夜勤は嫌でも周ってくるし熱中症は対策しててもかかってる 2/2
ペットボトルに口をつけると、またしても図ったようにヤツは動き出す。そう、信号が青になったのだ。そんなに俺のことが嫌いかい、頭の中でそう涙を零しつつ、俺は哀愁と共にほとんど減らなかったペットボトルのキャップを閉めてカバンにお帰り頂く。ついうっかり緩めに閉めて大惨事になった苦い青春があるので、しっかり固く回してある。
俺はついにこの海に、横断歩道という大海原を歩き出す。人の波からちょっと遅れて。いつもそうだ、俺は無個性な癖して周りと足並みを揃えられない哀しい男である。そんな心底どうでもいいことに絶望しつつも、俺は歩みを止めることはない。
――しかし人間というのは脆弱なもので、歩みを止めずにいられるのは、あくまでその命が尽きるまでの話である。
ふと、耳に飛び込んだのは異様な音。日常ではあまり聞かないような騒音。鳴り響く警告のクラクション、タイヤの悲鳴、そして人の、叫び声。夏の暑さと夜勤の疲れに浮かされた俺は直前まで気づいていなかった。信号を無視したのか、はたまた居眠り運転か、一台のトラックが猛スピードで俺と数人の歩く横断歩道に突っ込んできたのである。
認識したときにはもう遅い。今からでは走っても間に合わない。死ぬ。頭ではわかっていた。それでも人間の本能は、まだ生にしがみつこうと血相を変えて走り出す。
当然、そんなもがきは許されず。重い、重い質量が身体にぶつかって、鈍い音がした。二十七年間経験したことのないような、そしてもう二度と経験しないであろう激痛が全身に走る。口から出たのは声ではなく、かひゅっという空気が漏れる音と赤黒い液体だった。身体があらぬ方向に歪んでいく。鉄の塊に弾き飛ばされ、宙に放り出されて、その少し後にアスファルトに叩きつけられる。
少しづつ、感覚が失われていく。痛みも、血生臭さも、人々の絶叫も、だんだんと真っ黒な何もない世界にフェードアウトしていく。死は存外呆気のないものなのだと、そのとき知った。
ああ、最近流行りの異世界転生ものって、トラックに撥ねられて死ぬの多いよな。一周回って冷静になったのか、はたまた現実逃避であろうか、そんなくだらない思考が頭を過ぎる。平凡な主人公が異世界に転生して、チート級の能力をもらって、その圧倒的な力を持ってスローライフを楽しむのだ。そんな人生、俺にも訪れないだろうか。現世で何色にもなり得なかった、何も成し遂げられなかった俺に。何者にもなれる、自由な世界が、訪れないだろうか。
死ぬ間際に考えることがそんな馬鹿馬鹿しい夢物語だなんて、我ながらどうかしていると思った。どうかしているのだ。そうだ。平々凡々、けれど普通にもなりきれないからこうなった。こんな中途半端な人生は、ひどいくらい俺にお似合いなのだ。
瞼が重たい。寒い。眠い。きっとこの眠りから覚めることは生涯ないのだろう。そうわかっていながら、俺は抗い難い死の誘いに、身を委ねた。