チータオ
「ほんじゃま、何から話そうか。」
男は息を整えると、あごに手を当てて悩み始める。
「まずは、あんたのことと、さっき言っていた『裏側』についてから教えてくれ。」
さっさと話してほしいので、こっちから話す内容を提案する。まあ『裏側』についてはある程度分かってはいるが、確認作業も大切だしな。さっきこいつがつぶやいていた言葉も気になるが、まあそこは後で聞くことにしよう。
「そうかい、んじゃまそっから話すかね。」
「よろしく頼む。」
「おじさんのことは『チータオ』と呼んでくれたらいい。おじさんは嬢ちゃんみたいにこっちの世界に迷い込んできた、厳密には戻ってきた人たちに事情を説明する【案内人】でね、嬢ちゃんに向かって変な言葉をつぶやいていたのは仕事の対象か確かめるためだったんだよ。」
まずおじさんは自分の素性を話してくれた。さっき私に頼まれたというのもあるだろうが、信用してもらうためというのが大きい気がする。信用してもらわなければ、説明も一切聞き入れてもらえなくなるからであろう。
そしてやっぱり、こっちの世界って言ってた。やっぱり違う世界だったのか。
「おじさんのことについては言ったし、君の現状の説明をしようか。まず大前提として、君の今までいた世界はこっちの世界の裏側なんだよね。」
え、そうだったの?そうだったのっていうか、どういうこと?
「ああ、そっか、地球のことが向こうじゃ教えられないのか。見たかんじ学生だから向こう生まれだろうしな、解釈的には戻ってきたんじゃなくて迷い込んだんだもんな。いつもの感じでやってた。そっから説明しなきゃならないことをすっかり忘れてた。」
私の戸惑う姿を見て、おじさんはなにかを言いながら頭を掻いてうなっている。
私はその中に少し前に聞いた単語が入っているのに気付いた。
「地球のことなら知ってるよ。昨日お父さんが私がいた世界にいる人はみんな地球から来たって言ってた。」
私がそう言うとおじさんは少し驚いたように「えっ」と言いながらこっちを見た。
「そうかい。それだったら嬢ちゃんのお父さんは…、いや、そんならいい。だったら話が少し早くなる。まあ要するにその嬢ちゃんのお父さんが言ってた地球ってのがここだ。」
へぇ、そうだったんだ。
そっか、ここがお父さんの言ってた地球なのか。だったらあのキラキラした景色も納得だ。お父さんは地球はすごく大きな建物がたくさんある、すごく楽しいところだと言っていた。今思えばすごく抽象的だな。でも20年近く前のことだって言ってたから、しょうがない。
「じゃあ私は何かの方法で地球に来ちゃったってこと?」
「その解釈で間違っていない。嬢ちゃんは地球と裏の世界をつなぐ【穴】に入ったんだ。もともと穴ってのは裏の世界に行くべき人間を落とすところなんだけど、たまに裏の世界から地球へいける穴が発生する。そこに入っちゃった人が、嬢ちゃんみたいな【迷い人】だ。」
今の話とこっちに来る前の最後の状況から察するに、私は額に弾が当たる直前に、穴に落ちていったってことか。だから私は今も五体満足で生きているのね。なるほどなるほど。
「裏の世界に行ける穴があるのなら、じゃあ私も裏の、元の世界に戻れるかもしれないの?」
元の世界に戻れるなら、さっき抑えたあの怒りも両親と弟を殺した人たちにぶつけられるかもしれない。
「向こうに戻りたいのかい?ああ、向こうに両親が残っているからか。」
「父も母も弟も奴らに殺された。私は寸前で穴に落ちて生き延びた。」
少女の雰囲気が変わる。先ほどまで彼女の周りを漂っていた少し気の抜けた、のほほんとした空気は霧散し、代わりに黒っぽいんだか灰色ぽいんだかの色のついた、触れるだけこっちの手に火でもついてしまいそうな瘴気とも言えそうななにかが彼女の背中辺りから際限なく吹き出ているように見えた。おおよそ高校生の出すような代物ではなかった。きっと二重人格という奴だろう。おそらくは、肉親が目の前で殺されるという多大なストレスが原因か。
彼女の戻る理由は復讐なのだろう。大体の迷い人は15年は進んでいるであろうこちらの文明の生きやすさをとり、戻るものと言えば家族を残したものか、王の狂信者くらいの中、復讐心で再びあの世界へ戻りたいと考える者は珍しい。
先ほどの彼女の動きを思い出す。自分と彼女の距離は13mは離れていた。それを齢18にも満たないであろう少女が1秒とも満たない時間で詰め寄り、その後息も切らさず67kgの男を片手で持ち上げたのだ。尋常ではない身体能力である。もし彼女が自らの力をすべて扱える状態で本気で復讐を実行すれば、騎士をすべて殺すとまではいかなくとも、裏の世界が制御不可能なほどにはかき乱されるだろう。
「君の家族が殺された理由を俺は分かる。」
なんにせよ彼女の場合はいつもの迷い人よりも多くの情報を渡さなければならない。スムーズに伝達するには、心苦しいが彼女の父の死をきっかけにするのが最善であると私は判断した。今までのような気の抜けた口調では失礼に値する。こちらも真剣に、こちらにわずかに殺意を放つ目の前の少女に間違えても気おされないようにしなければ。
「なぜ貴様に理由がわかる。その時までの私たちの状況なんて知らないくせに。」
返答には、少々の疑問と多大な怒りとが込められていた。背中まで殺意が這いずり回ってくる。無理はない。ずかずかと自分の領域に侵入してきたら誰だってこのような反応をするだろう。だがこちらも仕事だ。向こうの理性が切れる直前まではこの状態である程度のことは話しておかなければならない。あわよくば彼女の落ち着いた状態で話したい者だが。
「ああそうだな、そんなことはわからない。まずそもそもそんなことは関係ない。」
「じゃあ何が…、」
「君の父親が君に地球という存在について話したことだ。」