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第四話 眠れない夜 ~破局


 侯爵とエドガー殿、私たち三人は、花壇の前のテーブルに場所を移して、おしゃべりを続けた。


「あいかわらず、きれいな花壇だけど、そろそろ潰して、さっぱり忘れた方がいいぞ」


 うわー、これがエメリア様のお兄様か。

 世の中には確かにいるのだ、気持ちの切り替えができる、こういう性格の人が。

 そして、侯爵のような人を苦しめる。


「忘れる必要はない。心の奥のツボに大切に入れておくのだ。なあ、レイ?」


 目配せする侯爵に私は笑顔でうなずいた。侯爵はもう大丈夫だ。


「なに言ってんだ、お前……?」


 エドガー殿は不思議そうにキョトンとしている。

 まあ、わからないだろうし、わかる必要も無いだろう。


「とにかく、元気になったのはいいことだ。今度、俺の嫁探し舞踏会をやるから、お前も出てこい。エメリアの兄の俺が認めてるんだから、早く、いい子を見つけて再婚してパットにお母さんを作ってやれ」


 さすがに、すぐそこまでの気持ちの切り替えはできないだろう。

 ほら、侯爵はぶ然としている。


「そうだ、レイ、お前も来いよ。きっと、モテモテだぞ」


 舞踏会……。最後に行ったのは母に連れられていった時、子供の頃だ。

 憧れる気持ちはある。しかし、そもそも、令嬢たちにモテても仕方ない……。


「いやー、着ていく服もありませんし……」


 やんわり、お断り。


「そういう子のためには、服の手配をこっちでするんだ。真実の愛は貧乏令嬢との間に生まれるかもしれないだろ?、男物も頼んどいてやるよ」


 プッ、思わず吹き出してしまった。


「発想は面白いですが、くだらない恋愛小説の読み過ぎではないですか、エドガー殿」


 おや?、侯爵がピクッとなにかに反応した。


「レイは、そんなとこに行かなくていい!」


 侯爵の大声とキツイ言い方にエドガー殿と私はびっくりした。

 侯爵自身も自分の声に驚いたように言葉を続けていく。


「ま、まだ十九だし、そんな色恋沙汰よりもっと大切なことがいろいろあるだろう」


「なにも、そんなに怒らなくてもいいじゃないか……」

 エドガー殿はブツブツ言いながら黙ってしまった。



「……ところで、レイ」


「なんでしょうか、侯爵?」


「いや、……その、なんだ、そろそろ名前で呼んでくれないか、侯爵ではなく」


 そうか、私がエドガー殿と呼んだから、自分もそうしてもらいたいのか。親友同士、ライバル意識が高いようだ。


「では、パーシバル殿、でよろしいか?」

「……パーシー、で良い」


 パーシー……、エメリア様もそう呼んでいたのだろう。

 同じように呼んでいいとは嬉しい。でも、呼び捨てというわけにはいかない。


「では、今後は、パーシー殿、と呼ばせていただきましょう」


「レイはよっぽど、気に入られてるんだなあ。こいつ、めったにパーシーとは呼ばせないんだぜ。だって……、だって、ぷっ、なんか頭悪そうな呼び名だから」


 エドガー殿は自分で言って自分で吹き出して腹を抱えて笑い出した。

 パーシー殿は……、いや、せめて心の中でだけはパーシーと呼ぼう。パーシーは真っ赤になって怒っている。


 パーシー……、音にするだけで優しくなれるような口の動き。

 私は好きですよ、エドガー殿。




「これを、私にですか?」


 突然、侯爵、いえ、パーシーが剣をプレゼントしてくれた。

 握る部分の上に大きな赤い宝石がはめ込まれている。

 たぶんルビーだろう、一目で高価な物とわかる。

 金属の鞘にも丁寧な模様が刻まれている。鞘から抜いてみると美しい刀身が現れる。

 いったい、いくらするのだろう……。


「う、うむ、街の武具屋でたまたま見かけて、レイに似合うのではないかと思ってな」


 こんな高そうな物は受け取れないと言ったものの、気持ちだ、と押しつけられてしまった。


 パーシーの初めての贈り物……

 花でもネックレスでもなく、剣。

 ステキなプレゼントだが、剣。

 とても気に入ったが、剣。


 これが二人の関係。剣を胸に抱きながら、ため息が出た。




「レイ兄ちゃん、お休みなさい。ハグして」

「はいはい、お休み、パット」


 パットがどこで覚えてきたのか、寝る前に、膝立ちの私に抱きつくことをねだるようになった。


「父親の私には、ハグしてくれないのか?」


 そばで二人の様子を見ていたパーシーが愉快そうに言った。


「だって、父さまの身体はゴツゴツして硬いんだもん。レイ兄ちゃんは柔らかくて気持ちいいんだ」


 五歳といえども男は男か……。思わず顔が赤くなる。


「ほら」


 立ち上がろうとしたところをパットに押された。パーシーに向かって……。

 身体はバランスを崩してパーシーに抱きついてしまった。

 胸と胸は重なり、とっさに背中に回した腕で抱きしめてしまう。

 パーシーの腕も私を受けとめるため、背中に回されて私を抱きしめる。


 広くがっしりした胸が感じられる。

 まずい。もう寝るだけと思い、油断して胸に布を巻いておらず、直接、感触が伝わってくる。


 驚いて顔を上げると、やはり驚いた顔で私を見ているパーシーと目が合った。

 二人とも頬が真っ赤に染まっていく。時間が止まったかのように長く感じられる。

 胸が高鳴る。自分の鼓動だけでなく、パーシーの鼓動も伝わってくる。

 目を見つめ合う。


「あっ、ごめんね、じゃ、おやすみー」


 自分の部屋に去って行くパットの声で初めてハッと我に返った。あわてて身体を離した。

 お互い、引きつった笑いを浮かべている。


「子供というのは困ったものですね」

「ホントにそうだな」


 パーシーも赤い顔をしているが、特に私の胸に気づいたという風ではない。

 それはそれで悲しいが……。




 眠れない。胸がまだドキドキしている。

 どんな形であれ、男性に抱きしめられたことはない。

 『がさつ姫』にはそんな機会があろうはずがなかった。


 でも、パーシーにとっては、倒れ込んできた弟分を受けとめただけ。

 その割には顔が赤かった気もするが……。




 気持ちを落ち着かせようと、夜の庭に散歩に出た。


 チー、チーと寂しそうな虫の声だけが聞こえてくる。

 部屋の明かりは全て消え、月明かりだけのはずなのに、エメリア様の花壇のそばにロウソクのような明かりがともっている。




「また飲んでおられるのですか、パーシー殿」


 私はわざと非難の口調を込めてワイングラスを傾けるパーシーに言った。

 すでにボトルが半分空いている。


 おや?、空のワイングラスが一つ、テーブルの上にあることに気づいた。


「どうだ、一緒にやらないか。なんとなく、レイが来る気がしたんだ」


 その言葉に驚きながらも、素直にイスに座った。

 グラスに注いでもらった赤ワインを口にする。口の中に広がるフワッとした香り。

 時々、父に付き合って飲む安物とは格が違う。


 パーシーが私の口元を見ている気がする。

 ワインが気に入るかどうか気にしているのだろうか。


 高鳴っていた胸も落ち着いてきて、気分も和らぐ。

 お酒にも良い点があるのは確かだ。

 頬がほんのりと染まっていくのがわかる。


「今、心のツボを開けていたんだ。エメリアに相談したいことがあった……」


 パーシーは少し酔っているようだ。顔も赤い。


「人を好きになるということについて」


 そう言って私の目をジッと見つめてくる。

 どう反応して良いかわからず、ワイングラスに目を落とし、一口飲んで気を落ち着かせる。


「それで、エメリア様はどうおっしゃられましたか?」


「『あなたが幸せになるようになさって下さい』、と」


 そう、それが先立ったものの願い。残されたものの幸せを必ず願って……、えっ、パーシーの顔がどんどん近付いてくる。下あごが指で支えられた。


 ちょっ、ちょっと待って、今、私は男だったのでは……。


 でも、両目は閉じた。パーシーの唇が私の唇に重なった。

 腕が背中に回り引き寄せられる。私も腕を背中に回して引き寄せる。

 二人の胸が重なった。

 一瞬の時間のはずだがとても長く感じられる。


「いかん!、こんなことはダメだ!」


 パーシーが叫んだ。

 私は突き放されて身体を離された。


「すまぬ!」


 そう言ってパーシーは走り去っていった。


 ぼう然と見送る私の目からは涙が流れた。


 もうやめる、こんな茶番はもうやめる。やってられない!

 明日、全部話して謝る。

 それでクビになるなら構わない。


 私は決意した。



 しかし、その機会は来なかった。


 翌日、朝一番で私はクビになった。パーシーに会える機会もないままに……。


一年ぶりに新作投稿始めました。

「辺境伯の贈り物 ~聖女候補なのに魔法学科を落第して婚約破棄された伯爵令嬢ですが恋した乙女は手を取り合って最強の大聖女になっちゃっいましたので愛をつらぬき幸せになりますから誰にもジャマはさせません」


内気な少女の純愛と成長物語です。

ぜひ、ご覧ください。

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