第六話 舞踏会 ~大団円
クビになって自分の家に戻ってからは、なにもヤル気が起きない。
何日もベッドの上でゴロゴロと過ごした。
パーシーからもらった剣を大事に抱きしめながら。
金属の鞘は初めはひんやりとしているが、抱いているうちに体温で暖まっていく。
そのぬくもりを感じると心が安らぐ。もともと、自分の熱なのだが。
はめ込まれた宝石が実は魔法の石で、思いが届くとか、パーシーのいるところへ連れて行ってくれるとか、奇跡が起きないかと願ったが、起こるわけもない。
こちらから出向いて、実は私は女です、と言うことも考えてはみたが、それほどの勇気は無い。
以前のような氷の視線で「それで?」とか言われたりしたら……。
そもそも、遠ざけられたのだから、こちらから押しかけていくのはとても怖い。
身分差というのもあるし……。
「お前は、ウソをついたのだな」
初めて出会った時、パットを平手打ちしようとした怒りの表情も思い出す。
この思いも、心のツボに入れてしまい込んでしまおう。そうすることにした。
そんなとき、父の再就職が決まった。
騎士団の剣術指南役という大変ありがたい仕事だ。
騎士団とつながりのある貴族の方が推薦してくれたということらしい。
もしかしたら、我が家を心配して、パーシーが推薦してくれたのかもと思ったが、そうではないらしい。
父の仕事が決まったので、私は街の剣術教室の先生に復帰した。
全ては以前の暮らしに戻った。
「ロビンズ侯爵の舞踏会に出てくれ」
ある日、父から突然言われた。この侯爵が父を騎士団の剣術指南役に推薦してくれたそうで、できるだけ多くの貴族令嬢を集めた舞踏会をやりたがっている、ということだそうだ。
私のような貧乏令嬢には服の準備を手伝ってくれるのだと。
あれ?、どっかで聞いた話だ……。
父の恩人ということでは断るわけにも行かず、気晴らしもかねて参加することにした。
事前にサイズを合わせて服を選んでもらい、当日、控え室で着付けをしてもらうという段取りだった。
会場のロビンズ侯爵の城に着いて室内に入っていくと、見たことがある人に気づいた。
エドガー殿だった。
ようやく気づいた。この舞踏会は以前言ってたエドガー殿の花嫁捜しの舞踏会のことだと。
あわてて身を隠した。
彼がいるということは、もしかしたら、パーシーも来ているのかも。
期待と不安で胸が高鳴った。
でも、興味なさそうな顔をしてたから、たぶん来ない可能性の方が高いか……。
「お嬢様のように、背丈が高いと非常に見栄えがしますね」
着替えを手伝ってくれた女性に言われた。
お嬢様、と呼ばれたのはいったい何年ぶりだろう。
髪の毛の色に合わせて、黒をアクセントにした赤主体のドレス。
少し派手な気もするが、私がフワフワのピンクのドレスを着ても似合わないだろう。
私の剣の強さを表しているような力強い色使いだと一人微笑んでしまう。
本職の意見はやはり、聞くものだと納得する。
胸など出っ張りの足りない部分は詰め物で補正したり、ショートヘアーは付け毛でロング風に見せるとか、いろいろと技術を屈指してくれたおかげで、父が見ても私とわからないほどの美人子爵令嬢ができあがった。
でも、こんなに変わったら、パーシーが見てもわからない……。
逆にガッカリしてしまった。
ともかく会場に移動し、特に親しい知り合いもいないので、お菓子などをつまんで雰囲気を味わう。
長身に派手な色使いのドレス。結構注目されているのか、視線を感じる。キレイ、ステキ、どこの方……、そんな声も聞こえてくる。
髪を伸ばし始めようかな、そんな気も起こってしまった。
誰か王子様とか貴族のご令息でも声を掛けてくれないかな、と待っていても特になにも起こらない。義理は果たしたし、そろそろ帰ろうか……。
と思っていたら、キョロキョロしながら誰かを探しているような人に目がとまった。
パーシーを見つけた。
心臓が口から飛び出るほど驚いた。
あっ、視線が合った。
不思議そうな顔をしながらこっちに歩いてくる。
胸が高鳴る。どうしよう、どうしよう……。
考えているうちに私の前まで来たパーシーにたずねられた。
「どこかで、お目に掛かったことがありますか?」
どうしよう……、言う、言わない。名乗る、名乗らない……、なんて言おう……。
とっさのことで判断ができない。心の準備ができてない。
考える時間が欲しい。
「ちょっと、お手洗いに……」
いったんその場を離れて考えようとパーシーに背を向けた。
「待って!」
後ろから右手を握られた。そして、手の平のマメをなでる感触が伝わってくる。
手がマメだらけの貴族令嬢など、そういるものではない。
「……レイなんだな?」
私は観念して、うつむき気味にパーシーの方を向いてうなずいた。
頭のてっぺんからスカートの裾までジロジロと観察された。
「どっちのレイが正しいんだ?」
「こっち……、です」
私は恥ずかしさに顔を赤くしながら答えた。
パーシーはフフフと笑い出した。
「参加者名簿に名前があったが、男の中ではみつからなかったわけだ。……やはり、そうだったのか」
そして、いきなり私の手はパーシーの両手に握られ、目を見つめられた。
「俺の心の中にはエメリアがいる。忘れることはたぶんできない」
そう、それでいいんです。そう教えましたよね。
「だけど、お前が好きだ。もう隠さない」
驚きに私の目は見開かれた。時間が止まった。
目が潤み始めるのがわかる。
言葉が思うように出てこない。
「愛する人を忘れられるような人なら、好きになったりしません」
そう言うのが精一杯だった。
パーシーはそんな私を強く抱きしめてくれた。
完
一年ぶりに新作投稿始めました。
「辺境伯の贈り物 ~聖女候補なのに魔法学科を落第して婚約破棄された伯爵令嬢ですが恋した乙女は手を取り合って最強の大聖女になっちゃっいましたので愛をつらぬき幸せになりますから誰にもジャマはさせません」
内気な少女の純愛と成長物語です。
ぜひ、ご覧ください。