新作の花
「ん~、よく寝た~」
今は七時半ぐらいだろう。昨日は早い時間に寝たものの相当疲れていたみたいで、一度も目を覚ますことなくこの時間だ。いつもはもう少し早めに起きているので、かなり遅い目覚めだ。
「おはようございます」
「おはようアスカちゃん。あら、寝癖がすごいわね」
「えっ、本当ですか? ちょっとちゃんとしてきます」
「アスカもやっぱり女の子ね。その気持ちを忘れないようにしなさいよ。ノヴァやリュートはそういうの、一切気を使わないから」
「は~い」
エステルさんにも注意された私は階段を駆け上がって、自分の部屋へ戻る。鏡を見てセットして……完了!
「戻りました~」
「はい、それじゃあ朝食ね」
テーブルの上にはすでに朝食が用意されていた。こういうところがこの宿に泊まっていて良いところだな。
「ん~、今日のパンは野菜たっぷりでおいしいですね」
「でしょ。ちょっと野菜が市場で安かったから買ってきたのよ。すぐに使わないと傷むけど、こうやって朝から使えば結構使い切れると思って」
ミーシャさんの言葉に私もうなずく。確かに野菜は足が早いからこの世界で保管するなら大変だもんね。魔道具で何とかなるかもしれないけど、使うには魔力もいる。
結果、その人を雇うよりは使い切りとか別のもので代用した方がいい場合がほとんどだから、生活についてはほぼ魔法なしの状態だ。
「何か冷やし続けるものでもあればいいんだけど……」
エステルさんも料理人だから鮮度の落ちは気になるみたいだ。
「そうねぇ~。だけどアスカちゃんがいない時でも使えるものでないと、お客さんに怒られちゃうわね」
「あ~、そっちもありますね。魔力だけなら宿の全員が力を合わせれば何とかなるかもしれないですけど、人が減ったら使えないなら結局難易度は変わりませんしね」
「頭の痛い問題よね」
そっか~、冷蔵庫自体に需要はあるけど、その動力がないのか。いったんは私が魔力を込める感じになるとは思うけど作ってみようかな?
だけど私は水とかの属性は使えないようにしてるし、風で代用とかできるんだろうか?
「でも、実現できたら料理の幅も広がるしメモしておこう」
それからいつもの作業をこなして、今日はエステルさんと一緒にお昼を取る。今日はエレンちゃんがお休みだから二人きりだ。こうしてお昼過ぎになれば私の仕事は終わりだ。
後は恒例というか残り少なくなってきた部屋の改修作業だ。この仕事ももう少しで終わりかぁ。一部屋銀貨一枚だから結構いい仕事だったんだけどね。子どもでもできる仕事と思ったら、結構いい収入じゃないかな?
「これだけでも金貨一枚以上稼いだけど、今後の収入を安定させるためには他に何か考えないとね」
材料や道具さえあれば収入になる細工物は私に合っている。何より作りたい時だけ材料を持つ形なのが旅の邪魔にならなくていい。
鍛冶にまでなってくると道具も大きいし、鉄の塊なんて簡単に買えるとも思えないしね。
「ひとまずはこの細工仕事を続けておじさんに納品していくとして、次の題材だよね。前はベル草だったし、植物でシリーズを作ろうかな?」
私は次の細工に考えを巡らせる。
「植物と言えば寒い地方の花とかもいいなぁ。だったら小さめの花にしてみよう。エレンちゃんぐらいの小さい子でも買えるようなのがいいよね」
次の細工のビジョンが浮かんだので、買ってきた本の中からプリファというつぼみにも見えるような、ちょっと青みがかった白くて小さい花を題材にすることにした。この花は繊細で生息地域を離れると咲かせることができないため、細工物の題材として結構人気があるらしい。
「でも、細工の題材にするなら一工夫入れたいなぁ」
彩色もしたいし、このちょっと青みがかかった白い花を綺麗に再現できる方法がないか試してみたいんだけど、何かいい案はないかな? 銀は透けないし銅とかだと色味が違いすぎるしなぁ。
「材料は値段も考えれば鉄になるんだろうけど、色をどうするかだよね。おじさんのところで何かないか見せてもらおうかな?」
私はパタパタと外出の準備をしておじさんの店に向かう。
「おじさんいる~」
「おう、アスカかどうしたんだ?」
「鉄の塊と、青っぽい魔石でも宝石でもいいから何かないかなって。質はそこまで良くなくて良いんですけど」
「色味が混ざってるようなものもあるがそれでも良いのか?」
「大丈夫です。ちょっと使い道ができたので」
「それなら鉄が大銅貨五枚で宝石は大銅貨三枚だな。宝石の方は詰め合わせだ。青いの以外にも赤とか緑とかも入ってるぞ。加工も面倒でそこまで高値で売れなくてな」
「おじさん、ありがとう!」
私はおじさんにお礼を言ってすぐに部屋に戻る。戻って宝石を確認してみると、確かにちょうどいいくらいの青さの宝石がいくつか入っている。
「これを加工して後ろから鉄で固定すれば行ける!」
決意も新たに私はプリファの加工に入るのだった。
「まずはプリファの特徴だね。特徴としては花までの高さも六センチぐらいで、大体一つから二つの花が付く。花はつぼみが咲く形だけど咲いても小さいと。大体こんなところかな」
私はまとめた情報を元に絵を描き始めた。
「よし!こんな感じかな」
出来た絵は一輪と二輪の二つのバージョンを作り、ちょっと値段に差を出すとともに特徴を作る。
「これだけ出来れば上出来だよね」
デザイン画を元に早速型取りへ。ただし、昨日はMPをかなり消費しているので、今日は集中力を上げるワンピースは無しで、魔道具のみを使っての加工だ。ちょっと歪んだりするかもしれないけどこればっかりは仕方ない。
今回のものに関しては安めの商品にするつもりだから、それなりの作りに抑えないと。
「よし、まずは茎の部分と葉の部分だね。ここは特徴も少ないし、ちょっとだけ線も減らして高級感も消しておこう」
個人的な考えだけど、高くないものでも見た目が豪華だと遠慮してしまう子だったので、こういうのは値段相応かちょっと良い作りの方が付けやすい。
それに花の部分はきちんと作るから、こういうところで手を抜いておかないと高級品と勘違いされても困る。あくまで今回のは小さい子でも気軽に買えて、おしゃれを楽しめるものだ。
「そうと決まれば作業に入らないと」
花の下までは楽に出来たので、その勢いで花が一つのものを二十個、二つのものを十五個作った。後は花と色となる宝石を付けていくんだけど……。
「まずは花の造形の作業だね。とりあえずは慎重に四つぐらい作ってみよう」
小さい花だけれど複雑な形はしていないので、ちょっとすれば簡単に作れるようになった。後は勢いのまま一気に仕上げる。仕上げた先から穴を作っていき、花びらの枠に宝石を入れられるようにする。
「良し。花二個分の宝石の削りだしが終わった。後は、はめて行ってと……問題ないみたい」
これで後はパーツのコピーを取っていくだけなんだけど、おじさんの言っていた通り、この宝石の品質は安定してない。それまで綺麗な水色だったところが急に青みがかかったりしている。
だけど、それによって同じ商品でも特別感が生まれるだろう。私はその後も作り続けて、夕方には全部の宝石の削りだしが完了していた。
「後はこれをはめ込んでいくだけだし、休憩がてら夕食でも取ろう」
今日は夕食時も空いていてすんなり席に座れ食べられた。最近お客さんも増えてきて夕方でも結構人がいるから心配だったんだけど良かった。
「後はこれをはめ込めば花は完成! 花もできたけどこのままじゃ落ちちゃうから、落ちないようにふたを作らないとね」
ふたは後ろからはめ込んで固定する形だ。一応髪飾りになるのだしそういうところはきちんとしてないとね。
「さてと、それじゃあ残りの作業も終わらせなきゃ」
今はやる気もあるし明日に持ち越さないようにしよう。こういう中途半端なところでデザインが変わったりしても嫌だしね。
「ふたも付けてとうとうプリファの完成だ!」
最もこれは鉄と宝石製だけど。これを売ればいくらになるだろう。一個大銅貨一つじゃ高いかな?
「ねえねえエレンちゃん」
「こんな時間にどうしたのおねえちゃん?」
私は寝る前に手を洗っていたエレンちゃんに聞いてみる。
「あの、これをエレンちゃんだったらいくらまでなら買える?」
「うわぁ~すっごくかわいい花だね。新作?」
「そうなんだけど、これって鉄でできてるからいくらぐらいかなって」
「そうだね。できたら大銅貨一枚には収めたいかな。二つの方もかわいいけどあんまり高いとね……」
「やっぱりそのぐらいかあ。ありがとうエレンちゃん!」
「どういたしまして」
私は部屋に帰って今の情報を考えてみる。エレンちゃんの言う価格は売価だから私からおじさんに売る価格は銅貨五枚と八枚かな? 花一つは二十個で銀貨一枚、二つは十五個で銀貨一枚と大銅貨二枚からって感じだね。それで材料費が大銅貨八枚。
在庫や種類を考えると結構微妙なラインかも。売れ筋に絞ればなんとかなるかなぁ。今回は小さい花で材料も少なく済んだからいいけど、継続すると大変そう。
「だからといって値段も上げられないし難しいところだね~」
きちんとしたものはおじさんに値付けて貰えるけど、安い物はこっちの考えもあるからちょっと大変だ。こうして私は新作の細工物に思いを馳せたのだった。