷えるだろう。

 一つ言い出したいことがあった。

 今まで私の願いがあったからここでおしゃべりしていたのに、私は今それを覆そうとしている。申し訳なくて、でも言いたくて。授業の発表よりも緊張して、舌が引っ付いて声が出ない気さえした。


「……ねえ、よかったらなんだけどさ。お茶、いかない? 私気になってるカフェがあって。ほら、ここ寒いし! もっと話したいから、あなたさえよければ、なんだけど」


 裏返った声は徐々に尻すぼんで自信のない物に変容していく。度胸は長くは持ってくれなかったらしい。言葉と共に下を向いた顔は可愛くない履き古したスニーカーと目が合った。

 憧れのカフェを頭に浮かべる。何度も前を通ってはこんなスニーカーで敷居を踏むのをためらっていつも通り過ぎていた可愛らしい雰囲気の素敵な場所。


「もちろん。でも、そのカフェは良ければまた今度でいいかしら。少し待って」


 彼女は素早くスマホを取り出して難しい顔で操作する、数分すると満足げにうなずいてこちらを向いた。


「よし、できた。ほらここ。あなたがお姫様みたいと言っていたところ。予約取れたから行きましょう。授業、もう無いでしょ?」


 以前見せられた、ホテルのアフタヌーンティー。お姫様がテーマになったとても可愛らしいコースの予約確定画面が目に入ってきた。


「え、いや。大丈夫だけど、どうしてまたこんな」

「だってあなたとはじめておでかけするもの。とびきり素敵なところがいいわ」


 私の戸惑いを彼女の笑顔が吹き飛ばす。おしゃれな服でも素敵なハイヒールでもないけれど。私の好きな物を心から楽しめるような気がした。


「エスコートはよろしくね」

「もちろん。あなたも私のエスコートしてね。二人でお姫様になりに行くんだから」


 冗談を言って笑いあう。可愛くないけれど、足になじんだスニーカーで行く足取りは軽かった。

 私は私が嫌いだった。いいえ、今もまだ嫌いである。

 それでも、好きなものは好きと言っていいし、隠さなくいい。

 耳の奥にこだまする声は今もまだ私を傷つける。でも、そんなことはない。あなたは素敵な人だ。と言ってくれる友人がいてくれれば、少しは私を好きになれる気がするんだ。

多分地道に何かしら置いて行ったほうが見てもらう機会増えるなと思って以前書いたものを少しだけ改良して載せました。

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