生きていてはいけなかった私たち
息抜きがなぜこんなことに
私たちは生きていてはいけなかったのだろう。私にも、そして弟にも、この世界は厳しすぎた。
ある朝、両親は殺された。唐突だった。家にいきなり何者かが入ってきて、ものも言わずにまず父を撃ち殺した。父の死体には、無数の踏まれたような跡が残っていた。そのあと母が撃ち殺された。脳天に一発の弾痕、こちらはそれ以外に目立った外傷はなかった。
あの時の重厚な、無機質な、人を殺す事なんて学生が学校で勉強するくらい、サラリーマンが会社で仕事をするくらいの当たり前のことだと思っていそうな、わずかな感情の震えも感じさせない靴音を私は絶対に忘れない。
幸い母に言われて家の一番奥の部屋のクローゼットに隠れていた私と弟は殺されずにすんだのだが、奴らが私たちのいる部屋まで入ってきて、何かを探していた時は、生きた心地がしなかった。
侵入者達の足音がしなくなってしばらくしてから、私たちは家を出た。両親を殺された家に居残りたいなんて僅かたりとも思わなかった。人通りの少ない路地裏を弟と手をつなぎながら進む。父と母の死体は見せてはいないはずだが、弟はこれまでの一連の流れと私の行動で、何か自分たちの人生が変わるようなことが起きたことはおぼろげながら察したのだろう。唯一の肉親である私が勝手に消えてしまわないように懸命に私の手を握っている。
走り続ける。父も母もを殺した奴らは、きっと私たちも殺そうとしているのだろう。そうではないのかもしれないが、どちらの確証もない今、ここから少しでも遠い所へ行くのが賢明だ。幸いなのが、朝だったため、侵入者達が私たちが既に学校に向かっているとでも思い、家を詳しく見ていかなかったことか。
確かこちらのほうに向かえば、隣町のフェイスに行く道があったはず。20年前、父が現れた町。あそこなら、何度も行ったことがあるから、ある程度の地理は把握している。父は顔の広い人だったから、父の知り合いをあたっていけば、事情を汲んで匿ってくれる人もいるだろう。
しかし、そうした目論見はすべて霧散してしまった。通りを横切るときに、あの足音を聞いてしまった。先ほどのあの足音だ。そちらを見ると、甲冑のようなものを身に着けている三つの人影が見えた。生理的な嫌悪感により反射的に足音が聞こえる方と逆の方向に私は弟を抱えて走り出した。朝の閑散とした中に響く駆けるような音。それに遅れて、こちらに向かう三つのあの足音。奴らに気づかれてしまったのだろうか。そんなことを確かめている暇もない。とにかく走る。あの兵隊たちから逃げるために。
先ほど歩いた道を戻り、大通りへ。人の波をかいくぐり、裏路地を駆け抜けた。途中一度立ち止まり、現状を把握しきれず戸惑う弟を、大丈夫だと慰めはしたが、それも大した時間ではなかっただろう。
それでも追いつかれた。奴らは追ってきた。行き止まりに道をふさがれ、もう逃げることもできなかった。家に飾っていた写真でも見たのだろうか、私たちを自分たちが殺した両親の子供であると認識した3人のうち一人は、私に銃を向けてきた。
でも私にはそんなことどうでもよかった。私の目はそんなものは見ておらず、いつの間にか私のそばからいなくなっていた弟が、縄のようなもので首を絞められ少しずつ生気を失っていく様子を映していた。
ただひたすらに怖かった。目の前で肉親が殺される姿を見てしまった。みんなこの場にいる3人に殺されてしまったという事実が本当に怖かった。恐怖のあまり後ずさる。頭の中は死にたくないという生物的本能とああもう死ぬんだなという一種のあきらめのような感情が、まるでミキサーにかけられたかのようにドロドロのぐちゃぐちゃになっていて、もう何も考えられなかった。
私は少し身体能力があるが、それでもたかが17の少女、この現状を打開できる術なんてあるはずもない。もう後ろにも下がれない。壁の無機質な冷たさが服越しに臓腑の奥まで伝わる。手に当たった何も植わっていない植木鉢が倒れて割れる。もう叫ぶ気力もなかった。
銃声が鳴る。撃ちだされた弾の動きがやけに遅く見える。走馬灯ってやつなのかとも思ったが、昔の思い出なんか一つも出て来やしなかった。
体が落ちるような感覚に襲われる。ああこれが”死ぬ”ってことなのかなって漠然と思う。ただ急降下していく。あの世って、底なしの何かなんだろうか。落ちていく中、私の意識はゆっくりと消えていった…。