第五話 苦悩する侯爵 ~決別
なんてことをしてしまったんだ!
俺は走ってレイから離れながら後悔した。
「思いを無理に忘れる必要はありません」
レイのこの一言でどれだけ救われたか。
周囲の人間は言う、早く忘れろ、早く吹っ切れ、と。
だが、それができない人間もいるのだ、俺のように。
この四年間、時間があるとエメリアの愛した花壇を見ながら、酒を飲んでいる。
身体に悪いとは思いながら、気がつくと花壇の前でグラスを傾けている。
まるでアル中だ。
そんな悪い習慣もレイが変えてくれた。
俺より十歳近くも若いのに、剣は俺よりはるかに強い。
元々、俺は負けず嫌いだから、少しでも追いつきたくて毎日稽古に励んで汗をかいた。
酒も欲しくなくなった。
子爵令息なのだが、気取らないはっきりとした物言い。
多少がさつな気もしないではないが、話していても気楽だ。
レイがいると、パットとの会話も増えて、会話も弾む。
だが、まず思い出すのは涙を拭いてくれた柔らかく華奢なその手。
そして、たわむれでシャツをめくって見てしまった、白い腰と背中、その滑らかな肌。思わず息を飲んでしまった……。
どうかしている。俺はどうなってしまったんだ?
レイを愛おしく感じてしまっている。
エドガーと親しげに話しているのを見て猛烈な嫉妬を感じたり、ガラにもなく、特注で似合いそうな剣を作ってプレゼントしたりもした。
まるで、恋する男のように……。
今夜、パットに押されたレイを抱きしめてしまった。
細い、柔らかな身体。普通でない感情が沸き起こった。
心を落ち着かせようと久しぶりに花壇を見ながら飲むことにした。
もしかしたら、レイが来るかも知れないと期待して、わざわざグラスを二つ用意して……。
エメリアなら、こんな滑稽な俺を見てなんと言うだろうと考えてみた。
きっと、笑いながら『あなたが幸せになるようになさって下さい』、そう言うだろう……。
カンが当たってレイが来た。
やはり、酒を飲んだことを怒られた。
つい、ワイングラスに当たる柔らかそうな唇を目で追ってしまう。
その唇に引き込まれるようにキスをして、抱きしめてしまった。
だが、レイは拒まなかった……。
いかん、こんなことはダメだ!
未来の世界では違うのかも知れないが、今は許されない。
こんなことをしては、二人とも大変なことになってしまう。
決別……、お互い離れよう。手遅れにならないうちに。
レイをクビにして、俺は領地の視察と言うことでしばらく旅に出よう。
そして、全てを忘れるのだ。
それが二人のために一番いいのだから……。
一年ぶりに新作投稿始めました。
「辺境伯の贈り物 ~聖女候補なのに魔法学科を落第して婚約破棄された伯爵令嬢ですが恋した乙女は手を取り合って最強の大聖女になっちゃっいましたので愛をつらぬき幸せになりますから誰にもジャマはさせません」
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