本日は○○なり
宿に帰った私はエレンちゃんに夕食の時間を伝えて早速、今回の報酬について考える。宿の滞在費からしたら思ったより稼いだと思うのだけどどうだろう? 冒険者の稼ぎについてもジュールさんに聞けばよかったな。
「そういえば……」
話を聞くのに夢中になってたけど結局、弓矢を持ち帰ってきてしまった。弓道もしてないし、そもそも引けないんじゃどうしようもない。だけど、今更売りに行くのもなぁ。
「…そういえば友達に弓道部の子がいたっけ」
元気だった時は応援がてら、弓道場へお邪魔したものだ。ふと、そのことを思い出したので、彼女の射を思い出しながら弓を持って立ってみる。
「ええと、確か最初に礼をして、足を払ってから矢を持ってと、それで真上に弓を上げて矢を……むぐぐぐぐ」
確か彼女はこのまま引っ張ってたら自然に手が離れるって言ってたけど、離れるも何もない。
「でも、今は体力も腕力もないからちゃんとステータスが上がりましたってことで置いとくのもいいかも」
全く使える気はしないけど成長を確かめられるって意味では役に立ちそうだ。そう思い直した私は部屋の隅に弓矢を置こうとしてそこでふと思い出す。
「そういえばジュールさんが去り際に言ってたよね。武器の手入れは冒険者なら欠かすなって。杖の方はさすがに要らないだろうし、こっちはやっとこうかな?」
といっても刃物の扱いも分からないので、とりあえず簡単に布で拭くだけにする。矢は少し汚れているのもあったのでこれでひとまずはいいかな?
「それよりも……明日はこの世界に来て初めてのショッピング! 何買おうかな~」
さすがに売っているものは現代とは違うと思うけど、逆にこういう世界ならではのもの。特に細工物などは外せないと思い、一人で想像しながらベッドでごろごろしていた。
「アスカおねえちゃ~ん、ご飯だよ~」
そんなことをしているとドアの前でエレンちゃんから食事の準備ができたと言われたので、食堂へと向かう。食堂は今日も混雑しており、エレンちゃんも忙しそうだ。
ゆっくり一度話してみたいけど、そんな状況でないのが残念だなぁ。
「は~い、本日の夕食だよ~」
忙しい中、エレンちゃんが食事を運んできてくれる。思わずその健気さにホロリとする。今日は冒険者の人が持ってきた食材はないのでこれが普通の食事のようだ。
それでもパンとスープと肉と野菜の小鉢があり、駆け出し冒険者には宿代に含まれているのだから助かる。パンは硬いしボソッとするけど他は美味しいし。
「ごちそうさまでした」
帰ってきた時にエレンちゃんに聞いたら、食べ終わって席を立ってくれたら片付けるとのこと。いちいち声をかけられるのも困るぐらい忙しいんだね。
そう思って私は食器の横にこそっと大銅貨を置いておいた。これだけ働き者なんだから体を壊さないようにいいもの食べてと思って。
「ふぅ~、食事も済んだしあとは一時間後に来るお湯待ちかな?」
お湯が届けられるまでの時間を使ってもう一度、冒険者冊子を読む。薬草の見分けは大丈夫だと思うけど、急に魔物が出て来たら読んでる時間がないからね。
読みふけっていると時間が経つのは早いものでお湯が届いた。さて、湯あみをして今日は就寝だ。なんてったって明日はショッピングなんだから! そう思って私はすぐに眠った。
今日は待ちに待ったショッピング!!
のはずだったんですが……。
「雨・・・・・・」
朝起きてカーテンを開けると道路一面に雨粒の光景が。いやいや、これぐらいならきっと止むよ。気を取り直して食堂に行き、エレンちゃんに朝食を頼む。
今日は雨のせいか人も少ないようで、エレンちゃんも私の前の席に座ってのんびりしている。
「ねえエレンちゃん。今日は買い物に行きたかったんだけど……」
「あ~、それはアスカさん災難ですね。雨の日は人通りも少なくなっちゃうから開けない店も多いんですよ」
「……嘘! で、でも止んだら開くよね?」
「アスカさんの近くの町はそうなんですか? 何かイベントが近い時じゃないとあっさりみんな閉めますよ。うちだって仕入れで買いに行く必要がなければ今日は外に出ませんし」
何という事でしょう。これが雨が降ったらお休みという事なんだろうか。日本だと雨だろうが台風だろうがきっと槍が降ってもかいくぐって職場に行くだろうに。
しかし、こうなってしまっては仕方ない、日程をずらそう。明日、改めて買い物に行くことにしよう。郷に入っては郷に従えだ。私の冒険者稼業も今日はお休み。
「でも、そうなったらなったで暇だ~」
「アスカさんやることないんですか? だったら一つどうです?」
「へっ?」
一口乗りませんかとちょっといやらしい笑みを浮かべ、エレンちゃんが言ってきたので、私は話を聞くことにした。あ、いや、いやらしいっていうのは儲け話的な方だよ。
エレンちゃんに連れられて奥に行った私が聞かされたのは、この宿の手伝いの話だった。聞けばこの宿はエレンちゃんと両親のご主人と女将さんの三人で切り盛りしており、最近は人気も出てきたので、掃除・洗濯・料理に仕入れとてんてこ舞いなんだそうだ。
「でも、私でいいの? それに今日は人も少なそうだけど……」
「うん、アスカさんは真面目だから大丈夫だろうし、人の少ない今日だったら教えながらできるでしょ? 慣れてきたら代わりにお休みしたいし!」
エレンちゃんは宿だけあってお休みがないと嘆く。これまではこの世界のいいところを見てきたけど確かにそうだよね。魔物もいる世界で一日何時間労働ですなんてないよね。そういうことならお姉さんに任せなさい!
どの道のんびり暮らすために手に職あった方がいいし、体力も付けないといけないしね。
「わかった。やるよ! じゃあ、女将さんに話ししないとね」
「やった~、お母さ~ん。良いって!」
なんと! すでに話を通していたとは……お休みそんなに欲しかったんだね、エレンちゃん。私が頑張るから。
そう決意を新たにしていると奥から女将さんが出てきた。昨日もちらっと見たけどまだ若く見える。二十代だろうか?
「あら、本当に受けてくれるなんて。私はエレンの母のミーシャといいます。よろしくお願いします」
「こちらこそお願いします。アスカです!」
私はお辞儀をして挨拶を交わす。彼女のお母さんはおっとりしながらも凛とした女性のようだ。
「じゃあ、まずはシーツの取り換えと洗濯からお願いしますね。これはエレンが上手ですから聞いてください。それが終わったら、お昼の準備がありますから一度食堂までお願いしますね」
「わかりました。じゃあ、エレンちゃん。案内お願いします」
「は~い。そういえば今日はアスカさんのところもシーツ替えだったよね。じゃ、そこから行こうね。はい、かご持って」
エレンちゃんに大きなかごを持たされて私は二階へと上がる。彼女も持っているから二、三階部分が宿泊施設だと、私が思っているより多く宿泊客もいるのかも。とりあえず私は自分の部屋に入ってシーツを持ってくる。
「じゃあ次だね~。まずはこの札を見て」
エレンちゃんの指示した先のドアには一の札が下がっている。
「これが鐘の音と合わさってて、一の札は八時以降、二の札は十時以降になったらノックすれば交換していいよってサインだよ」
「他の時間に交換とかないの?」
「うちではどっちかなの。何もかかってないと十時だね。今はまだ十時になってないから二の札のとこはノックしちゃだめだよ」
「ありがとう、気を付けるよ。じゃあ、ここは入っていいんだね?」
「そうだよ。じゃあ、お手本見せるからちょっとみてて~」
そういうとエレンちゃんはドアをノックする。ちょっと大きいかなと思ったけど、寝てる人もいるだろうからこれぐらいなのかな?
「なんだぁ~」
「シーツ交換の時間です!」
「もうそんな時間か、ありがとよ」
男はそういうとドアを開けてエレンちゃんを入れる。
「ん? 見かけない顔だな?」
「アスカさんって言うの。今日から時々手伝ってくれるんだ。まだまだ、新人冒険者だからよろしくね」
十一歳の子によろしくされる十三歳とは……。まあ、気を取り直して。
「おはようございます。少し前に冒険者になりました。今日は宿の従業員ですけど、出先で会ったらよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げて自己紹介をする。こういうのは第一印象が大事って言うし、ちゃんとしとかないとね。
「お、おお。礼儀正しいやつだなお前。まあ、なんだ。何かあったら言えよ。俺はバルドー、Cランクの冒険者だ。しばらくはこの町にいるだろうからな」
「はい、私もしばらくは居ると思うのでよろしくお願いします」
「じゃあ、ちゃっちゃと引き上げますね~」
そういうとエレンちゃんはシーツを引っぺがす。気心が知れているのかちょっと荷物があった気がしたけどポイっと下に落として回収した。
「じゃあ、またすぐ持ってきますね」
そう言うと、私たちは部屋を出た。
「とまあこんな感じかな? でも、バルドーさんは結構気がいい方だからいいけど注意してね。カギはもちろん、向こうが開けるまで待つのと、連れ込まれないように! あと部屋の中もキョロキョロ見ちゃダメ。気にする人もいるからね」
「へぇ~、エレンちゃんってしっかりしてるね!」
「まあ、お母さんの受け売りだけどね。でもアスカさんは注意してよ! 美人さんなのに隙が多いんだから」
「隙が多いって、仮にも冒険者なのに……それに美人って」
「ええっ!? アスカさんのところはみんなそんなにきれいなの?」
そう言われると、自分では鏡を見たことがない。きれいなんだろうか? ちょっと今日にでも見てみよう。
「よくわかんないかも。でも、エレンちゃんの言うことだし聞いておくね」
「じゃあ、次にいこ~」
機嫌よくエレンちゃんが前を歩いていく。私もその後ろに続いていくのだった。