クッキング
早々に洗濯を終わらせた私たちは、ライギルさんの元に向かった。
「ライギルさ~ん、お願いします」
「お、早く終わらせるってエレンから聞いてたけど、本当に早いんだな。いつもはちょっと遅くしてるのか?」
「魔法を使ったんですよ。使ってばかりだと腕力が上がらないので、普段はあまり使わないようにしてるんです」
「そうか。リュートだったか? 驚いただろ」
「はい。まさかあんな感じで魔法を使えるなんて思ってもみませんでした」
「だけどお前はうちで働くならあんな無茶はしないでくれよ」
「わかってます」
あれ~、ちょっと今たしなめられた?
「それじゃあ、まずは干し肉の方からだな。肉の方は前のオーク退治のがまだあるのか?」
「はい、一応持ってきてます」
「ならリュートはそれを使ってくれ。アスカの分はちょっともったいないが、前の残りがちょっとあるからいい部分を使おう。まずはオーク肉だが大体五時間ぐらい調味液につける。塩があれば最低限大丈夫だが塩なくしてはダメだぞ」
「はい。でもすぐにこれだと手余りになっちゃいますね」
肉を調味液に漬けて五時間ということは、次の作業は五時間後になる。そうするともう夕飯の時間だ。
「まあ、そうなんだよな。なんで今回は調味液の作り方だ。作り方は紙に書いておいた。あんまり多く揃えるのも難しいと思ってな」
「ありがとうございます」
「ライギルさん私にも!」
「はいはい。アスカにはきちんとした方を渡しておくからな」
「どうして私のは違うんですか?」
「アスカはいちいち予算を押さえて味を落とさんだろ?」
「た、確かにそうですけど……」
私だってたまにはチープな味に惹かれることだってあるかもしれないのに。
「そうそう、干し肉だが作る時はリュートが持ってきている肉の方がいいぞ。脂は味も付きにくいし焼くのと違って肉と分離してるからな」
「じゃあ、私の方はいまいちってことですか?」
「ん~、まあそうだな。というよりは普通に焼く方が美味すぎてもったいないって言うのが本音だな。さあ、実際にやってみるぞ」
私たちは作業を開始する。厨房に新しくオーブンが入ったけど、スペース的には外に突き出るように作ったからキッチンには余裕がある。
「よ~し、二人ともいいぞ。そのまま漬け込んだら完成だな。後は他の作業をゆっくりして夕方にまた来たら続きだ。とはいっても後は液から出して乾燥させるんだけどな。乾燥は半日から一日単位で涼しい場所にひっくり返しながら置くを繰り返すんだ。オークの場合は干し肉にした後も食べる前に小さめに切って焼いたりもするな」
「どうしてですか?」
「オークの肉はミノタウロスや家畜の肉と違ってあたりやすいといわれてる。だから一応な」
「なるほど~、ためになりますね」
「まあ、お前たちは魔法を使って乾燥の工程は短くできるから、涼しい場所が確保できるなら結構簡単に作れるんじゃないか?」
そういえば私もリュートも風の魔法が使えるし、風を送り込んで乾燥を促すことはできそうだ。
「まあ、そうするにしてもまずはきちんと時間の経過を見てからだな。適当に乾燥させたと思ったら、時間を過ぎてたってこともあり得るしな」
「一度、自然の出来上がりの状態を確認してからってことですね」
「できたらメモか何かで残しておくのがいいだろうな。書いた時のことを記憶として残せるのは大きいぞ」
ライギルさんに言われた通り、私もリュートも宿の記帳表の裏紙を使ってメモに残していく。
「それじゃあ、調味液を作り終わったところで悪いが、そろそろ昼食の時間なんでな。アスカは手伝ってくれるんだろ?」
「はい」
「あっ、僕も今日は時間空いてます」
「そうなのか? まあ、今後も働くならアスカがいるうちに手伝ったがいいか。無理して落としたりしないようにな」
「はい!」
こうしてリュートもお昼の時間を手伝うことになった。でも、お昼は忙しいから大丈夫かな?
「あっ、リュートさんも一緒にするんだ?」
「そうなの。私もフォローするけどエレンちゃんもお願いね」
「は~い」
「よろしく」
こうしてお昼は私とエレンちゃんとミーシャさんに加えて、リュートも入った四人体制で行われた。
「リュート、これどこ?」
「ええっと、その奥の……」
「何番?」
「八番かな?」
「かなじゃダメだよ」
「リュートさんこれ持って行って」
「はい。あれ、これ何番だっけ?」
「五番だよ」
多少の混乱もありながら、あれよあれよという間に時間は過ぎていき休憩になった。
「ん~、やっぱり教えながらは疲れるね」
「ごめんアスカ」
「仕方ないよ。私も最初はあんな感じだったし」
「本当? いやちょっと気になってて」
「残念ながらおねえちゃんは注文間違いもテーブル忘れもいまだないけどね……」
エレンちゃんここで要らないことを。私の場合はたまたまなのに。
「ええっ!? これだけの注文を取っているのに中々できることじゃないよ。さすがだね」
「慣れたらリュートも簡単にできるようになるよ。それに初めてがお昼っていうのも大変だったでしょ」
「うん。ちゃんと聞いてからやればよかったよ」
「でも、いずれはするようになるんだから一緒じゃない?」
「エレンちゃんってたまに厳しいね」
「私はもっと小さいときからやってるからね」
そういえばそうか。ここでは宿屋の子は宿屋、商店の子は商店の手伝いをもっと小さい頃からしてるんだもんね。
「それじゃあ、ご飯を食べてライギルさんのところに行こう」
「お父さんのところに? もう今日の分は終わったって言ってたよ」
「うん。そうなんだけどちょっとだけ試したいことがあるから」
ライギルさんの腕はかなり良い。それもフィアルさんのところのような本格レストランというよりは、家庭料理的な味だ。予想通りのものができるかもしれない。
「う~ん、今日は午前中にシーツとかが片付いたし、私もゆっくりしようかしら。ちょっとぐらい残っても明日にできるから受付にいるわね」
「じゃあ、私たちは厨房へ行きますね」
ご飯を食べ終わった私たちは片付けを兼ねてキッチンへ。
「おう、揃ってどうしたんだ?」
「食事が終わったので食器と料理をと思って」
「料理ってもう干し肉はほぼ終わりだし、リュートには干しキノコの作り方もあらかた書いといたから何もないぞ?」
「あっ、いえ、私の故郷の料理に挑戦してみたくて。オーク肉があればできると思うんです」
「本当か! 新しい料理だなんて胸が躍るなぁ。夕食の仕込みはまだだからこっちに立ってくれ」
ライギルさんが早くしろと言わんばかりの勢いで、キッチンから退く。
「じゃあ、前に炒め物に絡めてたソースですけど、あれの元になってるのって今あります?」
「ん~あれは野菜とかクズ肉とかから作るからあんまり量はないかもな」
まあ、ソースって言っても食材の方が大事な世界だよねここは。ちょっとなめてみたら普通に前世でも使っていたソースに近い味だ。このままなら後はお酒のアルコール分を飛ばして入れたらいい感じかな?
「それじゃあライギルさん。もう期限ギリギリぐらいでも構わないので乾燥してきたパンありますか?」
「パンの古いのならあるぞ。どうしても売り切れを防ぐために作ってる分だな」
「じゃあ、そのパンを細かくつぶしてもらえませんか?」
「どのくらいだ?」
「これぐらいです」
そういって私は中目ぐらいのサイズにして見せる。
「結構小さいんだな。何か道具を使ってたのか?」
多分おろし金だろうけどここにはそんなものはないから、簡単に絵で説明する。
「こんな形状の調理器具は持ってないな。今日のところは包丁を使うしかなさそうだ。リュートも手伝え」
「はい」
二人が手伝ってくれている間に私は、オーク肉を一枚一枚ちょっと厚めに切っていく。そして脂のところはきちんと筋切をする。筋が切れたら今度は小麦粉をつけて溶き卵につけてと……。
「ライギルさん、そっちはどんな感じですか?」
「どれぐらい必要か判らんが、そこそこできたと思うぞ」
そういうライギルさんの手元にはパン三分の一程のパン粉がある。だけど、この量じゃ足りないな。
「もうちょっと作っててもらえますか? 私は先にこの分使っちゃいます」
一枚分ぐらいだったらこの量でも足りるだろう。私は溶き卵からパン粉へと肉を移して衣をつける。衣をつけたら熱した油の中で八分から九分ぐらい揚げていく。
「う~ん、もうちょっと火力が強い方がよかったかな?」
でも、この世界は直火というか薪が主流なので火力調節が難しい。これぐらいがギリギリかな?
「アスカは結局何を作ってるの?」
「う~ん、こっちじゃ何て言えばいいのかな? オークカツ?」
カツという呼び名が一般的かどうかも分からないけど、とりあえず間違ってはいないだろう。
「わざわざ焼いたパンを使うのに意味があるのか?」
「どうなんでしょうね? でも、揚げた時にとってもサクッとしてて美味しいから必要だと思います」
私も何でいるって言われたら分からない。だけど、ラーメンのチャーシューとかも入ってる理由を聞かれたところで、美味しいから以外に分からないし。
「まあ、食べてみれば分かるか。他に何かいるか?」
「カツにはソースをかけて下さい。後はサラダがあればよりおいしいと思います。脂っぽいのがさっぱりしますよ」
「よし、すぐに用意する」
色的にはうまく揚がったオークカツをいったんまな板に置いて、ザクザクと切ってもらう。残念ながら私は熱いのが苦手なので、ここは料理人のライギルさんにお任せだ。
「よし、サラダも用意できたし、オークカツもできた。試食するぞ」
ライギルさんがザクッと言う音とともに、オークカツを咀嚼する。ああ〜、私も食べたいなぁ。
「うむ。確かに香ばしくて肉もジューシーだが、これならそのまま焼いた方が良くないか?」
「確かに衣が熱くて出来立てだと少し食べにくいかも」
「あの……二人とも何でそのまま食べちゃってるの?」
「え?」
「いや、これはだな……」
「お父さんまで何やってるの。ちゃんとおねえちゃんソース付けてって言ってたでしょ!」
そういいながらエレンちゃんがオークカツにソースを付けて食べる。
「ん~。さすがはおねえちゃんの料理だね。アクセサリーといい本当にすごいよ!」
ああ、ライギルさんは分かった上で料理そのものの味を確かめたかっただけなのに。エレンちゃんにあそこまで言われて……。そこには娘にいいように言われてしまった悲しいお父さんの姿があった。