女神アラシェル製作
エレンちゃんに怒られお昼ご飯を食べ、部屋に戻ると懲りることなく作業を再開させる。今日は午前中に難しい湖面が二体できた。少なくとも通常のアラシェル様(杖持ち)は十体、残り二種類を五体ずつ作るのが目標だ。
かりかり
かりかり
像を削る音だけが部屋に響いていく。周りの音も集中しているためほとんど耳に入ってこない。ただ、像が完成して次に移る時にふと感じる程度だ。
「これで湖面は五体完成だ……あれ? もう辺りが赤くなり始めてる」
ちょっと外を見てみるとすでに夕暮れ時だ。考えてみれば時間がかかるこの湖面を三体も作るんだからそれぐらいの時間は経っていてもおかしくなかった。
「そんなに時間経ってたんだ。じゃあ後はラフな方を作って晩御飯かな」
お昼エレンちゃんに怒られたばかりで流石に夜まで怒られないようにしないと。てきぱきと作業を進めていく。
「トンテンカンテン、さあもう一体だ」
細工道具を使うことにも慣れてきた私は今では細工のLVも3になり細工師と名乗ってもいいぐらいの腕になってきた。
「よし完成! これで一応は三種類揃った」
今のところ湖面が五体、通常が三体、ラフが二体だね。目標まであと十体。明日は冒険だから、その次の冒険前には完成かな? こういう納品感覚は最近覚えるようになってきた。おじさんのところもきちんとした取引だし、どのぐらいで何を納品できるかを伝えられるようにしていきたい。
「きっと、町を出た時には細工物が収入の大半になるから頑張ってこういうことも覚えてかないと」
そうしているといい時間になってきた。早く行かないとまたエレンちゃんが来ちゃうな。
「ここはできる姉を見せておかないと」
「あれ? おねえちゃん、早いね。もうちょっと遅くなると思ってたのに」
「私だってきちんとしてるところもあるよ」
そんなことを言い合いながらもご飯を食べる。最近はエステルさんのお陰で本当に助かっている。今日は見習いのリュートもいて、不慣れながらも手が空きやすくなったので、エレンちゃんも一緒にご飯を食べている。
「ん~、この木の実パンおいしいよね。どんな料理にも合うし大好きだよ」
「じゃあ、この季節にきっちり食べないとね。旬の物みたいだからもう少しで残念ながらなくなるよ」
「そんな~」
「でも、新しく旬になるものもできるんだから、もしかしたらもっとエレンちゃんが気に入るのもできるかもね」
「そっか~、そういうこともあるよね。うん! 楽しみにしておくよ」
「今どうして私を見たの?」
「いやあ~おねえちゃんならきっと新しいものを出してくれると思って……」
「私が調理スキルないの知ってるでしょ。エレンちゃんはどうなの? そんなに毎回私も浮かばないよ」
「わたしはおねえちゃんを信じてるからね」
「まあ、食材があって見たことがあれば考えてはみるけどね」
そんな夕食を終えて部屋に戻る。今日はお風呂の日だ! 昨日は入れなかったけど、あれからお風呂を作ることができた。ヒノキ風呂というわけじゃないけど、いい匂いのする木材を使った木のお風呂だ。準備を整えてお風呂に向かう。
「はあ~、やっぱりお風呂だよね~」
かぽん
今日の疲れも何のその。すべてを洗い流してくれるような感じになる。最も実際に癒しの魔石を使っているから本当に効果があるんだけどね。その魔石に金貨を使ったのは痛かったけど、おかげで最高のお風呂だ。残念ながら今は女湯限定だけどね。お風呂は男湯と女湯で分かれていて、湯船は男湯が大きめで女湯は湯掛けが広く取られている。こうした違いも組み込まれて、お代たったの銅貨五枚。民間だと一番安いかもね。
「ん~、生き返る~」
存分にお風呂を楽しんだ私は部屋に戻って熟睡した。お風呂ももっと使いたいんだけど、燃料とかの問題もあって今は週に三回だ。ぐぬう。
「ふわぁ〜、よく寝た〜」
目覚めると、ちょっと体操をしてから着替える。最近はラジオ体操を思い出して、ちょっと始めて見たのだ。あんまり見られると何やってるんだと思われそうなので、部屋の中でだけど。
「おはようございます」
「おはようアスカちゃん。今日の朝ご飯はレーズン風パンだよ」
「やった~、いただきます」
このパン好きなんだよね。朝ご飯を食べてギルドに向かう。
「おはようございます!」
「おはようアスカちゃん」
まずはホルンさんに挨拶して依頼票を取ってくる。討伐依頼の溜まりはないからオーク討伐とルーン草とムーン草の三つかな? 討伐依頼もオークとゴブリンだと微妙に生息域が違うから無駄になりやすいんだよね。それなら肉も取れるしオークの依頼を受注するというものだ。
「おはよ~アスカ」
「今日はノヴァ早いね」
「おやっさんに依頼の日だって言ったらたたき起こされた」
「お疲れ様。依頼なんだけどこの三つでどう?」
「せっかくだからゴブリン討伐も受けようぜ」
「なら、ちょっと歩き回るけど大丈夫?」
「おう! 最近は昨日の疲れも残らないようになってきたからな。アスカの宿でたまに入る風呂がいいのかもな~」
「そ、そうだね」
実はノヴァが入る時は夜遅くてみんなが上がった後なので、女性側の疲れが取れるお風呂に入っている。言いにくくてずっと言えてないけど、そろそろ言わないとな。
「アスカおはよう」
「リュートおはよう。今ノヴァとも話をしてたんだけど、今日はオークとゴブリン両方の討伐でいい?」
「ノヴァがいいなら僕はいいけどアスカも大丈夫?」
「私は昨日お休みだったから大丈夫だけど……」
「ならそうしようか」
私は三人の意見がそろったところで依頼票を四枚取ってホルンさんのところに持っていく。
「これが今日の依頼ね。今日は討伐依頼を二件受けるのね。Dランクになったからといって慢心しては駄目よ?」
「はい! 油断せず頑張ってきます」
私は二か月近く前にDランクになることができた。とはいっても特定の的を攻撃するのと軽い対人訓練だから、割と受かるらしいけどね。的当ての試験は弓と魔法で行って弓は良、魔法は優だった。対人戦は私が弓を構えているところに近づいてきた相手が攻撃に移る前に、風の魔法で吹き飛ばして追撃で矢で射るというやり方で一発合格だった。
「さあ、それじゃあ出発しよう」
「うん」
今日はゴブリンとオークを倒すから東側の森の北へと向かう。ジャネットさんたちと戦った湖の近くには定期的に両方の魔物が出現しているらしい。これを町に滞在するパーティーは普段狩っているとのこと。最もそこまで大きい稼ぎになることはないので、CランクかBランクになったら多くの冒険者が狩り場や拠点を替えるみたいだけど。
「それじゃあ、まずはこの先からだね」
まずは湖に直行できるところまで街道を進んで、そこから森に入っていく。今回は湖まで魔物と出会わなかったので、そこで動物から作った香を使う。これでゴブリンやオークが近くにいれば簡単に寄ってくるのだ。
ガサガサ
「音がしたね」
「よし、二人ともあっちの木の後ろに」
ノヴァとリュートを大きめの木の後ろに誘導する。私は見えやすいところに陣取って魔法で先制だ。
《フゴフゴ》
現れたのはオークだ。向こうも獲物を探していたらしく、五体はここからでも見える。一瞬考えたけど、後続が来ないうちに一気に押し切る!
「風よ、ウィンドカッター!」
ヒュンヒュン
三つの刃がオークの首めがけて襲い掛かる。オークは私に気づくのが遅れ、前の二体が倒れる。
「まだまだ、第二撃、ウィンドカッター!」
今度は一番後ろの右腕を落とした。これで利き手に武器を持てないだろう。そしてもう二つの刃で四体目に襲いかかる。しかし、このオークは魔法使いと戦ったことがあるのか、刃を弾き飛ばした。
「やる! 二人とも!」
「おう!」
「はい!」
こっちに意識が向いていたところにリュートたちが飛び出していく。三体目のオークに二人が側面からの不意打ちを仕掛ける。無傷の四体目のオークは私に、五体目は利き手とは違う手で必死に武器を掴もうとしている。
「ここで無駄に動かれるわけには……ファイアー!」
五体目のオークが掴もうとしたこん棒を火で焼く。その火に驚き五体目のオークは逃げ出した。その姿を視界に入れたノヴァたちと戦っていたオークの動きが一瞬止まる。
「今だ!」
「うん!」
ノヴァが首元から胸に、リュートがそのすぐ後に首に一撃を入れる。残るオークは一体。
「さあ、あなたはどうする?」
《フゴゴ!》
気合を入れるようにオークが叫ぶ。するとその声に呼ばれたのか奥から四体のオークが出てきた。よかった、さすがに九体同時だと危なかったかも。
「アスカどうする?」
「いったんこっちに」
ここは仕切り直しだ。オークもそう思ったのか、ギリギリの間合いでお互いに集まる。
「どうするのアスカ?」
「リュート、向こうに武器でも投げられたら厄介だから一気に決めにいきたいの」
「じゃあ、魔法か?」
「そう。だけど、ウィンドカッターだとあのオークが厄介だから他の魔法を使いたいの。ただ、集中力がいるからその間お願いね」
「ああ!」
私は詠唱に入る。オークにもその意図が伝わったのか、すぐに向こうも対抗しようとする。
「荒々しく吹き荒ぶ風よ……」
前には武器を投げつけようとするオークが見える。だけど、ここで詠唱を止めるわけにはいかない。
「アスカ!」
ノヴァが咄嗟に前線から退き、私を抱きかかえてその場から動く。
「かの者たちを切り刻め……ストーム!」
どの道、これ以上はマジックバッグにも入らないんだし遠慮なんてしない。
ビュオォォォォ
一瞬の突風から鋭い風の刃がオークに向かって迫っていく。そして逃げ出そうとしたオークの巨体を小さく切り刻みながら、上空へ吹き飛ばしていった。さらに今ので三体のオークを空に浮かせ、地上には中央に二体。でも、このストームの魔法の真価は嵐の中央だ。
「いっけー!」
これまで小さい刃だったものが合わさり大きな刃になっていく。ついにウインドカッターよりも大きないくつかの刃になり、地上にいる二体のオークに襲いかかる。四方からの攻撃に熟練のオークも対応できず遂に両断された。これで残ったオークは上空に飛んだ三体だけ。
「リュート! 落ちてきたのは?」
「一体気絶。二体がまだよろめいてる!」
「よし!ノヴァ、リュートと一緒に奥をお願い!」
「おう!」
私はマジックバッグから弓と矢を取りだし、近くにいるオークに対して構える。衝撃でよろめいているため頭を振っているので、あとは狙いをつけるだけ。やがて、落ち着いたのかオークがこちらを見咎める。
「残念だけど、その瞬間が欲しかったの……」
ヒュンと放たれた矢がオークの脳天に突き刺さる。もちろん風魔法のブースト付きだ。矢を受けたオークが倒れる。後は気絶しているオークだけだ。
「その前に……」
リュートたちの方を見るとオークを圧倒している。これなら任せても大丈夫だろう。
「エアカッター」
気絶しているオークの首を落とす。後は怪我をして逃げたオークだけど、後を追うか微妙なところだ。私もさっきので結構魔力を消費したし、少なくとも休憩が必要だろう。
そんなことを考えているとあっちも終わったようだ。
「お疲れ様二人とも」
「おう!」
「アスカもね」
私は風魔法で穴を掘って、損傷が大きいオークを埋めていく。一応、二体分のうち魔法に反応した個体のものは取っておく。ただ、こうなってくるとオークの体は大きくて持ち帰るのが大変だ。マジックバッグは便利だと思うけど、これでも二体でいっぱいなんだから。
「アスカ、解体の練習を最近してるから僕がやろうか?」
「それなら三体分になるね。お願いリュート」
「じゃあ、俺は見張りしてるな」
こうして私たちはオークの解体をすることにした。