再会
ギルド職員と衛兵たちがやってきたのはそれから十分も経とうとしていた時だった。話を聞くと、もしもの時のために各種装備を整えていて時間がかかったらしい。
「すまん、遅くなった」
「ジュールさんに隊長さん!」
一緒に来たのはギルドマスターのジュールさんと以前、門番の人と話していた隊長さんだった。
「遅かったね」
ジュールさんの姿が見えるとジャネットさんも一声かける。でも相手はギルドマスターなのにあんなこと言って良いのかなぁ。
「悪かった。最近外に出ることがなかったもんで、武器を取りに行ってたんだ。これからは持ち歩くようにする」
「頼んだよ。あんたはまだ現役なんだから」
「それで現状は?」
「ああ、何とかアスカたちがオーガとオークを数体倒したところにあたしが来て、協力して残りの奴を倒したんだ」
みんなが到着する前に考えていた説明をジャネットさんがしてくれる。
「そこのオーガの上位種やオークの変異種もか?」
「ああ~、オークはアスカたちだよ。オーガの上位種はあたしだけど」
「しかし、お前の剣じゃ切れないだろ?」
「あのねぇ、ジュールさん。あたしだって一人で依頼を受けることが多くなってるんだ。安全を確保するために大枚はたいて、こういう時のための剣の一本ぐらい持ってるよ」
「それは悪かった」
冒険者だからか、ジャネットさんとジュールさんはフランクに話している。会話の内容はちょっと物騒だけど。
「それより、お二人ともどうしてこちらに?」
てっきり門番さんたちが来ると思っていたので尋ねてみる。
「冒険者の報告が真実なら大問題で、さらに増援が来た場合は町全体の安全に関わるからな。これほどの魔物がアルバ近辺に現れたことはない。我が守備隊でも対応できるものはいるが、ほとんどの者は対応不可能だ」
「ギルドの方もそうだな。Cランクの冒険者で年中こいつらを倒せるやつはあまりいないだろう。今ならジャネットと他数名、補助という意味ではアスカぐらいだな。バルドーも倒せるが国に帰るというし、Bランクも数名いるにはいるが、王都と交易している都市の護衛依頼を多く受けている」
ジュールさんの話だと強い魔物がいないアルバを本拠地にしているBランクの人自体、少ないということだ。じゃあ、本当に私たち危なかったんだなぁ。
「我々衛兵の方でも防衛戦力を領主様より回してもらえるよう手配しよう。ギルドの方は東側に未熟なものをできる限り入れないように通達を頼む」
「そうする。少なくとも二週間はDランク未満の立ち入りは禁止だな」
「俺たちもかよ!」
「お前らは……パーティーランクはどのくらいだ?」
「フロートは今Dランクです」
「う~ん、アスカやジャネットがいれば何とか、いやしかし……」
ノヴァの言葉にどうにかできないか考えてくれるジュールさん。危険なこともあるかもしれないけど、一律立ち入り禁止だけは何とかならないかな?
「別に許可してもいいんじゃないかい? ランクだなんだって過剰に縛るようなら結局、誰も行けなくなっちまうよ。そこは自己責任だろ」
「……そうだな。だが、決して無理はするなよ。今日もジャネットのようなBランクに近いCランクの冒険者が来なければ壊滅していたかもしれんだろう」
「はい!」
私たちは元気に挨拶をして、その場を収めた。実際にオーガ上位種との戦いでは、私も一人で勝てたか判らなかったし、今のノヴァやリュートでは危険すぎる。だけど、東側に行くことさえできないと日々の稼ぎが大きく減ってしまう。
「だが、無制限に依頼を認める訳にもいかんな。東側に行くならお前たちは週に一度だ」
結局、私たちが東側で受けられる依頼の頻度は三日に一度から週に一度へ変更となった。代わりに西側へ行ってもいいんだけど、他にも仕事がある私たちまであっちで採取をしては、東側へ行けなくなった人の生活が破綻してしまう。こういう時はお互い助け合わなきゃね。
「じゃあ、今からは調書を取るぞ。戦いの状況とかまでは詳しく聞かないが、基本的には通報してきた冒険者たちの声を聴いてやってきたというわけだな」
「そうですね。だから私たちもこのオーガたちがどこからやって来たかは分からないんです」
「そっちは俺の方できっちり調べる。他に変わったことはないか?」
「変わったこととは違うかもしれないんですが……」
リュートが午前中のことを話し始める。確かに午前中のゴブリン対オークも今までこの辺ではあまり見かけたことのない流れだ。もちろん他の地域では日常茶飯事なのかもしれないけど。
「それは本当か!? 守備隊も見廻りで外に出るが、そういった報告はほぼ聞かない。それがこの時期にあったということは……」
「生息域変化が現実になりそうだな。すぐにこっちもギルド間で連絡を取る」
「お願いする。守備隊から領主様に言うことができても、実際に配備の変更には変わったという実績が必要になるだろう」
「そんな……」
領主様へ陳情を上げてもすぐに対応できないだなんて。
「優秀な兵や装備はそれだけで費用が掛かる。こればかりは我々ではどうしようもないのだ」
「まあ、ここでこれ以上議論していてもしょうがないさ。それより素材の価値も落ちちまうからあたしらは撤収してもいいかい?」
「そうだな。時間を取らせて悪かった。ただ、報告書をすぐにまとめないといけなくてな。こいつらを埋めるのだけやってもらっていいか?」
「分かりました。来てもらってありがとうございました」
こうして私たちはジュールさんや隊長さんと別れた。報告書の作成は急務らしく、二人は早足で帰っていった。入れ替わりに見回りの兵士さんたちが来るらしい。
「あたしらも帰ろうかね」
「じゃあ、その前に埋めちゃいますね」
私は魔物を埋めようと魔法を使う。すると、いきなりボンッっという音とともに地面には大きな穴が開いた。
「わっ!? なんだ?」
「アスカ、あんた……」
「へへっ、今は力を抑えてないこと忘れてました」
私はまだ能力を解放した状態だったため、思ったより威力が強くなってしまったのだ。このままだと加減が難しいので、完全隠蔽して能力を抑えてから魔物を埋める。
「これで大丈夫かな? それじゃあ帰りましょう!」
みんなに声をかけて帰ろうとする私のもとに、一羽のヴィルン鳥が飛んできた。
《チチッ》
「うん、どうしたの?」
お礼のつもりなのだろうか? ヴィルン鳥はくるくる私の頭上を回っている。
「まあ、祝福をしてくれてるのか、巣を守ってくれたお礼のどちらかだろうね」
ジャネットさんの意見に私も納得してギルドへ戻るためにアルバへ帰ったのだけど……。
「ヴィルン鳥まだついてきてるね」
「だな」
「う~ん、どうしよう?」
あれからヴィルン鳥がずっと私たちについて来ている。しかも、ずっと私の頭の周りを回りながら。
「アスカと一緒にいたいんじゃないかい?」
「そうなのかな?」
《チチッ》
私がヴィルン鳥に尋ねると、そうだと言わんばかりに一声鳴いた。
「一緒に来る?」
私がそう言うと初めてヴィルン鳥が肩に乗ってきた。今まで乗らなかったのはずっと私が声をかけるのを待ってたんだね。私はその健気さに感動して頭を軽くなでてあげた。これから一緒に過ごすなら後でご飯とか買ってあげなきゃね。
「ほら、アスカ。行くよ」
「あ、はい」
こうして、もう一人の仲間を得た私たちはギルドへと入っていった。
「ただいま戻りました~」
「ア、アスカちゃん、大丈夫だった? ギルドマスターは大丈夫って言ってたけど……」
「ライラさん。心配してもらってありがとうございます。この通り大丈夫ですよ」
ライラさんを安心させるためにくるりと回ってみせる。
「そう良かったわ。助けを呼びに来た彼らも心配していたわよ」
ライラさんがそう言うと、端のテーブルから何人かやって来た。
「あなたが最近噂になっているアスカさんだったのね。初めましてワールウィンドのシェラよ。こっちがリーダーのマット。さっきは助けてくれてありがとう」
「いいえ、危ない時はお互い様ですよ。メンバーのみなさんは大丈夫でしたか?」
「ええ。怪我をしたメンバーもいたけどみんな無事よ」
「にしてもあの崖の向こう側なんて、無茶したもんだね。あんたら確かEランクだろ?」
ジャネットさんはシェラさんと顔見知りらしく、今回の件について言及した。私たちは知らなかったけど、どうやらあの崖の向こうは危ない区域らしい。
「あ、その……私たちも全員Eランクになりましたし、リーダーと私はもうすぐDランクになるのでちょっとだけ遠くに行ってみようと思って」
「はあ~、よく覚えておきな。Dランクに上がったら何かボーナスがつくわけじゃない。実力自体は同じなんだから無理をするんじゃないよ」
「今回のことでよく分かりました。これからは無茶をしないようにします」
「それがいいよ。まあ、五人もいたんじゃ、生活も苦しいだろうけどね」
「でも、今回は命の危機でした。明日からは無理をせず、採取や街中の依頼も探してみます」
ジャネットさんに返事を返すシェラさんの表情は少しこわばっている。今回のことがよほど身にしみたようだ。
「そうそう、俺たちみたいに大工仕事や宿で働くのもいいぜ! なんてったって、スキルが身につくこともあるしな」
「それ、アスカに言われてたことでしょ」
「バラすなよ、リュート」
ジャネットさんに注意されてちょっと落ち込んでいたシェラさんだったけど、ノヴァたちのやりとりを見て少しだけ笑顔になった。狙ってたんじゃないだろうけど、ナイスだ。
「あっ、さっきちょっと気になったんですけど、シェラさんはどうして私の名前を知ってたんですか?」
「アスカさんはアルバじゃちょっとした有名人ですよ。顔は知りませんでしたけど、ランクは低いけど依頼達成率は百パーセントで、細工の腕も教会が認めるほどだとか。私も作品を見て一つ買っちゃいました」
「え、この前見てたやつ買ったのか?」
「うん」
「あ、どうも……」
いつの間にか名前が広まっているというのは本当だったんだ。変な噂にだけはならないよう気をつけよう。
「それにしても本当に驚いたわ。まだ小さいと聞いていたけど、私の想像より小さいなんて」
「一応これでも十三歳なんですけど……」
「それでも凄いわ。私たちならその時期はまだ剣を振る練習をしていたころだったし」
「そうだな」
「おい! 何を油を売っているんだ。報告書を書き終わったからこっちに来い!」
「はい!」
「じゃあね」
マットさんたちはジュールさんに呼ばれて行ってしまった。これからどこでオーガたちと遭ったかを聞かれるのだろう。
「シェラさんたち行っちゃったね」
「うん」
「なんにせよ、無事でよかったよな」
「全くだねぇ」
「さあ、皆さんは依頼の報告ですよね」
「そうでした! ライラさんお願いします」
こうして私たちは無事に彼女たちと再会することができたのだった。




