内職中
「ただいま~」
「お帰りおねえちゃん。今日はどうだった? 帰りが早いけど……」
「それが、大変だったから途中で帰ってきちゃったの」
エレンちゃんに返事を返しながら椅子に座る。
「へえ~、おねえちゃんが大変なんて言うの珍しいね」
「うんまあ。それでこれがお土産。ライギルさんにオークガーダーのお肉って言えば分かると思う」
「えっ!? あの美味しい煮込み料理には必ず必要と言われてるガーダー肉なの? さっすがおねえちゃん!」
料理漫画の説明役みたいに一気に話すエレンちゃん。ひょっとして好物だったりするのかな?
「ん、アスカ。あんたレディトに行ってたのか?」
「ジャネットさん! いいえ、違いますよ?」
私たちの話が聞こえたみたいで近くにいたジャネットさんが話しかけてきた。
「だけど、その肉はオークガーダーなんだろ?」
「ジャネットさんと一緒に行った、あの湖のところに出てきたんですよ」
「それ、本当かい?」
「はい。そうですけど……」
急に神妙な顔つきになったジャネットさんは自分の懸念を話してくれた。
「原因は不明だけど、たまに魔物の生息域が変わることがあるんだよ。一年ぐらいかけてね。それの兆候じゃなきゃいいけど……」
「ジャネットさん、それって大変なの? エレンから見たら別にいいんじゃないかなって思うけど」
「まあ、冒険者にとっては別にどうってことはないけど、問題は町の方だね。町の警備や作りは周辺の魔物の強さによって決まるから、対策がされるまではかなりの被害が出るだろうね」
「そんな、どうにかならないんですか……」
ジャネットさんの話が本当ならいつも挨拶してくれる門番さんたちも危険だということだ。
「レディトは王都に近い町っていうことで整備された町だけど、アルバの場合だとどこまで早期の対応になるかは分からないね」
「でも、まだ決まったわけじゃないんですよね?」
「ああ、アスカやあたしたちが戦って倒していけば、しばらくは安心だろう」
「ジャネットさんはともかくとして、おねえちゃんまで?」
「エレンたちはそういうけどな、この歳でここまで魔法を使いこなして冷静に戦える奴なんてそうはいないさ。もう半年もすればCランクになるだろうね」
「本当?」
「私はこの前Dランクになったばかりだから、今からCランクになることは考えられないかな? ステータスもジャネットさんたちと違って、一部はかなり低いしね」
腕力や体力はまだまだ鍛えなきゃいけない。戦える自信だってついてないし。
「低いって言っても、魔力は結構なもんだよ。あたしがDランクになった時より戦えてるよ。それにあたしたちはもうすぐBランクってところまで来てたから、そう簡単に追いつかれちゃね」
「ジャネットさんにそこまで言ってもらえるなら頑張ります! どの道、Cランクまでは目標でしたし」
旅に出るにはCランクが必要ってアラシェル様にも言われてたしね。
「そういえば、アスカは将来旅に出るんだったよな。旅といえばバルドーのおっさんの出発ももうすぐだったな」
「はい。地元に帰られるそうですね。この前もお土産の像をできるだけ作ってくれって頼まれました」
「全くあの人は……。後輩冒険者に儲け話をたかって」
「宿としても寂しいなぁ。長期滞在が多い人だったし」
ジャネットさんもエレンちゃんもどことなく寂しそうだ。バルドーさんは気さくな人だったしなぁ。
「まあ、戻ってくるかもしれないし、そこは冒険者だからね」
「何だったらおねえちゃんの細工を仕入れに来るかもね」
「それはありそう」
みんなで楽しく話した後は自室へ戻る。今日やることといえば、アラシェル様像制作の続きだ。残りは七体だけど、今日はちょっと疲れたから通常バージョンを作ろう。明日にラフと通常の神像を作って、ノルマが残ったら明後日だね。私は脳内で予定を組み、それに向けて作業を進めていく。
「う~ん、それにしても薬草採取を全くこなせなかったのは痛いなぁ。薬草も討伐依頼と同じで生えてるところが違うから、色々行かないといけないんだよね。収益が良かったからこれまでは討伐をおまけにしてたけど、残ってるルーン草とムーン草が同時に取れるところだと、東側の南かなぁ……」
何にせよ、これから東側に行く時は討伐依頼も受けるようにしよう。魔物が増えているなら遭った時、無駄になるからね。
「何より、ノヴァとリュートだよね」
さすがに最終的には還元できるとはいえ、いまだにメインウェポンを持たない彼らが、先にマジックバッグを買うのはつらいだろう。オーガの角などある程度の金額で売れる素材に関しても、オークが出なければ私の袋に問題なく入るわけだし、無理に買う必要はないかな?
「だけど、武器に関してノヴァはもうお金が貯まってるから剣を買えるんだけど、リュートが大変そうだね」
彼ももう金貨十枚は貯まってるだろうけど、二十枚となってくると本当にぎりぎりだよね。貯まってすぐに買うのはもっと怖いだろうし。あれからジュールさんにも魔槍のことを聞いたら、魔道具の中でも特徴的で、購入時には個人用に調整するから売りにくいとのことだ。
高く買い、安く売ることになるから少なくともそれが無駄にならないぐらいには収益を上げないといけない。
「私も話を聞いた時はかっこいい武器だと思ったけど、結構大変な武器なんだよね」
手を動かしながら、色々と考える。最近はルーチン化した作業中なら、こうやって色々考えられるから割と好きな時間だ。こういうことが出来るのも器用さのステータスが上がったからかもしれない。
「だけど、魔力の上がりが悪いのは少し心配だなあ」
実際、ギルドで見えているステータスは器用さの方が高いし、普段の生活で使っている割に魔力は伸びていないから心配だ。ただ単に、元の数値が高いから伸び悩んでるってことだといいんだけど。
「ん~」
ずっと細工をしていたので一度伸びをして休む。こういう時は途中休憩を入れないとつらい。本当に集中している時なら気にならないんだけど、中々そうはならないからね。
「ちょっと、飲み物でも飲もうかな?」
階段を下りて食堂へ向かう。今は夕方の準備でエレンちゃんは忙しそうだ。
「ミーシャさん、すみません。ジュース貰えますか?」
「アスカちゃん、ちょっと待っててね」
「なんだかバタバタしてますね?」
「あらあら、アスカちゃんのお陰よ。ガーダーの肉なんて滅多に食べられないから主人が張り切っちゃって」
「でも、煮込み料理って時間がかかるんじゃ……」
「そうなんだけど、煮込み時間を少なくする方法も知っているし、あの肉っていいところでしょ? 味が染み込みやすいんですって。エレンも大はしゃぎでさっきから落ち着きがないのよ」
あの動きは準備が忙しいんじゃなくて料理が楽しみだったのか……。冬がメインの食材とはいえ、大好きそうな反応も見せたし、これは夕方の仕事中は気が気じゃないんじゃないかな。
「ミーシャさん、今日手伝いましょうか?」
「いいの? 疲れているんでしょう?」
「あの状態のエレンちゃんが何かしでかしたら、なんだか悪いです」
「……お願いできる? 私もちょっと心配で」
「任せてください」
こうして私のしばしのジュース休憩は夕方業務に早変わりし、お客さんをさばくことになった。
「そうと決まればメニュー、メニュー」
ここも夜は色々なメニューを出すから、覚えないとね。昼はA、B、Cのセットとパンの変更ぐらいだけど、夜はサイドメニューがそれなりにあるからね。
「あれ~、おねえちゃんもしかして入ってくれるの?」
「うん、まあね」
さすがにこの状態のエレンちゃんに理由は言えないなぁ。私は理由も気分転換と濁して答えた。こうして始まった夕方の仕事だったけど……。
「アスカちゃ~ん、次はこっちね」
「料理お願い」
「こっちもエールをくれ!」
何だか、私に注文が集中してきているような……。エレンちゃんはニコニコ顔だし、ミーシャさんも特に何か言ってくれるわけでもない。忙し過ぎたら手伝ってくれるけど。たまに夕方の時間に出るとこうなるんだけど、まさかみんな私のことを妖精みたいに思ってないよね?
「はふ~、疲れた~」
「おねえちゃんお疲れ様。一緒に食べよ?」
「うん、でもその前にちょっとだけ休ませて……」
慣れない夕方の仕事と大量の注文をさばいた私はぐったりしていた。あれからもどんどん注文は私に来て、本当に大変だった。
しかも、今日は私が持ち込んだガーダー肉を使った料理もメニューに緊急追加されており、それも相まって追加注文が相次いだのだ。お高い値段設定だったのに……。明日の分は期待できないだろうな。
「それじゃあ、食べよう」
「うん」
休憩も取り、夕飯を前にする。今日のメニューはサラダパンとごろごろ野菜とガーダー肉の煮込み。ここにスープとジュース付きだ。これでお値段たったの大銅貨二枚。他の店なら大銅貨三枚近くもするメニューらしい。なるべく冒険者から貰ったものは還元するという宿の姿勢だからできることだね。
「いただきま〜す」
ぱくっと今日のメインであるガーダー肉の煮込みを口に含む。
「美味しい。これまでのメニューの中で一番かも? さすがライギルさんだね」
「でしょ~、これ好きなんだ~。でも前に食べたのは去年だよ。年に一度か二度食べられるぐらいかなぁ?」
「やっぱり材料が高いの?」
「それもあるんだけど、この辺じゃ出ないでしょ? 冒険者の人が持ってきてくれるなら別だけど、レディトの商人を通じてだと結構値段が上がっちゃうから、取り扱いもなくて高級店以外ではまず出ないんだ」
なるほど、流通コストの問題かあ。確かに、隣町とはいえ丸一日かかるわけだし、そのために商品を仕入れて、出発するとなったら大変そうだ。毎回店も固定で買わないしね。
では、その分も含めてしっかり味わおう。将来、私が町を行き交う頃には美味しい料理に出会えるといいな。