女神陳列
あれから部屋に戻ったけど、さすがに今日はもうくたくただ。何とか身体を拭き終えると、お湯を下げてもらってそのままベッドにダイブ。
「アラシェル様、おやすみなさい~」
それだけ言うとすぐに眠ったのだった。
「ふあ~。よく寝た~」
疲れて早い時間から寝た私だったが、起きたのはいつもと同じぐらいだった。
「ふぅ~、本当に昨日は疲れてたんだね。今日はあんまり無理しないよう気を付けないと」
食堂に下りてあいさつを済ませ、朝食を食べる。
「ん~、ミーシャさん。これ昨日のガーダー肉の残りですか?」
「さすがはアスカちゃんね、その通りよ。味はどうかしら?」
「とっても美味しいですよ。スープに肉の脂がほろりと溶けて……」
「そうでしょう。私もいつもは後で残ったメニューを食べるんだけど、今日だけは先に食べちゃったわ」
「分かります。これが朝食なんて贅沢ですよね」
「ええ、エレンには黙っていてね。アスカちゃんの分が最後だって言ってあるから」
「はい」
ミーシャさんもお茶目なところがあるんだな。まあ、この味なら仕方ないよね。食事の後はエステルさんも交えて仕事に入る。実はエステルさんの分もステーキ一枚分だけ残してある。何とか真空パックみたいに空気を抜いて鮮度を保たせていると思うんだけど、早く食べてもらわないとね。
「みんな今日は機嫌いいけど、どうしたの?」
「へへ~、お帰りの際にお教えします!」
「何だかみんなちょっと変ね。私が昨日休みだった時のことだと思うけど、ちょっと気になるわ」
「帰り際には分かるから、エステルちゃんも楽しみにしておいて」
「ミーシャさんまでそういうなら……」
今日は私が掃除とシーツの交換だ。私もちょっとずつ別のことにも挑戦している。宿のためではなくて、前世ではこういった家事全般が苦手だったから、旅先で自分のことは自分でできるよう修業も兼ねている。ライギルさんは花嫁修業だ何て茶化していたけど、私はまだ十三歳なのに。
「でも、そんなことを言っていたら、この世界での結婚は十六歳ぐらいが多いんだって。びっくりしたなぁ」
「何がだ?」
「あっ、バルドーさん。今日は早いですね。交換いいですか?」
独り言を言いながらドアをノックしていたみたいで、部屋からバルドーさんが出てきた。
「ああ、そうそう。前に行ってた出発な、一週間後に決まったから」
「そうなんですね。多分後五体ぐらいはできると思います」
「そうか。あまり無理はしなくていいから体調には気を付けるんだぞ。それとギルドで聞いたんだが、オーガが出たんだってな?」
「情報が早いですね。なんでも上位種になりかけのものだったらしくて倒すのが大変でした」
私はあの時のことを思い出しながら、バルドーさんに伝える。
「……そうか。アスカで大変ならDランクの奴らでは倒すのが難しいだろうな」
「う~ん。そんなでもないと思うんですけど」
確かに魔力は高いけど、他の人だって色々な属性を使えるはずだし。
「いや、ジャネットは腕もいいが目利きも中々だ。あいつが目をかけてるアスカで苦戦するなら、同ランクでは厳しいだろう。俺でもちょいと苦手だな」
「バルドーさんでもですか?」
意外だ。バルドーさんってギルドでも腕がいいって評判なのに。
「あいつらは魔法が弱点の癖に多少とはいえ耐性があるからな。剣士の放てる魔法の威力なんて知れているから、やりにくい相手だ」
「あ~、なんとなくわかります」
ジャネットさんもフィアルさんも魔力はそこまで高くないもんね。オーガ系は皮膚が硬いし。そうなると魔法系の人じゃないと相手がしにくいのかな?
「まあ、オーガのことはさておき、帰るまでにもうちょっと細工を頼むな」
「は~い」
私は返事をしてシーツを替えたら、他の部屋へと向かう。午前中のお仕事は問題なく済み、お昼も今日は閑散としている。昨日夜に降った雨の影響だろう。こういう天候の変化がダイレクトに出るところが飲食だと困るかな。冷蔵庫とかもないし、食材も日持ちがあまりしないんだよね。
「う~ん、今日はもう終わりかしらね」
いつもより三十分も早い時間だけど、今日はミーシャさんがあがりにしてくれた。
「よしっ! そうと決まればアラシェル様の像を完成させてしまおう」
今日は昨日、途中で止まってしまった普通の像を完成させ、その後はラフに移る。同じ像ばっかりを作ってても楽しくないから完成ごとに変えることにしたのだ。こうして二時間ぐらい経って、普通の像が一体完成した。今は十五時を過ぎてると思うけど、ここで一体作ればエステルさんのあがりにちょうどかな?
「じゃあ、次はラフだね」
シャッシャッと新しい木を取り出して削っていく。この像はあまりギミックや動きもないので、大まかに魔道具で削っておけば、三時間ぐらいあればできる。頑張って一体完成したところで、食堂へ下りて時間を確認する。食堂には鐘の音がいくつ鳴ったかの目安が置かれているのだ。
表示を見るとまだ十八時を知らせる鐘の音が鳴ってなかった。食堂にも結構まだ人がいるみたいだし、まだ余裕がありそうだ。
「じゃあ、ラフの下半身だけでもやろうかな」
私は部屋に戻ると一所懸命に作業をする。
少し粗があるけどこんなものかな? ある程度形になったところで、もう一度食堂へ下りて時間を確認する。
「あら、アスカちゃん。夕食なの? ちょうど良かったわ。今日はお客さんもあまり来ないみたいだから、エステルちゃんにもあがってもらおうと思って……」
「そうなんですね。なら、ちょうどよかったです。エステルさん、はいこれ」
私はマジックバッグからオークガーダーの肉を取り出す。
「アスカ何このお肉? よく貰うオークとは違うみたいだけど……」
「なんとこれはオークガーダーのお肉です! どうぞ!」
「えっ!? 本当にいいのこれ貰っちゃって? 料理人なら使ってみたい食材でも上位なのよ」
「そうなんですか?」
料理を持ってきたライギルさんに確認する。
「ああ、煮込み料理自体の難易度が高いからな。計量といっても野菜一つ一つは大きさも違うし、調味料の調整もある。その中でも煮込み料理に合う肉と言ったら、ガーダー肉というくらいメジャー且つ高いんだ。この肉を使った煮込み料理だけの店なんてのもあるぞ」
「じゃあ、ますますエステルさんにぴったりですね」
彼女も料理人になりたいって言ってるし、いい機会ではないだろうか?
「ありがたく貰うわね。これはいつかお返しをしないと」
「あっ、じゃあ店を開いた時に招待状を下さい! 旅先で知り合った仲間と一緒に来て、ここの店主と一緒に働いてたんですよって自慢します」
旅に出れば新たな出会いもあるだろうし、エステルさんの店なら絶対美味しいしね。
「それなら、立派な店にしないといけないわね」
「頑張ってくださいね。きっと、その頃の私は舌も肥えてますよ」
「アスカは世界中を回るんだもの。その味に負けないように今から研究しておくわ」
「はい!」
エステルさんにお土産も渡したし、私は今日の夕食を食べないと……。
「あ~ん。んん、ちょっと味が薄いかな?」
食べ慣れているメニューだと思ったけど、ちょっと味が薄く感じる。
「アスカ、お前昨日の夜のメニューと比べてるだろ? あんなメニューと比べるな。うちは大衆向けだぞ」
「あっ!」
ライギルさんに言われて思い出したけど、昨日はガーダー肉の煮込みで、すっごく深みのある味を感じるものだったからそっちに舌が慣れてしまってるんだ。朝もガーダーのスープだったし。
昼は……あっさりとしているものだったと思うけど、同じ夕食で昨日の思い出が自然によみがえってきてたんだろう。
「エレンも初めて食べた時はそんな感じだったわ。すぐにまた食べたいってごねて大変だったんだから」
「そういえばエレンちゃん見ませんね?」
「今日は休みで夕方まで遊んでたから今はもう寝てるわ。健康的でいいでしょ?」
「確かにそうですね。昨日は私もすぐに寝ましたし」
「ああ、疲れてたものね。今日は朝大丈夫だった?」
「はい! とっても良く寝れましたから。ただ、原因が原因なので嬉しさは半分ですけど……」
これが細工とか買い物疲れなら良かったんだけどね。
「そうね。もう少し安全だったらいいのにね」
「だが、冒険者たちがいなければこの町でさえ、防衛力は不足する。どうしても頼らざるを得ないところだ」
「領主様はどうされているんですか?」
こういう時は冒険者の前に領主様の仕事ではないのだろうか。
「村人を雇えば生産量が落ちるし、町の人間を雇うと支出が増える。その点、冒険者は装備に関してタダだからな。素材だって別に領主が欲しいものなんて少数だし、地方の領主だけで魔物の相手は難しいのさ」
「そうなんですか。案外貴族も大変なんですね」
領民からの税で優雅に暮らしてるのかと思ったけど、そういうわけでもないみたいだ。
「まあ、俺たちには分からない苦労もあるってことさ」
ライギルさんたちはまだ厨房の片付けが残っていたので別れると、私は細工に戻り作りかけだったラフを完成させる。今日は体調もいいし、作り上げてしまわないと。
「それにバルドーさんの出発日も決まったし、少しぐらい追加してあげたいしね」
お世話になったし、しばらく帰ってこないなら一体でも多くのグリディア様の像を持ち帰ってほしい。こっちではあまり知名度がないということだったけど、向こうでは人気がある女神様だしね。
そんなことを考えながら二体目のアラシェル様のラフ像を完成させたのだった。