タピオカ店
咲ちゃんと、二人で並んで歩いて帰る放課後。あの日から、毎日一人で帰っていた日々がはるか昔のことのように感じる。こんな日常も悪くないな、と思い始めていた。
「みさちゃんってさ、何考えてるか分からへんとこあるよな」
彼女が流れるように口にした。そんな自覚は私はない。むしろ、割と顔に出てる方だろうな、と思っていたほどだ。でも、言われてみれば学校では感情を殺しているからそう見えるのかもしれないな、と思う。
「そうかな?学校の時はもしかしたらそうかも」
「うん。今こうやって話してても、みさちゃんはやっぱり何考えてるか分からへんよ?今は、何考えてんの?」
ぐいっ、と顔を近付けて聞かれる。反射的に一歩後ろに身体を引く私。なぜこんなに距離が近いのだろうか。もしかしたら私に気があるんじゃないだろうか、とありもしない妄想が始まる。
「…何考えてる?って聞かれても…そりゃあ今は、目の前にいる咲ちゃんのこと考えてるで?」
「何それ?やっぱり何考えてるか分からんわ」
疑問だった。彼女も何を考えているのか分からない。突然何考えてんの?という質問も、何を思って聞いたのだろうか。もしかしたら、台詞のチョイスを間違えたかもしれない。少々胡散臭い彼氏のような台詞にも聞こえるような気がする。私は思ったことをそのまま言葉にしただけなのだけれども。やっぱりこの人と分かり合うのは無理かもしれない、と思った。私の理解の範疇を越えた質問を突然してくる。それもそこまで仲良しじゃないのに。訳が分からなかったが、いつの間にかその意外な視点にハマっていきそうな私もいた。
「まぁいいや。今日はどこ行く?私タピオカ飲みたい!」
「タピオカかぁ…私タピオカあんま飲んだことないから、店とか知らんで?」
「ええねんそれは!私が知ってるから案内する!タピオカ飲も!」
目を輝かせて訴える彼女。そんなにタピオカが好きなのか、と若干引きつつ、これも人生経験と思えばいいかと思い行ってみることにした。
「どこにあるん?」
「うーん、この辺やったら梅田か天王寺ってとこかな!どっちがいい?」
「定期使えるから梅田の方が助かる」
「分かった!じゃあ梅田な!行こ!」
半ば強引に私を梅田に連れ出す彼女。どうやらおすすめのタピオカ店があるらしく、早く私に飲ませたいと言わんばかりに、彼女はやたら饒舌に話した。こんなにタピオカを語られたのは初めてだ。正直あまり興味はなかったので聞き流していたけれど。そうこうしている内に、梅田に到着した。
「待って、こっからどう行けばいいん?」
「…え?」
冷静にどうしたらいい?とか言っているが、案内すると言ったのは何処の誰だろうか。梅田に着いたにも関わらず、どうやって向かえばいいか分からないらしい。
「その店どの辺にあるん?」
「えーと、茶屋町辺り」
「茶屋町ね、なら私分かるから茶屋町からは頼むで」
「まじで!?ありがとう!」
どうして私が案内させられているのだろうか。心の中で悪態をつきながらも、ありがとう、と言う彼女の顔は心の底から嬉しそうで憎めなかった。
「あ、私こっから分かる!」
「お、分かる?じゃあ後は任すわ」
「うん!」
そこからは歩いて数分で着いた。店の外観を見て私は思い出した。この店は確か一年くらい前に長い行列が出来ていて、母親とそこまでしてタピオカ飲む?と引いていた店だった。そんな事を過去に考えていた以上、正直その店には入りづらかった。
「ここの黒糖ミルクティーめちゃくちゃ美味しいんだよね〜!」
「へぇ、そうなんや」
確かに彼女の指さす先の黒糖ミルクティーはとても美味しそうだった。価格は六百五十円。私ははっとした。今、財布の中身は五百円しかない。カードを使えば買えなくもないが、そこまでして買うものじゃないなと思い、あっさり諦めた。代わりに一番安い二百円のジュースを買った。人生初のタピオカ店に来ておいて、タピオカを頼まない私は相当どうかしていると思う。店内の雰囲気も私にはアウェイ過ぎて、注文したジュースが来たらそそくさと店を出た。
「なぁなぁ、それ一口飲ましてや!」
「いいよ、どうぞ」
「ありがとう!…ん、これも美味しいな!」
「よな、これもこれであり!」
ねだる彼女にジュースを分け与える。これって間接キスじゃないか、と小学生男子のような事を考えながら、一口ちょうだい、と同じようにねだる。快く飲ませてくれた。流石、六百五十円もするだけはある。黒糖とミルクティーのバランスが絶妙で飲みやすい。しかし、やはり突然喉に入ってくるタピオカだけは異物に思えてしまった。
「あのさ、思っててんけど、みさちゃんそれストロー刺す方向逆じゃない?」
「えっ」
慌てて確認すると、確かに逆向きにストローを刺してしまっていた。尖っているから刺さって気付くものだと思うが、全く気付かなかった。私は急に恥ずかしくなった。みるみる顔が熱くなっている事が自分でも分かる。
「あはははっ、みさちゃんって結構抜けてるんやね」
「…そうかもしれんな…」
「ええやんそれで、みさちゃんって真面目で抜け目ないイメージやったから、そのくらいの方が可愛い!」
軽いノリとはいえ、そんな事は初めて言われた。抜け目がないように見えている時点で意外だが、抜けているところも可愛いって言われたのは悪い気はしない。不覚にも少しドキッとしてしまった。
「私ってそんな印象なん?」
「うん、結構何でも出来て完璧〜みたいなイメージはある!」
「…へぇー…」
完璧、か。割と私は完璧主義な面があるから、理想を追い求め続けていたら周りにはそう見えていたのかもしれないな、と思った。嬉しいような、嬉しくないよな、複雑な心境になる。
「この後どうする?」
「うーん、梅田やし、アヌメイト行く?」
「アヌメイト…?アニメのグッズ売ってるん?」
「そう!行ってみない?」
「行ってみたい!行こ!」
彼女は最近アニメにハマり始めていて、まだまだアニメの世界のことには疎いらしい。これはアニメが大好きな私が教え込まなければ、と何故か躍起になり、アヌメイトへ向かっていた。
「…アヌメイトってこんな感じなんや!呪いのグッズもある!あっ、この祐二可愛いー♡」
初めて来る場所に既に馴染み、はしゃぐ彼女。そうだろう、楽しいだろう、となぜ私が誇らしくなっているのかは分からないが、とにかく楽しそうにする咲ちゃんの笑顔は見ていて飽きなかった。
「でもちょっと高いかなぁ、今はいいかあ。あ、みさちゃんずっと私といるけど、見たいとこないの?見てきてええねんで?」
「あー、私はいいかな、しょっちゅう来てるし!」
「流石やなぁ…一周して帰ろ!」
「うん!」
アヌメイトにいる時、いや、一緒にいる時はずっとかもしれないが、気がついたら咲ちゃんを見ているような気がする。彼女が楽しそうにする時、心の底から笑う時、私はたまらなく彼女が愛おしくなった。この感情が友達としてなのか、恋愛感情なのかは分からない。こんな楽しくて幸せな時間がいつまでも続けばいいのに、なんてちゃちな恋愛漫画に出てきそうな事を思う。
「今日はありがとう!みさちゃんもちゃんと人間なんやなってちょっと安心したわ!」
「何それー、どういうこと?」
「んー、感情あるんやなって思った!」
「いやいや、人なんやから感情はあるに決まってるやろ」
「そうよなー、でもみさちゃんめちゃくちゃ面白いなって思った!また遊ぼな!」
「そう?私も咲ちゃんと話してたら楽しい!もちろん!」
「あっ、電車の時間やばいわ、バイバイ!」
「うん、バイバイ!」
そう言い、夕方の都会に呑まれながら走り去って行く彼女。突然居なくなるもんだから、急に一人ぼっちになったような気がする。咲ちゃんが隣に居なくなった途端、寂しくなった。本当に、私達は友達なのだろうか。きっとそんな感情と戦っているのは私だけなんだろうな、と思いながら電車に揺られる。すると、ポケットから携帯のバイブ音がした。流れるように、通知を確認する。
『みさちゃん!良かったら今日の夜電話せえへん?』
また、私の心が跳ねた。