VS 魔槍
「じゃあ、これで武器屋の用事は済んだな」
武器を買い終えたノヴァはもっと新しい剣を振りたいのか店を出ようとする。
「おいおい、あたしの話を聞いてなかったのか? お前はちゃんと手入れの道具を買え」
「そうだよノヴァ。折角いい剣を買ったんだから長く使えるようにしないと。それとも簡単に買い替えるほど余裕があるの?」
「リュートまで……分かったよ。二人ともそこまで言わなくてもいいじゃんか、なあアスカ?」
「えっ、でも武器の手入れはちゃんとしないと。私も毎日じゃないけど寝る前には弓の手入れしてるよ」
ノヴァには悪いけど割と手入れはしてる方だと思う。冒険から帰ったらその日か翌日には使わなくてもするし、宿にいても気が向いたらしている。
「肝心な時、道具は普段の状態で応えてくれる」とは小夜子ちゃんの言葉だ。その言葉を私は守っているのだ。
「アスカって杖だけじゃなくて弓の手入れもちゃんとしてんのかよ……」
「そりゃそうだろ。魔法が効かない奴だったり、仲間を巻き込まないようにするには弓の方がいいんだからね。肝心な時に武器が使い物にならないんじゃ意味がないよ」
「それなら、これがお薦めだな。銀貨四枚だが、初心者でも簡単に研ぐことができる。今なら鞘も付けよう。この鞘は鉄製でしっかりしてるし、重量も増えすぎないよう、肝心なところ以外は革も使っている」
「でも、ちょっと高くないか?」
実際に装備が良くないのに銀貨四枚は高いと思ったのか、ノヴァは渋っている。でも、弓も矢筒が良くないと矢を抜きにくいし、ここは心を鬼にして勧めよう。
「ノヴァ、今使ってる剣が壊れるのと、銀貨四枚払うのどっちがいい?」
「分かったよ。案外アスカも結構きついんだな」
「アスカはお前を心配してるんだよ。もっと、感謝するんだね」
「他の奴は何も買わんのか? リュートも武器はそこまでよくなかっただろ?」
「僕は魔槍を目指してるんです」
「おいおい、最初のナイフからいきなり魔槍とはな。だが、魔槍なら中古もあるぞ。先に慣れたいならどうだ、金貨六枚ぐらいからあるぞ?」
「本当ですか! ちょっと見ようかな……」
金貨二十枚と聞いていたリュートからすればかなりの価格ダウンだ。顔もほころんでいる。
「見てみたらリュート。魔槍って結構扱い難しいし、個人によって使いにくいのもあるんでしょ? もしかしたら、中古の方が馴染むかも」
「そうだねぇ。新品だから自分に合うなんて分からないしね」
「じゃあ、見せてください!」
リュートの返事を聞いて、ゲインさんは奥から少し大きめの箱を持ってくる。その時、私はゲインさんって結構力持ちなんだなと変なことを考えていた。
「今ここにあるのは三本だな。新品はあの棚にある二本だ。これでも、都市部でないところじゃかなり品揃えはいい方なんだぜ。魔槍は高いからな」
「じゃあ、順番に手に取ってみます」
リュートがどんなものかと中古の魔槍を一本ずつ手に取っていく。手に取ったものは感触を確かめるように振り下ろしたり突いたりしている。
「どうだい? 気に入るのはあったかい?」
「二番目の槍が使い易かったんですが、何か変な感じです」
「リュート、変な感じって何だよ?」
「何か魔力を消費しているような。ただ振っているだけなんだけど……」
「本当か? ちょっとホルンにでも鑑定を頼もうかな。魔槍の基本は持ち主の持っている属性の魔法を放つ武器なんだが、まれにそれとは別の効果を付与された危険物が混じっていることがあるんだ」
ゲインさんはそう言うと考え込むように口元へ手を持っていった。
「付与なら危険じゃないだろ? 見せてもらった剣だって使い易かったぜ?」
「ノヴァはまだまだだねぇ。何が付与されているか分からないなら危険物だよ。戦う意思を示した時に、周りのすべてを攻撃する魔法なんて付与されてたらどうするんだい?」
「そんなのあるのかよ」
「魔剣って言って魔法が付与されたものとは別に、マイナス効果の付いた剣があるんだよ。呪いって言ってもいいかもね」
「そういう武器ってどうしてできたんでしょう?」
どこにもメリットは無さそうに思えるけど。
「さてね。だけど、存在するということは知っておいた方がいいね。新品で変に安かったり、中古でも捨て値の良さそうな剣は疑うことだよ」
「それって剣だけなんですか?」
「いんや、剣には多いけどね。多分、使う人間が一番多いからだろうね」
「横道にそれたが、リュート。本当に使っていて変な感じはないか?」
「う~ん、言った通りの違和感以外はないんですけどね……」
リュート返事は歯切れが悪い。きっと感覚的なことだからだろう。
「アスカもちょっと試すかい。魔法に反応するなら、リュートと同じ属性の風か魔力そのものに反応してるのかもしれないよ」
「そうですね。ちょっと貸してみてリュート」
リュートから魔槍を受け取った私は早速、槍を振り回してみる。でも、私にはちょっと重いかな。この重さだと使いこなせそうにない。
「特に何かを感じるようなことはないですね……っと」
振ってみると急に身体から力が抜ける感じがした。感覚で言うと細工で疲れた時に近いかな?
「どうしたんだい、アスカ?」
「一回ちょっと奥へ行って、一人でやってみていいですか?」
「ああ……」
さっきの感覚が気になったので店の奥を使わせてもらう。
「ステータス!」
MP:894/1350
まあ、全快してないのは知ってたけど、これが今の数値か。
「はっ、やっ!」
もう一度槍を振り回す。何度か振って構え直すと、再びあの感覚に襲われる。
「今だ、ステータス!」
MP:844/1350
「嘘……MP50も持って行かれたの?」
ただ、効果は発揮したはずなので、槍を振ってみた。あれ? なんだかさっきより軽く、簡単に扱える気がする。
「この槍ってひょっとしてMPを吸って、持ち主に合わせてくれるんだろうか?」
よく見ると長さもちょっと縮んでいる気がする。私には長いし重いと思っていたけど、どういう仕組みなんだろう? そのまま、ちょっと考えているとまた槍が重くなった。
「元に戻った。とりあえず報告しよう」
それらしいことが分かったので、一度みんなの元へと戻る。
「どうだった?」
「う~ん、MPを50使って持ち主に長さとか重さを合わせてくれるみたいですね」
「ご、50か……あたしには関係ないね」
魔力の低いジャネットさんはすぐさま苦い顔をした。他の剣や魔道具でMPの管理がいっぱいいっぱいなのだろう。
「僕でも二回だけだし、他に魔法を使ったら一回きりだね」
「それだけじゃないな。聞く限りだと勝手に発動するんだろ? それはどのくらい持つんだ?」
「分かりません。ただ、ぼーっとしてたら効果は切れてました」
「長ければ戦闘意思の続く限り、短ければ一,二分てとこか。厄介な武器だねぇ」
前者ならまだ使えそうだけど、後者ならリュートには難しいかも。戦闘を一度するたびにマジックポーションを飲んでなんていられないしね。
「……」
「どうしたんだリュート。何か気になるのか?」
「確かにアスカの言う通り、すごく手に馴染んだって思って」
「そうなんだ。私は重いし長いしでMPを消費するまではちょっと使いにくかったかな?」
特に重量が問題だ。杖代わりにするにも重いし、使うことはないかなぁ。
「まあ、体格とかも違うしリュートには合ったんだろうさ。だけど、買うとなれば違うよ。手に馴染もうが何だろうが使いこなせなきゃ意味がないからね。もし使うなら、MPが節約できることが大前提な戦い方を身につけないとね」
「そうだよな。戦闘意思がなければって感じでも戦闘ごとに消費するんだろ」
「おお、ノヴァのくせに鋭いな! だが、そういうことにも目が行かないといけないな」
「制御とかストックできればいいんだけどねぇ」
「ストック……大量に一度に魔力を吸えば、吸わなくなったりしませんかね」
何かそんな武器の話を読んだことがあったような……。吸い続けるだったかな? それとも壊し方だっけ?
「そりゃいい、アスカ。一度挑戦してみたらどうだい。どうせしばらくは冒険もしないんだろ?」
「まあ、次の予定までは三日ありますけど……」
「ちょっと試してもらえるアスカ。実際に出来たら冒険へ行かない日に貯められて使い易いと思うんだ」
「まあ、多少はだがな」
「分かった。リュートの為だしね」
再び槍を掴んだ私は魔力を込めていく。
《キュィィイィィィィィ》
機械音のような甲高い音とともに、槍が私のMPを吸っていく。
「まだまだ!」
「頑張ってアスカ」
《キュィィイィィィィィ》
魔槍の勢いは止まらない。
「いいよ。今あるMP全部あげてでも君を止めて見せるよ!」
もう私のMPは半分以下だろう。だけど、ここまで来て止めるわけにはいかない。リュートの運命を変える出会いかもしれないんだから。
「お、おい、アスカは大丈夫なのか? まだ、Dランクだろ」
「本人が大丈夫だって言ってるうちはまだ大丈夫さ。ただ、安心してもいられないみたいだけどね」
「俺の目にはゆうにCランクの基準を超えているように見えるんだが……」
「あたしにもそう見えるねぇ」
「アスカ大丈夫!? もういいよ」
「だ、だめだよ、リュート。大事な大事な出会いだったらどうするの?」
「でも……」
「じゃあ、ちょっとだけ手を貸して」
「こ、こう」
私はリュートの手を取り、一緒に魔槍を掴む。一人じゃ無理でもきっと二人なら出来ると信じて。
「こうすれば、二人分の力だよ。きっと大丈夫だから」
「わ、分かった!」
《キュィィイィ》
魔槍も疲れてきたのかさっきより吸い取る力は緩くなってきている。このまま行けるかな? 私の残りMPは200あるかどうかだろう。
「アスカ、いけそうかい?」
「分かりません。でもやってみます!」
《キュィィイィ》
くっ、このままじゃ少し足りないかも……そうだ!
「私が飲んだ後、リュートもこれ飲んで」
私はマジックバッグからマジックポーションを取り出して飲む。うえぇぇ不味い。
「リュートも!」
「あ、え」
「ほら、早く!」
「う、うん」
時間がないのでリュートにも急かして飲ませる。こうしてMPを回復すれば、もう少しこっちは頑張れる。ここで負けてなるものか!
《キュイィィ》
どんどん魔槍の吸収する力は弱くなってきている。このままならいける。
「頑張るよリュート!」
「うん!」
二人で力を合わせて最後まで魔槍に立ち向かう。もう少しだけ、ここが踏ん張りどころだ!
「いっけー!」
《キュイィ》
最後の魔力の吸収なのか、その音を最後に魔槍は魔力の吸収をやめた。
「ふう、危なかったね」
「全く、思った以上にアスカは無茶するんだから」
「全くだよ。あたしがいない時はリュートがしっかり見といてやりなよ」
「はい」
「にしてもアスカはすごい魔力だな。吸い取られたMPからしてもかなりの実力だろう?」
「ゲイン! このことを広めたら……」
「ジャネット、分かってる。そういえばアスカが普段使ってる杖ってどんなのだ? 俺はまだ見たことなかったな」
「あれ、そうでしたっけ? 今度持ってきますね」
ゲインさんに言われるまで気づかなかったけど、私の武器は杖と弓だから、武器屋でお世話になるとしたら弦の張り直しと、矢の補充ぐらいなんだよね。だから、杖を持っていったことはなかったんだ。
「ああ、一度見てみたい」
「それよりお前ら大丈夫かよ」
「え、うん。僕は大丈夫だよ。アスカは?」
「何ともないと言いたいけど……ちょっとだるいかな?」
「まあ、あれだけ派手にMPを吸われて、マジックポーションまで使ったからねぇ。ほらこっちに来な」
私はジャネットさんに身をゆだねる感じでもたれかかる。
「気持ちいい……」
「全く、最近は調子の狂うことばかりだね」




