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さよならは言わないよ

「出来た~!」


 途中休憩も取りながら、ようやく四体の像が完成した。時刻はもう二十一時半ぐらいだろうか?


「思ったよりかかっちゃったけど、これできちんとした餞別(せんべつ)になるかなぁ」


 思えばバルドーさんにも冒険者として色々なことを教えてもらったな。最初に出会ったのはシーツ交換の時だったけど。


「冒険者の心構えとか他にも色々教えてくれたし、宿に来て初めての差し入れもバルドーさんからだったなぁ」


 これまでのことを思い出す。また出会えるかもしれないけど、いったんはお別れだ。そう思うと寂しさがこみあげてくる。


「こんなことで私、この町を離れる時は大丈夫なんだろうか?」


 ふとそんなことを考えたものの、きっとその頃には立派な冒険者になって出会いにも別れにも慣れているだろう。


「そうと決まれば今日はもう寝よう。あっ、お風呂入ってなかった!」


 慌てて食堂へ行き、まだ入れるかどうか確認する。自分で湯を沸かせば大丈夫とのことだったのでお湯を用意して入る。


「ふい~、間に合ったぁ。毎日入れるわけじゃないし、こういう機会を逃さないようにしないとね。一応、明日は人と出会うわけだし」


 相手がノヴァやリュートだったとしてもだ。こういう意識が他の人と会う時に気を抜かなくなるんだと思う。


「な~んてね」


 どうせ最後だし、ざばぁ~とお湯をかき出しながらゆったり入る。こういう時は小さい体もいいかもしれない。


「だって湯船がちょっと小さくても問題なく浸かれるし。でも、この身体ってアラシェル様にちょっと似てるし、きっと将来は身長も伸びるよね……」


 アラシェル様の身長は百七十センチを超えていたように思う。その姿に似た私はきっと同じぐらいに成長するだろう。


「私が成長した時のことを考えて、今から大きい個人風呂の良さを広めて回らないと」


 何時頃から身長が伸び始めるか分からないけど、それまでには一回くらい世界を回れるといいなぁ。でも、それなら一回目は十五歳ぐらいには出発しないと無理そうだ。焦りたくもないけどそんなに余裕もあるんだろうか?


「とりあえず今は三か月で収入が金貨三十枚ぐらいだから、後九ヶ月はここにいるんだよね。そうなると十四歳で出発か。それなら間に合うかも! 大きいお風呂の気持ちよさを広めないと」


 出発する前には疲労回復効果の魔石を集めないとね。これをお風呂に設置すれば、お風呂の効果も上がった上で汗臭さも消え、さっぱりした感じも味わえるという宣伝も必要だろう。

 ただ疲労回復の魔石も金貨三枚ぐらいしたし、普通の宿だと使いにくいのがネックだ。滞在者に魔力を込めてもらうのも、個人で値段が変わるだろうし安定した供給ができないだろうなぁ。


「う~ん、魔力を込めた石でも使えれば行けそうだけど、使い捨ての魔石は結局コストが……」


 なにせ、ここのお風呂も一人ずつ入るだけで、大風呂に行く人もいる。今は安いから利用してくれる感じもあるし、大風呂より値段が高くなったらと思うとなかなか難しい問題だ。


「考えても今は仕方ないし、ゆっくりしよう」


 それからしばらく浸かってお風呂から上がる。


「やっぱりお風呂は何時入ってもいいなぁ。さて、今日もお休みの時間だ。アラシェル様、今日も無事過ごせました」


 私はアラシェル様に祈りを捧げるとベッドへ入る。


「ミネルもお休み」


《チィ》


 もう眠いのか小さく返事をするミネル。この子の生活にも今後は少し合わせてあげないとね。



《チチィ》


「おはようミネル」


 ミネルの声で目を覚ます。外を見るといつもと同じぐらいの時間だ。主人の目覚ましをしてくれるなんていい子だ。

 なんて最初は思ったけど、ご飯台をバンバンと叩いている。お腹空いたんだね。


「これとか食べるかな?」


 昨日売ろうと思っていたリラ草が二枚ほど残っていたので、細かく刻んで出してみる。雑食って言ってたし、肉ばかりも体に悪いしね。


《チッ》


 昨日と同様に少し警戒しながら、恐る恐るといった感じで食べだした。昨日ほどの食いつきはないからそこまで美味しくはないんだろうけど、文句を言わずに食べている。でも、なんだか食べるごとにちょっと元気になっているような……。


「もしかしてポーションの原料だから、元気になる効果とかもあるのかな?」


 栄養剤的なものなのだろうか? 鳥の体だと摂取量が多くなり過ぎないかな? とりあえず私はメモ帳を取り出し、薬草や栄養価の高いものはやり過ぎに注意と書いておく。小鳥の本が手に入るまではこうして書き留めながらやっていかないと危ないかも。


「さて、私は下でご飯食べてくるけど、いい子にしててね」


《チチッ》


 朝ご飯を食べに食堂に向かう。ノヴァたちは昼に来るだろうから、これまでに作った細工は午前中にバルドーさんへ渡してしまおう。


「おはようございます。ミーシャさん、エステルさん」


「おはようアスカ」


「おはようアスカちゃん。今日は時間通りね」


「ミネルが起こしてくれたんです。賢くていい子なんですよ」


「あら、アスカったらまるでお母さんみたいね」


「さすがにこの歳でちょっとそれは……」


「ふふっ。でもね、孤児院でも年長の子たちの中にはそうやって接する子もいるのよ。お姉さんぶりたいんでしょうね」


「エステルちゃんもそんな時期が?」


「私はありません。そういうの向いてないですから」


「でもエステルさんってしっかりしてるから、みんなは思ってたかもしれませんね」


 こうして話していても年齢以上にしっかりしていると感じるし、孤児院の子たちも心の中では思ってたんじゃないかな?


「どうかな? 口うるさいおばさんぐらいじゃない」


「また~」


「それより朝ご飯でしょ。昨日はちゃんと食べれてないから、せっかくの煮込みスープを食べなさいよ」


 エステルさんが持ってきてくれたのはオークアーチャー肉の入ったスープだった。それも普段の塩中心の味付けじゃなくてコンソメ風の味付けになってる。


「うわぁ~、すご~い」


「昨日はまだ体調が悪そうだったから、今日の朝に合わせて主人が作ったのよ」


「さすが、ライギルさんですね。いただきます」


 美味しい朝食をいただいていく。パンが美味しくなってからそっちにばかり目が行ってたけど、ガーダー肉といいこのアーチャー肉といい、まだまだ私の知らない食材がいっぱいだ。


「ん~、美味しかったぁ~。あっ、そう言えばバルドーさん見ませんでした?」


「このところちょっと忙しそうにしてたからどうかしら。今日はまだ見てないわね。エステルちゃんは見た?」


「最近はいつも二の音の時間までは寝てるみたいですよ。その代わり、帰りが遅いみたいですね。私が帰る時でも滅多に会いませんし」


「じゃあ、この町を離れるから知り合いと飲み明かしていたりするのかしら?」


なるほど。バルドーさんは顔も広いから毎日違う人と飲んでいるのかもしれない。


「それならその時間まではゆっくりしてます」


「あら、バルドーさんに何か用事なの?」


「はい。像の作成の依頼があって、昨日までにできた分を引き渡したかったんです」


「それはお疲れ様ね。じゃあ、食堂に来たら伝えておくわね」


「お願いします。ついでにといっては何なんですけど、ノヴァやリュートが来たら教えてもらってもいいですか? 多分午後に来ると思うんですけど……」


「今日も依頼を受けに行くの? 東側は危ないって聞いたけど」


 エステルさんたち町の人にもこの前のことは知れ渡ってるんだ。こういう情報が広まるのは早いんだな。


「今日は打ち合わせだけです。ギルドマスターからも週に一度って言われてるので」


「安心したわ。二人が来たら伝えるわね」


 エステルさんに連絡を頼むと、私は部屋に戻ってミネルと遊んだ。


「ミネルこっちの指に止まってごらん。……よくできたね。じゃあ次はこっちだよ」


《チィ!》


 ミネルと一緒にしばらく遊んでいるとドアがノックされた。


「は~い!」


「俺だ」


「バルドーさんですね。ちょっと待っててください」


 ドアを開けてバルドーさんを招き入れる。


《チチッ》


「危ない人じゃないから大丈夫だよ、ミネル~」


「おう、本当にヴィルン鳥を飼ってるんだな」


「つい最近ですけどね」


「いい土産話もできたな。ちょっとお前の自画像でも描いてくれよ。話のタネになりそうだから」


「さすがに自分の絵はちょっと……」


描いたことがないわけじゃないけど、それは前世での話だし今の自分を描くのは困る。アラシェル様に似ているから手は抜けないし、かと言って美人過ぎても自意識過剰になるのだ。


「そうか残念だな。そう言えば別の神様の像も作ってるんだって?」


「アラシェル様って言うんですけど、誰から聞いたんです?」


「みんな噂してるぞ。貴族向けの遊び心のあるアクセサリーや、子供や貧民でも買えるようなアクセサリーがゴルドンの店で扱われ始めたってな」


「ゴルドン?」


「なんだお前、自分が世話になってる店の細工師の名前も知らんのか?」


 あのおじさんゴルドンさんって言うんだ。いつもお世話になってるし、ちゃんと覚えておこう。


「自画像を描いてくれないならついでにその像も売ってくれよ」


「いいですけどあんまり数もないですし、こっちで売る分もありますからちょっとだけですよ?」


「じゃあ、ちょっと見せてくれ」


 バルドーさんが興味を持ってくれたので、私はアラシェル様の三種類の像を、テーブルへと置く。


「ふむ、思っていたよりずいぶんいい出来だな。よし一種類ずつ貰おう。あまり多くても、俺が荷物を持ち切れないからな」


「荷物といえば依頼されていた銅像、十体追加しましたよ」


「おっ、すまないな。話は変わるがオーガ退治で大変だったんだろ? ジャネットからも聞いたぜ」


「そうですね。かなり大変でした」


「だが、ルーキーを助けたってのは良いことだ。自分の命が助かってる間はな」


「私もルーキーなんですが……」


 何ならワールウィンドの人たちより私の方が新米だと思うのだけど。


「そんな事を言ってもアスカの場合は、もう誰も信用してくれないからな。ほら、報酬だ。一体当たり銀貨五枚だから合わせて金貨五枚だな。それとアラシェル様の像が三体で銀貨三枚だ。流石にこっちは知名度がないからこれが限界だ。」


「どっちも高過ぎじゃないですか?」


「まあ、餞別(せんべつ)代りだ。それに神像ってのは売り手も買い手も神経質になりやすいんだ。これだけの物をパッと作ってくれる知り合いとは長く付き合いたいからな」


 餞別かぁ。本当にもう国へ帰っちゃうんだな。


「バルドーさん、いつ出発なんですか?」


「明日か明後日の夜明けだな。ちょっと暗がりの方が効率よく進めるし、行程表からもその時間が一番なんだ」


「さみしくなりますね。戻ってくるんですか?」


「どうかな? 俺も結構いい歳だし、向こうでゆったり暮らすかもな。だが……」


 一度バルドーさんは言葉を区切って再び口を開いた。


「これだけの品質の神像ならあっと言う間に売り切れちまうだろうから、一度は必ずこっちに戻ってくる」


「じゃあ、約束ですよ」


「ああ」


 私は依頼料をもらい、バルドーさんと別れた。元々宿で会うこと自体まれだったから、次に会う時は私が旅に出ていて、もっと時間が経った後かもしれない。だけど、また来るって言ってたよね?


「だから、さよならは言いませんからね」


《チチッ》



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