新食材?
「エレンちゃん、今大丈夫?」
私は店番をしているエレンちゃんに話しかける。この時間は食事の人もいなくなり宿の仕事は受付業務くらいだ。
「うん、ちょっとぐらいなら大丈夫だよ。今はそんなに来る時間帯でもないしね」
私は受付のことは分からない。いつもこの時間は部屋にいたり出かけたりで、受付がどうなってるのかは知らないのだ。
「朝に話してた件だけど、出来たから見せようと思って」
「ほんと! 見せて見せて!」
エレンちゃんからせがまれるように言われたので、一番近くのテーブルにお皿を置いてドライ食品を広げる。ボロボロの皿には焦げ目もついており、もう使えないだろう。最初の勢いが強かったのかな?
「わ~、なにこれ? 見た目は野菜みたいだけど…」
「他にもお魚やパンもあるよ」
それぞれの材料ごとに皿の上にあるものを説明していく。エレンちゃんは手に取って確かめている。
「すごく固いけど食べられるのこれ?」
「このままじゃ食べないよ。食べるとしたら魚ぐらいかな? 他のはお湯で戻して食べるんだ」
「何でいちいちそんなことしたの? 別にそのままでもよかったんじゃ」
「これだと長期保存がきくし、私たち冒険者からしたら、旅先で栄養のある野菜が食べられるの。元々より小さくなってるから持ち運びもしやすいしね。ただ、お湯が必要なところが問題なんだけど……」
水は旅先では貴重だ。戻す際に戻し汁を捨てるとなったら、川の近くでしか使えないだろう。
「そうなんだ。でも、言われてみれば長旅の人にはいいかもね。でも、どうやって作ったの?」
「火と風の魔法で熱風を作って、水分を飛ばしたんだ。ちょっと食べてみる?」
「いいの?」
「うん。だけど、食べられそうなお魚にしておこうね」
念のため私も食べてみる。出来が悪いんだったら改善しないといけないし。うん、乾燥し過ぎな気もするから、やっぱりほぐし身は十分ぐらいでいいみたい。
「美味し~、おねえちゃんこれ美味しいよ。おやつみたいだし」
「そうだね。お米にかけて食べると美味しいかも」
「コメ? 煮込み料理とかの〆に入れるあれかぁ。確かにこれがあれば美味しく食べられるかも!」
お米はこの世界では副菜、それも鍋料理の〆や前日のスープを使って店が安価に提供するための食材だ。こういうものを充実させられれば、今後は主食として認められるかも。
「野菜の方は食べない方がいいよ。絶対美味しくないから」
「へぇ~、おねえちゃんはもう食べたんだ?」
「うん、まあね」
誰だって一度はレトルト食品やラーメンの具をそのまま食べるものだと思う。味がしないわけでもないけど、堅いし口の中で変に戻ろうとするしで美味しくなかったんだ。
「あら、アスカちゃん。言っていたものはできたの?」
「はい、ミーシャさんこれです」
ミーシャさんにも出来上がったドライ食品を見せる。
「あらら、本当に変わってるわね。水分を抜いたの?」
「これで携帯食とかに使うんだってお母さん」
「そうなの? 確かにこれなら旅先でも美味しい野菜を食べられるかもしれないけど、お湯が必要ね」
「確かに水場が近くにあればいいですけど、ないと難しいと思います」
「だけど、いい考えね。制限があったとしても美味しい物が旅先で食べられるんですもの」
「そうそう。きっとこれは売れると思うよ。肉なら結構売ってるけど、野菜とかのは見かけたことないもん」
「売れるかなぁ。これだけならここから調理が必要でしょ? 私が聞いたところだと調理済みで後はお湯を入れるだけだったからな~」
インスタント食品はラーメンも味噌汁も偉大なのだ。
「そんなに便利なものがあったの? それなら、主人に話してみる?」
「ライギルさんかぁ……もう見せるって言っちゃったしな」
きっとまた、色々言われちゃうな。あの料理に対する熱意は基本食べるだけの私にはつらい。でも、今日はエステルさんがいないのが救いかもしれないな。最近は打ち解けたからか、エステルさんも遠慮なく来るようになっちゃったから。まあ、美味しい料理が増えること自体は嬉しいんだけどね。
「そうですね。厨房から呼んできてくれますか?」
決して厨房に行くとは言わない。これが私のできるせめてもの抵抗なのだ。あっちに行ったらできる限りの実演も含めてやらされるだろうし。
「ようアスカ! また、新しいのだって?」
「新しいというわけではないですし、宿にはあまり関係のないことなんですが……」
私は先に述べることで少しでも興味が削がれることを願って言う。
「おねえちゃんが思いついたのはお野菜とか魚を乾燥させることだよ」
「乾燥? 日干しってことか? 野菜も魚もそういうのなら今でも多少はあるぞ?」
「それとは違うのよあなた。あなたが言ってるのは、それに向いているものを使うってことでしょう? エレンが言ってるのは種類に関わらず、乾燥させることよ。もちろん魚もね」
「なるほど。だが、それが何の役に立つんだ? 確かに日持ちが良くなるかもしれんが、味もだが戻す時間もかかるだろう?」
「だから、特にすごくはないんです。ただ、冒険者も旅先で野菜が食べられるってだけで……」
「旅先で野菜か。試してみてもいいか?」
「別に構いませんけど」
ライギルさんは厨房に行って、お湯で野菜を湯戻しする。
「う~ん、少し放置してきたがなかなか戻らんな」
「まあ、野菜から水分を取った状態ですから、戻るのには結構時間かかると思いますよ」
「なるほどな。川の近く限定の食材ってことか」
「まあ、そうなっちゃいますよね。かろうじてそのまま食べられるのはお魚ぐらいですね。お魚は結構美味しいですよ」
そう言いつつ、ライギルさんとミーシャさんにも勧めてみる。
「う~ん、確かに作る手間を考えたらあれだけど、美味しいわね。長期保存がきくならスパイスとして持ち歩くのもいいかもしれないわ」
「そうだな。宿で出すとしてもパンにも合いそうにはないし、あまり必要ではないかな」
「おねえちゃんの聞いた話じゃ、コメと一緒に食べるといいんだって!」
「コメ? ああ、飼料用で安くて〆に手軽に入れられるあれか。確かにあれを大量に使えるなら一儲けできるかもな。西側からの品にも入っていたし、飼料のは仕入れ料も安いからな。ただ、問題があるとすれば注文してくれるかだ。前のパン同様に美味しいというイメージがないからな」
お米も品種改良して美味しくなったって言うし、この世界のお米はまだあまり美味しくないんだろうか? 確かに私も食べたことはないし、あるのも知らなかった。というかお酒の当てのメニューなんて見もしなかったからな~。
「まあ、そんな感じなんで宿では無理ですね」
「でもでも、先に調理済みのものを作っておけば、湯で戻すだけで料理が完成するんだって!」
グッと親指を突き出してフォローしたよというエレンちゃん。なんといういらぬフォローを……。
「なにっ! 先に調理段階までの過程を終わらせておけば、湯で戻すだけでいいのか。料理の種類は限られるだろうが、それなら料理の苦手な冒険者や、水魔法が使える冒険者なら多少高価でも需要が見込めるかもな」
「へぇ~、そうなんですね。まあでも、宿には逆効果ですよね」
「まあそうだが、面白そうではあるな。冒険者向けの店をやってる、ジャスティーの店に置いてもらうか。好評なら一時的にアルバの特産品として注目されるかもしれないぞ!」
「あっ、いや~。それならライギルさん頑張ってくださいね」
話が変な方向へスライドしてきたので退散したいなという思いを込めつつ、私はライギルさんに任せようとする。
「何を言っているんだアスカ。これを考えたのはお前なんだし、取り分の六割はアスカだぞ。出す料理は店で出しているのも使えるから、こっちとしては店の宣伝もできるしな!」
「私は別に目立ちたくないので、そういうのはちょっと……」
「だが、それだと申請が俺だけになっちまうしなぁ」
いや、そもそも私はその計画に賛同した覚えもないんですけど……。どうやらもうライギルさんの耳に私の声は届かないらしい。
「まあ、おねえちゃんは前から目立ちたくないって言ってるしね」
「だが、肝心のドライ食品を作るのにはアスカの魔法が必要なんだから、どうしてもいるんだよ」
それならば諦めてもらえると助かるんだけど。残念ながらミーシャさんは金勘定をし始めているのであまり頼りにはならない。こうなると私の押しとエレンちゃんだけが頼りなんだけど。
「あなた、商人ギルドへの申請をあなたの名義で通してはどう? その後に冒険者ギルドの口座に移し替えて、そこからアスカちゃんのカードに振り込むのよ。そうすれば商人ギルドとも関係を保てるし、アスカちゃんにも迷惑が掛からないわ」
「そうか! よし、そうしよう。じゃあ、料理の方は考えてくるから頼む。汁っ気は少なめの濃い味にした方がいいよな?」
「た、多分……」
商人ギルドとの関係を考えて、色々手を打ってくれるのは嬉しいんだけど、もう少しこちらの意見も聞いて欲しかったな。あれよあれよという間に、冒険が一週間に一度へとなった真ん中の空き日が、研究&作成の日になった。この家の人たちはみんな行動力があるなぁ。