新メニュー
エレンちゃんに促されるまま、リュートもライギルさんもソースをつけてオークカツを口にする。大きく一口で食べるライギルさんと少しずつ食べるリュートの対比が面白い。
「美味しい!」
「なんだこれは? さっきは脂が多くてくどいって思ってたのが、このソースでうまくなった! しかも、野菜を食べて口内をさっぱりすることでいっぱい食べられそうだ。最近は昼のメニューも代り映えしなかったから、これは昼メニューに採用だな」
「夜のメニューには追加しないんですか?」
「確かに酒も進みそうなんだが、作るのに時間も少しかかるし、数によってはコンロも追加しないといけない。何より、夜のメニューより昼のメニューの方が価格を安定させられるから、数量限定で作ればいけそうだ」
「良かったです。前にいた町だと人気のメニューだったんですけど、この辺りではどうかと思って心配してたんですよ」
「そうだったのか? これならどこでも人気メニューだ。本当にありがとな、アスカ」
こうして、店の新メニューができたのは良かったけど、早速ライギルさんは今日の夜に試してみたくなったみたいで、店にあるオーク肉を部位ごとに切り分けて出すといい始めた。
それに始めは怒っていたミーシャさんだったけど、オークカツを一口食べるとこれは売れると一気に賛成側に回った。
「う~ん、とんだ料理教室になっちゃったね。リュート」
「そうだね。でも、僕もおいしい料理を食べられてよかったし、今回は家でしか作れないような料理だったけど、キャンプ中ぐらいだったら頑張れば作れるかも。ソースだけじゃなくて他の味でもいけそうじゃない?」
「ああ~、確かに味付けた塩とかで食べたりもしたような…。私はソースばっかりだったけど」
お父さんとかはこれがいいんだとか言っていた気がするけど、私たちはいつもソースだった。そう言えばお母さんもてんぷらは塩で食べていた気がするな。
「なるほど塩か! しかも味を付けるということはブレンドだな。ブレンドならただ塩をつけたところで割合が分からなきゃ簡単に味を真似ることはできないだろう。他には似たようなので何かないのか?」
「う~ん。後は……ロールカツがあります!」
「ろーるかつ?」
「そう。薄く切った肉を重ねて揚げたり、中には何か包んだところもあったかも?」
エレンちゃんから何それ? という言葉を受けて簡単ながら説明する。
「なるほどな。どんどん試していこう。今日はちょっと多めに作って、余った分は俺たちでも味見だ。一つの食材でもかなりの広がりを見せるな。オーク肉以外だけでなく、他でも試していこう」
こうして、ライギルさんの新メニュー化計画はパンから始まりフライへとつながってしまった。また、お風呂の設置が伸びないといいなあ。
「今日はお客さん少なかったね」
「今日来ていないやつは損しているだろう。なんせアスカの新メニューを食べられないからな」
「いえ、私の考案でもないですし……」
カンニングの結果を褒められているようでちょっと複雑。
「こういうのは伝えてくれた奴が一番偉いんだぞ。そうしてくれないとこっちは知ることができないからな」
「そう言ってもらえるなら、ありがとうございます」
「だけど、どれも美味しいわね。このロールカツだって何でも包めてバリエーションも広がるわ。種類を用意したり、季節の食材を入れたりすれば安くなるしね」
向こうでは季節の食材は値上がりすることもあったけど、基本的にこちらの世界では季節のものは多く取れるためそこまで高くなることはない。
「私はこのミルフィーユカツかな? 食感が面白いし、食べた時に肉のお汁が出るのが好き」
「エレンちゃんはそうなんだね。やわらかいし食べやすいから人気あるんだよ」
「僕は普通のが一番かな。噛み応えもあるし、満腹になるよ」
「あはは。リュートも男の子だね。だけど、一斉にこの中から選んでってなったら大変そうだね」
「確かにそこは考えないといけないな。注文ミスも増えるだろうし、今のメニューだって捨てたもんじゃない。曜日で行くならメニューが多すぎるし、何か考えないとな」
「じゃあ、何枚かメニュー表を作ったらどうですか?一週間ごとにメニューを決めておいて、週が変わったら新しい週のメニューにするんです。そうすればメニューも被りませんし、考える手間も省けますよ。後は材料の使い回しも考えられると思うんですけど」
色々な料理を作りたいライギルさんたちならその方が良いのではと思い提案してみた。
「ふむ。中々いい案だな。一回やってみて反応を見るか。うちに来てくれるお客さんの中でも昼のお客さんは常連が多いから、こういうことに関しては結構敏感でな」
「でも、臨時の食材とかがあったらどうするんですか?」
「今までも安く食材を仕入れた時は、AセットとCで違う肉だったことがあったから大丈夫だろう。それにメインの食材は決まってる訳だからその日だけの限定でもいい。ちょっとだけ値が張るようにすればますます人気が出るかもな」
「割と皆さんおおらかなんですね」
「まあ、元々は冒険者向けだしきちんとしろって言ったら値段に跳ね返るからな。うちの原価でこの値段なところはおそらくないはずだ」
「だからこそ私が頑張ってるんだけどね」
むんっとエレンちゃんが腕まくりをして力を入れる。
「ごめんなさいね。エレンも遊びたいでしょう?」
「うん。だけどおねえちゃんに出会ってから、お仕事を手伝ってなかったら会えなかったんだなって思うと、別にいいかなって思えるようになったよ!」
「まあ!」
「エレンちゃん……。嬉しいけどきちんと休むのも仕事だよ。体を壊さないでね」
「うん」
エレンちゃんと私たちは和やかに過ごして、リュートが帰るころにはかなり時間が経っていた。
「それじゃあリュート。続きは宿の方で試してみてね」
「うん、ライギルさんもありがとうございました」
「いや、俺も途中からアスカの教えてくれたメニューに夢中で悪かった。また、宿に働きに来てくれていいし、旅先で役立つ料理も教えてやるよ」
「本当ですか?」
「ああ、料理人の調理場はキッチンだけじゃないからな」
「それじゃあまた来ます。アスカもまた明日」
「ばいばい」
リュートと別れた私たちはそれぞれ片付けと部屋に戻っていった。今日はいっぱい動いたからきちんと体を拭いておかないとね。明日は冒険だし、万全の状態で挑まなくちゃ。
「ふわぁ〜」
やってきました冒険の当日。今日の場所はというと以前ジャネットさんたちと行った町の東側だ。リュートたちと会ったのはその南側だったけど、今回は北側。採取依頼を受けてここへ行こうと思う。
一応西側の依頼も見たけど良いものがなく、森の栄養状態も東側の方が良い気がする。実際にキノコも多く採れる傾向にあるからね。今日はそれを目当てに行こうというわけだ。
「おはようエレンちゃん」
「おはようおねえちゃん」
「今日は朝からキッチンで何してるの?」
見ればキッチンの方でライギルさんとミーシャさんがうなりながら何かしている。
「昨日余ったカツなんだけど、どうやって朝使うか悩んでるんだって。冷めちゃったのを温めるにしても、もう一度揚げ直すのって大変だから」
「ああ、それならソースをつけてパンに挟むといいよ」
「パンに? ひょっとして前に絵に描いてたやつ?」
「そうだよ。それなら温めなくてもおいしく食べられるし」
「そうなんだ。じゃあ、あとで言っとくね」
「すぐに言ってあげないの?」
「だって、私に朝の配膳やらせてずっと二人でやってるんだもん」
あらら、二人とも熱が入っちゃってエレンちゃんは寂しいのかな。ひとまずカツサンドの作り方を簡単に伝えると、朝食を食べてギルドに出発した。
「おはようございます」
「おはようアスカちゃん。このところ定期的に来るわね」
「はい。パーティーを組んだので三日に一度は来るようにしたんです」
「冒険者としてはいいことね。後は体調に応じて休めるようになればもっといいけど」
「そうですね。疲れた時はみんなで話して休みます」
ホルンさんと雑談をしてから依頼票を取ってくる。採取の依頼は常にあるから特に急ぎで取らなくても大丈夫だ。他の依頼と違って採取だけは同じ依頼が何枚も並んでいるので、手前から取っていく方式だ。
「じゃあ、今日もルーン草とムーン草の採取で!」
「はい。承りました」
ガチャンと音がして依頼が受注される。後は二人を待つだけだ。こういう時間も最近は楽しくなってきた。早く来ないかな?
「おはようアスカ」
「おはよ~」
バッチリ目が開いているリュートとまだ寝ぼけているノヴァが入ってきた。
「二人ともおはよう」
さあ、今日も冒険開始だ。