お買い物
バルドーさんと別れて、しばらくごろごろする。時間としても中途半端だし、ミネルと遊んであげないとね。忙しい時には遊んであげられないし。
「ん~、そろそろお昼かな?」
時間は十三時を少し過ぎたくらい。この時間なら食堂も少し落ち着いているし、いい頃合いだろう。
「ミネル、ちょっとお昼食べてくるね。あなたの分はこれね」
《チチッ》
前とは違ってお肉を与える。魚とかも加えて栄養バランスの良いローテーションを作っていきたい。
「お疲れ様です、エステルさん。お昼もらえますか?」
「アスカ。今日はBでいいのよね?」
「はい」
食事が運ばれてきて美味しくいただく。エステルさんは顔を見るとその人が何を食べたいのか、なんとなく分かるそうだ。これに関してはエレンちゃんがなんで分かるのかと以前問い詰めていた。でも、これといった理由はないそうで、教えてもらえず残念がっていた。
「そう言えばバルドーさんには会えたの?」
食事もほとんど終わりかけで自身もお昼になったエステルさんが話しかけてきた。
「はい、無事に作っていた分も渡せました。ありがとうございます」
「いいわよ。それにしてもアスカは細工師としても頑張ってるわよね。何か新作の予定はないの?」
「今回、町の東側の危険度アップで時間ができるので、売り出す数や種類自体は増やせそうなんです。ただ、数をどのぐらい作るか悩んでまして……。やっぱり売れないのは怖いので十個ずつぐらいにしたいんです」
「なるほどね。出す数を増やせば残る数も増えるってわけね。じゃあ、型だけ作っておいたら? それか、絵だけ店頭にでも置いてもらって、どれがいいか選んでもらうの。その中で人気の物だけを作ればいいんじゃない?」
「そうですよねやっぱり……」
エステルさんの言いたいことは分かる。ある程度安く作るなら、種類を限定した方が作るのも売るのも楽だからだ。
「それじゃダメなの?」
「駄目ってことではないんですけど、やっぱり希望する人が少ない物を人気がないから作らないなら、最初から自分で作りたいものだけって思っちゃうんですよね」
「う〜ん。作り手なりの悩みってわけね」
「つまらないことだとは思うんですけど」
「あら、つまらなくはないわよ? 料理屋だって人気のメニューだけを並べれば店が繁盛するって言うのと同じよ。実際には来る人のことを考えるのが大事なんだから」
「…ですよね!もう一度考えてみます」
「アスカならできるわよ」
エステルさんに励ましてもらってやる気が出てきた。すぐにでも部屋に戻って細工を頑張ろう!
「期待に応えられるように頑張ります!」
「まあ、まずは残ってるお昼ご飯を食べなさいよ」
「あっ、はい」
勢いよく立ち上がろうとした腰を再度椅子に戻す。残すのはよくないもんね。それから食事を終えた私は再度植物図鑑を確認して、もう一度作りたいかどうかで眺める。何度か見直して、ちょっと特徴的な花の細工を作ってみたいと思った。
「これだと髪飾りはちょっと難しそう。ボタンにも大きすぎるしブローチがいいかな?」
新しく作るのはグルージャという花のブローチに決まり、何種類かの案を描いた。花は小さい花が集まっていて葉はハート形だ。
ただ、ブローチにするにはちょっと葉が大きすぎるから、デザイン的には少し小さくしてバランスを取る。ちょっと実物とは異なるけど、個体差ということで見てもらえたらなと思う。
「みんなに気に入ってもらえるといいなぁ」
こうして私は低価格帯商品の新作をデザインした。とはいえ今回は花の部分が結構細かいから以前と同じ価格というのは難しい。
「いっそのこと価格もちょっと背伸びをしたものにしようかな? 前のは見かけてすぐ買えるもの、今度は頑張って貯めて買う感じでね」
今度作る予定の物はまた安めのものにするからそうしよう。価格帯も決まったので、葉の部分には緑色の宝石クズを固めたものや、魔石の品質の悪いものを使って色を表現する形を取る。
代わりに白い花の部分は白色の宝石自体が希少のため、鉄のままだ。これで売価は大銅貨一枚と銅貨五枚から大銅貨二枚ぐらいまでにできるかな?
「なんにせよデザインは決まったし、後は作っていくだけだね」
これから早速、原型作りだと思っていたところドアがノックされた。
「は~い」
「アスカ、ノヴァたちが来たわ」
「分かりました。ありがとうございます、エステルさん」
エステルさんにお礼を言って私はジャネットさんの部屋へ向かう。今、鳥の巣だと私とジャネットさんが固定客だ。他のパーティーも滞在しているけど、護衛依頼にも行くのでその都度、数日は引き払っている。
「ジャネットさんいます~?」
「ん、なんだい?」
「ノヴァたちが来たみたいなんです」
「ああ、準備してすぐ行くよ」
ジャネットさんは二分で準備をして出てきた。しかも、食堂で話すだけなのに、剣士の格好だ。
「別に服を着替えてまで出て来なくてもよかったんじゃないですか?」
「こういうのは心構えだよ。部屋を一歩出れば冒険者というのがあたしの信条なんでね」
「へ~、そうなんですね」
「まあ、アスカには難しいかもね」
「私にだってできますよ!」
週の半分は細工や宿の手伝いをしているからって言っても、私だって立派な冒険者なのだ。
「いや、アスカが書店に行く時の格好なんか普通の街娘だよ。アスカにはこういうのは向いてないと思うけどね」
「でも、冒険者なんだからしっかりしないと……」
「冒険者ったって色んな奴がいるんだから、アスカはそのままでいいよ。逆にアスカがあたしの真似したらみんな変なものでも食べたんじゃないかって心配するよ?」
「う~ん、そうなのかな?」
「そうそう。だから、無理はしないでおきな」
「は~い」
冒険者の心構えについて二人で話した後、私たちは食堂に向かった。
「アスカ、こっち」
食堂に下りるとリュートが手を挙げて私たちに場所を教えてくれた。
「二人ともお待たせ」
「ああ、それは良いんだけどよ……」
じーっとノヴァがジャネットさんを見る。
「なんだい? あたしの顔になんかついてるかい」
「いや、ジャネットは何でいるんだ?」
「おいおい、同じパーティーメンバーだろ? 冷たいねぇ」
「そう言えばそうか」
「ノヴァ……」
う〜ん、ノヴァは普段から体育会系のところにいるし、一緒だと緊張しちゃうのかな?
「そう言えばノヴァは剣を見に行きたいって言ってたよね。今日、一緒に見てもらったら?」
「へぇ~、もう今の剣じゃダメなのかい?」
「駄目ってことはないんだけどな。扱いづらくなってきたんだ」
「なら、先に買い物に行こうか?」
「いいのか?」
「まあ、話す内容もあまり決まってないし、いいんじゃない?」
「そうだね。それじゃあ、武器屋に行こう!」
まずは冒険者の必須品ということで、みんなで武器屋へ行くことになった。私も冒険者の姿に着替えようかなと思ったけど、さっきのジャネットさんの言葉を受けて、そのまま街娘のような格好で武器屋へ向かった。
「ごめんくださ~い」
「あん、なんだお前? ってアスカか。相変わらずな格好だな」
「ゲインさんも私の格好は変だと思ってたんですね」
「いや、変も何もおかしいだろ? 街娘が矢をくれだなんて」
私たちが向かったのは冒険者ショップの近くにある、ブレイドという武器屋だ。ここの店長のゲインさんとは顔なじみなので聞きやすくて良かった。
「アスカもよく来てたのか?」
「うん、弓はともかく矢は消耗品だからね。時々来てたんだ」
「じゃあ、紹介もいらないし、早いとこ見るとしようか」
ジャネットさんの言葉で私とリュートは自分の興味のある方へ少し動く。メインはノヴァだからね。
「今日はどいつの武器を見るんだ?」
「俺だよ」
「なんだノヴァか」
「何で俺だとなんだ、なんだよ!」
「お前が買うならこの鉄の剣ぐらいだろう?」
「バカにすんなよおっさん、今日はだな……どれにするんだっけ?」
下見をせずに店に来たことを思い出したノヴァが、くるりと首をジャネットさんの方へ向けて尋ねる。
「はあ、とりあえず今の剣を貸して見な」
「お、おう」
「ジャネットも来たと思ったら付き添いか。ご苦労なこった」
「まあ、最近の状況は聞いてるんだろ? これも務めってやつかねぇ」
ジャネットさんはノヴァから受け取った剣を軽く店内で振り回す。
「ちょっと欠けてるし、手入れの状態が悪いね。こりゃ、手入れ道具も一緒に買わないといけないね。ノヴァ、この剣は持つと長いかい?」
「長いというかしっくりこないんだよな。もう少し力を込められるのにって感じだ」
「あ~、安物だから握りのところも作りが悪いんだね。まあ、この価格帯の物なら仕方ないか」
「これでも、値段からしたらまともな方だぞ。前に売ったやつはそれはひどいものだったからな」
ノヴァの違和感に対して、安物と言うジャネットさんに値段相応だというゲインさん。言っていることは違うけど、二人とも良い剣ではないというところは一致している。
「あれは折れたぜ。もうちょっとましなものをくれよな!」
「値段に見合ったものだったと思うがな。それが嫌ならもっといい物を買えるように努力する事だ」
「ちぇ~」
二人の会話中にジャネットさんは三本の剣を選び出した。
「大体これぐらいかね。これが、武器用の銀合金製じゃノーマルだよ。あたしのよりは少し短いけど、使いやすいよ。次のは銀でも少し大きくて長い大振りなやつだね。あんたが扱うには今じゃちょっと力が足りないかもね。最後のは銀合金でも、強化魔法がついてる。剣自体は最初のものと同じだけど、反応アップの魔法が込められていて、より使いやすくなってるね。多分、今のノヴァならこれのどれかだねぇ」
「へぇ~、そんなにすぐわかるもんなのか! ありがとうジャネット!」
「あ、いや。実際、手に取って確認してみな」
「おう!」
照れているジャネットさんには気付かずに剣を手に取るノヴァ。一本目から手に取っては利き手を替えるを繰り返している。
「ノヴァ、どう?」
「なんだかどれも良すぎて迷う。握っただけでも作りが違うし、振った感じも安定してる。振るだけなら三番目の剣はすげーよ」
「まあ、それは魔法も付いているからな。ただ、他の剣には別の魔法を付与することもできる」
「ほんとか!」
「ただし! 依頼料もかかるしその魔法自体が助けになるかは、その時のお前次第だから個別にやると高くはなるぞ」
「う~ん、ならな~」
剣だけ買って後で付与してもらおうというノヴァの考えは早々に打ち砕かれた。それにしても付与済みのほうが安いんだ。私も覚えておこう。
これで決まりかと思いきや、まだノヴァは悩んでいるようだ。どうしたんだろう?
「何を悩んでるのノヴァ?」
「アスカ。いや、この一番目と三番目の剣なんだけど、重さはちょうどなんだけど、なんていうか持ってる感じが薄いというかあんまり振ってる気がしねえんだ」
「重量が足りないってこと?」
「ああ。剣って持ち歩く時も重たいからさ、そういう意味ではいいと思うんだけど、抜いた時に合わせるとどうなんだって思って……」
「どうなんですかジャネットさん?」
私は剣を持ったことがないので、ここはジャネットさんに意見をもらう。
「アスカだって弓を持ち歩かないのは重たいのもあるだろう?」
「まあ、確かに」
「それはある意味当たり前なんだけど、それはアスカが魔法使いだからなんだよ。どうしてもあたしたちみたいな前衛の人間は、武器を持っているっていう安心感みたいなものを欲するのさ。軽い方が行き帰りには便利だけど、自分で納得できないなら重たい方の剣がいいかもね」
「そうだよな! 俺だってまだまだ成長途中だし、大きくなるなら力も強くなるからこっちにするぜ」
結局、ノヴァが選んだのは一番大振りの剣だった。
「一応売りはするが、剣が良くなったからお前が強くなったって勘違いするなよ。金貨七枚だ」
「分かってるよ……ってたけぇ。ジャネットの話だと金貨五枚ぐらいじゃなかったのかよ?」
「でかい剣ほどバランスや重心位置、つばや握りの感触・切れ味など様々なことが難しくなるんだ。材料費にしてもそうだ。これでも頑張って売っている方なんだがな」
ノヴァの指摘に買わないなら奥にでも引っ込むかという感じでゲインさんが答える。
「分かった。いいよその値段で」
「新しい剣が手に入って良かったね、ノヴァ」
「ああ」
こうしてノヴァの新しい剣が決まったのだった。