ゴブリンとオーク
倒した魔物のうち、三体だけは解体をする。ただ、水魔法がないのでやり方は簡単なものになってしまうけど。できる作業といったら切り分けと簡単な血抜きだけだね。
「なあ、アスカ。実は俺も今、干し肉作りを習ってんだけど、試していいか?」
「ノヴァも親方さんのところで頑張ってるんだね。部位ごとに切るからお願い」
まずはリュートの分と同じように血抜きをする。それから干し肉にしやすいところを大きく切っていく。ここまでが私の仕事だ。でないと魔力の回復が追い付かなくなるから。
「出来たよノヴァ」
「よっしゃ、やってみるぜ!」
ノヴァとリュートがそれぞれの作業を進めていく。私は二人が無防備なところを襲われないように辺りを警戒する。念のために風の魔法で魔物がいないかも確認する。ん~、町側のちょっと北に何か反応がある。この後、確認しに行こう。
「アスカ。こっちは切り分けられたからお願い」
「ありがとうリュート。ちょっと警戒をお願いね」
「うん」
「こっちも干し肉の下作業は終わったぜ」
「ん~、この先の工程をするには手持ちが塩ぐらいしかないな。コショウとか他のハーブ類を乾燥させたのがあればよかったかも……」
「えっ!? ちゃんとしたのがここから作れるのか?」
「多分ね」
「途中まででもいいから、やってもいいか?」
今日は塩しかないけど、ノヴァがやる気になってるしいいかな?
「ちょっとだけならいいよ。リュート、風の魔法を一定の強さで出せる?」
「弱くていいなら何とか」
「じゃあ、そっちから出してみて」
リュートが風の魔法を干し肉用の肉に当てていく。うん、大丈夫そうだ。ノヴァがその間に肉に塩をすり込ませてくれた。
「それじゃあ私も……」
私は火の魔法を唱えてリュートの魔法に混ぜていく。こうすることで乾燥した風を送り続けられるのだ。
「おおっ! 何だか暖かい風が来るな」
「これで乾燥を促すから、食べられるところまでいくかは分からないけど結構作業は進むと思うよ」
そうしているうちに肉はみるみる水分を失っていき小さくなる。
「もうちょっとやろうぜ!」
「だ~め。今日はまだ討伐依頼中だし、MPが切れちゃったらどうするの?」
「そうか……」
「気になるんだったら、早くリュートもノヴァもマジックバッグ買ったら?」
「分かってるんだけどな。今の俺たちじゃ、ぎりぎり買えるかどうかなんだよ」
「そうなんだ」
ノヴァもリュートも生活費が、と残念そうに言う。宿代が安くても月に銀貨六枚、そこに食費とかを入れたら少なくとも金貨一枚の余裕は欲しいよね。
「アスカみてーに細工の稼ぎがあるわけじゃないからな。前に防具を新調しただろ? 冒険者として少しでも強くなるために、先に新しい武器を買おうかってリュートと話してたんだ」
「なんだ、それなら私にも言ってくれたらいいのに……」
「僕らアスカには迷惑かけっぱなしだし、自分たちで決めたいって思って。でも、僕はあこがれの武器があるからもう少し待っててね」
「魔槍だっけ? 高いんだから頑張って貯めないとね」
「俺の方は使えそうな剣が金貨五枚だから後は買うか買わないかなんだけど気になることがあるんだよ。この剣が最近扱いづらくなってきて、使いやすいのはもう少し大きい剣かなって思って」
「なら、今度ジャネットさんにお願いして一緒に見に行こうよ。そうすればしばらくの間使い続けられるものも見つかると思うよ?」
「あの人も忙しいんじゃ……」
「何言ってるの、同じパーティーなんだから大丈夫だって! 今度宿であったら話しとくね」
それにジャネットさんは優しいから、きっと二人の力になってくれると思う。
「お、おう」
おっと、話してる間に乾燥は進んだかな?
「色だけ見ると……大丈夫そうだけど、どうするアスカ?」
「これでお預けかな。ここで食べてお腹壊すわけにはいかないし」
とりあえず、干し肉にした部分とオークをマジックバッグへ収納し、私たちは不要な部分を埋める。埋め終わったら少し場所を変えて休憩だ。
「ノヴァ、悪いけど私もリュートもちょっと魔力を使ってるから先に見張りをしてくれる?」
「ああいいぜ!」
こうして木にもたれ掛かるように私が休み、リュートは座りながらもノヴァとたまに話をしている。
その後は軽く食事と水分を取り次に備える。確かにオーク討伐は達成したけど、まだゴブリン討伐は達成していないのだ。
「アスカ~、そろそろ交代するか?」
「ちょっと待って、すぐにしまうから」
私は飲み物などを片付けてノヴァと交代する。辺りを警戒する時は数秒ごとに向きを変えるんだけど、それも規則的に変えないように気を付ける。
「そういえばリュートは宿の手伝い慣れたのかよ?」
「うん。ノヴァこそちゃんとやってるかい? 最近はほとんど冒険以外会わなくなったけど」
「それだよ! お前今あの宿にいないよな。どうしてんだ?」
「そういえばノヴァには言ってなかったかも。最近になって宿に近いところの部屋を借りられることになったから、そこへ引っ越したんだよ」
「そうだったのか。今度遊びに行くぜ!」
見張りをしながらノヴァたちの会話に耳を少しだけ傾ける。こういう幼馴染同士の会話って良いなぁ。
「いいけど荷物は置かないでよ。部屋は狭くて家具でいっぱいいっぱいなんだから……」
「ちぇ~。親方のところは借りてるだけだからちょっと遠慮しちまうんだよな。お前のところなら遠慮せず置けると思ったのに」
「それなら親方さんからも早く認められて一人の部屋を持てるようにしないとね。だけど、そのおかげでノヴァが一番生活費を抑えらてれるでしょ?」
「まあ、そうなんだけどよ。結局、薬草採取の金額ではお前らに負けてるからな」
「そこはノヴァの頑張り次第だよ」
「二人とも、そろそろ出発しよう」
二人の会話をもう少し聞いていたいけど、もう十分に休めたので再度進み始める。この先へ進んだらさっきの傷付いたオークがいるかもしれないので、注意を怠ることなく進まないといけない。
「この先にはさっきのオークがいるかも」
「だけど、あんなの手負いだろ?」
「駄目だよノヴァ。オークは団体行動が多いんだから。別の仲間のところへ逃げ込んだのかもしれないよ」
しかし、私たちの予想は裏切られたのであった。
《フゴォ》
「な、なに?」
奥の方から大きな声がした。声からしたらオークの声っぽかったけど、どうしたんだろうか?
「ちょっと見てくる。二人はここで待機していて」
「見てくるって危ないよ!」
「大丈夫、飛んでいくから」
私は風の魔法で飛び上がると、木々の合間を縫って現場に向かう。途中、高く上がり過ぎて相手から見えないように注意する。
《ギャギャー》
オークの声がしたところにいたのはゴブリンの群れだった。数は十二匹ぐらいだろうか? それだけの数でいたぶるように傷ついたオークを攻撃している。普段は格上のオークが単独で行動しているところを狙って、ここぞとばかりに攻撃しているみたいだ。
「なんてこと……」
私は直ぐにリュートたちのところまで戻り、状況を伝える。
「魔物たちは残酷だね」
「そんなことよりどうするんだよ。一応ゴブリンの討伐依頼は受けてるぜ?」
「急いで現場に向かって倒そう! 今ならオークに注意がいってうまくすれば楽に倒せるかもしれない」
それにあんな倒し方をするのは綺麗事だといっても許せないし、怪我をせずに倒せるならそれが一番だ。
「止まって。魔物はこの先にいるから」
「あっちだな」
「ゴブリン相手なら二人とも一対一で怪我せず戦えるよね?」
「行けるぜ」
「なら私が中央から仕掛けるから、リュートは左、ノヴァは右からお願い!」
「おう!」
「わかったよ」
もうオークも持たないだろうけど、今ならゴブリンも気が抜けているだろう。
《ブゴォ》
「いた!」
私がオークたちを視界に収めるころにはオークの最期が近づいていた。
「今だ、ウィンドカッター!」
オークと違い素材を得られないゴブリンに遠慮はいらない。水平に一つの刃を、続けざま斜めに二つの刃を放つ。ゴブリンたちはオークを囲むよう半円状になっていたため、ちょうど中央にいた四匹を葬った。
《ギャ?》
「まだまだ!」
杖をしまったら弓を取りだして中央に近い二匹へ射かける。最初の一匹は足が止まっていて倒せたけど、次の一匹には盾で防がれてしまった。
残った七匹のゴブリンは仲間を倒された怒りか、死にかけのオークを放って私の方へ殺到してきた。
「単純だね。今だよ!」
ゴブリンたちの武器は棒と剣だけで、この世界に来て最初に出遭った弓持ちはいないので助かる。ああいうのはちょっと知性が高くて厄介なのだ。
「ノヴァ、行くよ!」
「おおっ!」
掛け声とともに左右からリュートとノヴァが飛び出してくる。リュートは一番端のゴブリンのやや後ろから心臓を一突き。ノヴァは斜め前から飛び出して目の前にいたゴブリンを袈裟懸けにする。急な敵の登場に一部のゴブリンたちは動きを止めた。
「ウィンド!」
それでも私へ突っ込んでくるゴブリンに間合いを詰められないよう圧縮した風を放ち、吹き飛ばして距離を取る。
「次々行くよ!」
再び弓を構えたら次々に矢を射る。矢は突撃してくるゴブリンたちの肩や腕に当たるものの、勢いは止まらない。
「落ち着いて……いけっ!」
何本目かの矢が一匹のゴブリンの頭部へ命中した。これで残りは六匹。だけど、そのうち二匹は私が対応している間にリュートとノヴァがすでに倒している。
「ゴブリンは残り四匹。位置は……リュート側に一匹、ノヴァ寄りに二匹、ノヴァに向かおうとしているのが一匹。ここはノヴァに加勢だね」
風の魔法で一気に跳んで空中からノヴァに近づくゴブリンを弓で牽制する。
「はあっ!」
ノヴァの声とともに、また一匹のゴブリンが倒れた。そして、近くにいたもう一匹ゴブリンとまた対峙するノヴァ。
しかし、続いて来るはずのゴブリンは、私の牽制によって少し遅れている。
「あなたはこっちだよ!」
再度弓を構える。万が一、ノヴァに当たらないように狙いはやや下に絞る。
「さあ、来なさい!」
向こうは私との差を詰めようと必死だ。対する私は風の魔法で跳んで攻撃をかわす。すれ違いざまに矢を射るけど、このゴブリンは他の個体より戦い慣れているようでなかなか矢を当てられない。
《ギャフー》
「くっ、このゴブリンは弓の軌道を見切ってるの!?」
魔法はノヴァが近くにいるからなるべく使いたくないし、魔法か……そうだ!
「これでどう? はっ!」
何度目かの挑戦で私は矢を射る。当然の様にゴブリンはそれをかわすのだけど――。
《ギャ?》
真っ直ぐに進んでいた矢は突風で急に曲がり、ゴブリンの目に刺さった。
「お生憎様。こういう魔法もありなんだ」
地上に降りた私は痛みと片目になり動きが鈍くなったゴブリンを射止めた。さて、これで残りは二匹のはずだけど……。
リュートの方を見るとすでに戦いは終わりこちらへ向かってきている。ノヴァの方も決着がつくみたいだ。
「おりゃ~!」
ノヴァは止めとばかりに大上段からの振り下ろしでゴブリンを真っ二つにする。最後だからってそんな決め方しなくてもいいのに。
そして、戦いが終わり振り返って動けなくなっていたオークを見ると、いつの間にか息絶えていた。表情は苦悶に満ちていて、本来は人間の敵だけど今回ぐらいはいいよね。
「かの者に眠りを……ファイア」
葬送の炎としてオークの体を焼き尽くす。せめて天に昇れますように……。
「終わったな」
「うん」
「他にもいないか注意しよう」
私たちはそれから二分ほど周りを見回し、安全を確認したのだった。




