大量のお肉
「えっと、回復魔法ってそんなに使える人がいないんですか?」
みんながびっくりしているのでジェーンさんに聞いてみた。
「まともに使える人、少ない。魔力がそれなりにある人の内、十人に一人ぐらい」
ええと、魔力がそれなりにあるって言ったらジャネットさんやノヴァはダメだから、フィアルさんやリュートに私で使えないのが普通になっちゃうのか。それは貴重だな。
「追加の効果がきちんと出る人は、もっと少ない。風の回復魔法は複数を一度に癒せて、貴重」
さっきのエリアヒールは二人の怪我を治せたけど、属性によって治せる対象とか効果が異なるってことかな?
「これで……ほんとに教えられることない」
始まってすぐに終わってしまったのが残念なのか、ジェーンさんはしょんぼりする。
「う~ん、じゃあどうしましょう? 他に何かしてみます?」
「魔法はMPを使うから、休むのも仕事」
そういえば、ホルンさんにも言われたっけ。余裕をもって魔法は使わないといけないって。
「じゃあ、ちょっと別の練習をします」
私はマジックバッグから弓と矢筒を取りだし、練習を始める。この時のために円形の的も余った木で作ってきた。
「アスカ、弓使えるの?」
「まだまだですよ。練習だってあんまりできていませんし」
そう言いながら距離を取って練習を開始する。最初はしっかり構えて撃つ。
「当たった!」
だけど、ちょっと中心からずれている。フィアルさん曰く、しっかり構えたなら中央に当たるぐらいでないといけないらしい。
「はっ! やっ!」
今度は続けざまに構えず撃つ。
「う~ん、当たりはするんだけどなぁ」
矢は中心を少しずれるものの、きちんと的には当たる。調子自体は悪くなさそうだ。五本射ったところで矢を回収してもう一度繰り返す。
「やった!」
七射目にしてようやく的の中央に当たった。調子が上がってきたと感じ、しばらく矢を放つ。それから三十本は射っただろうか、ジェーンさんが話しかけてきた。
「アスカ、色々できる。弓撃つ時も、かっこいい!」
「えっ、本当ですか、嬉しいです! でも、中途半端なことばかりですし、ジェーンさんには敵いませんよ」
ジェーンさんは魔法も使えるし、魔法使いの職業にも就いてる。それに、商人ギルドの方からポーションの引き取りと材料の納品に来るなんてそれだけですごいと思う。
「私も調合は勉強中。討伐もあまりできないし、一緒」
「じゃあ、これからは一緒に頑張りましょう!」
可愛らしい先輩から応援された私は嬉しくなり、ぶんぶんとジェーンさんの手を取って上下に振る。
「うん……」
頑張ると言ったものの、腕が疲れてきたので少し休む。奥ではまだ二人がジャネットさんと稽古をしていた。
「まだまだ、二人は元気だね」
「ジャネットもすごい」
確かに。ずっと二人を相手にしているのに疲れた様子が見えない。それに危なげもなく攻撃をかわしている。だけど、剣だけじゃなく格闘術で殴られてるリュートやノヴァがちょっと可哀そうかも。
「ふぅ~、向こうは一段落ついたみたいだしこっちも休むか」
「は、はい……」
「へっ、俺はまだまだ大丈夫だぜ!」
「そう言いながらノヴァ、あんた真っ先に休んでるだろ?」
「こ、これは動いた量が多いからだよ」
ジャネットさんの指摘にすぐに反応するノヴァ。ああいうところはかわいいなぁ。
「それを無駄って言うんだよ。フェイントをかけるのにいちいち、全力で移動しなくていい。お前がそうやって動くだけで相手は有利になるんだよ。もっと相手の注意を引くように動きな」
「……分かった」
「ノヴァもジャネットさんには形無しだね」
「仕方ねぇよ、リュート。スキルもステータスも傾向が似てて、実力だけが違うんだからな。お前は武器が違ってよかったよな」
「ははっ、それはあるかもね。僕も疲れたけど、ただ圧倒されることはなかったから。だけど、リーチが違うから全く踏み込めないけどね」
私は疲れている二人に飲み物を渡しに行く。
「二人ともお疲れ様、これどうぞ」
「ありがとう、アスカの方はもういいの?」
「うん。私は回復魔法を教えてもらったし、風魔法の使い方も色々お話しできたし」
「アスカはいいよな。こっちは肉体労働だってのに」
「アスカはその分、頭を使ってる。戦い方にも無駄がない」
ノヴァからの一言に即座にジェーンさんが反論してくれた。まあ、今のところ半分は感覚でやってるけどね。
「まあそうだね。あたしもちらっと見てたけど、枝を一本落とす時と二本落とす時で別の魔法を使ったり、威力も落としたりで気を付けていたね。お前たちと違って長期戦にも耐えられるだろうさ」
何とジャネットさんは二人に稽古をつけながらこっちも見ていたようだ。本当にCランクってすごいんだな。
「それを言われると僕らはつらいよね」
「早く防具でも買って、せめて盾にはなれないとな」
「でも、二人も頑張ってるんだしちゃんとできるようになるよ。それよりお昼にしよう?」
こういう時は気持ちを切り替えることも大事だと思って、提案してみる。別にお腹が空いていたわけじゃないよ。
「そうだねぇ。ちょっと早いけど、それなりに動いたし食べてから依頼に移るとするか」
「ごはん」
ジャネットさんやジェーンさんも賛成してくれ、各々シートを敷いてお昼ご飯を出していく。
「俺たちは安いパンと水だけど、アスカは何を買ってきたんだ?」
「私は宿の人に頼んだパンと後はドルドで買ったジャムと干し肉かな? 干し肉は期限が近くて安かったの」
「アスカ買い物上手……」
「ええ~、干し肉かよ。いいよなあ~、安くなんのかあれ?」
「干し肉は保存食だからね。期限がある程度過ぎたら価値は半減するのさ。たまにあるから、暇なら覗くのもありだよ。もっとも、それ目当てだけで行くのはダメだよ。そんな奴に売っても店としちゃ意味がないからね」
ジャネットさんからさりげなく、特売品以外も買うようにと注意を受ける。まあ、個人店がほとんどのアルトレインじゃ、お店の人の心証は大事だよね。
「僕らも今度からそこで買おうか。パンだってどこでもいいから適当に買ってただけだし」
「そうだな。まともなのもたまには食いたい」
「食事は大事。頭が働かなくなる」
「そうですね。糖分取らないと」
みんなで和気あいあいと昼食を取る。ちょっと前まで外では一人寂しく食べていたから、このにぎやかさが嬉しい。
「よし、飯も食べたことだし行くとするか」
「はい!」
「今日の依頼の場所は、森のちょっと奥だね。この前僕らのいた近くかな?」
「そうだね。それじゃあ、行こう」
隊列はノヴァとリュートが先頭で、そのすぐ後ろが私だ。私の後ろにはジェーンさんで、最後尾はジャネットさんとなっている。
「ノヴァ、ちゃんと警戒しながら進みなよ。このパーティーで警戒のスキル持ちはいないから、急に出てきても焦らず対応できる速度でね」
「わ、分かってるよ」
ジャネットさんの言葉に少し警戒を強めて歩くノヴァ。まだ森に入るところなんだけどとは、集中してるし言わないでおこう。
初めてノヴァたちと出会ったところまで来ると、少し空気が変わった気がする。なんて言うか、ちょっと張り詰めた感じ。
「いるだろうね……」
「ん? なんだ。止まって?」
「もしかして……」
「アスカと私は普通。リュートはぎりぎり、ノヴァがアウトだね」
「私は?」
「ジェーンは魔法を使えばもっと広く索敵できるだろう。もうすぐ出遭うだろうから気を付けな」
一気にジャネットさんの顔つきも真剣になる。私も杖を構え直すと、ガサガサと森の中を闊歩する音がした。しかも、複数いるのが簡単に分かるぐらいの大きな音だ。
「オークは単独行動をほとんどしない。群れでいることもあるから一人で絶対に斬りかかるな」
「お、おう」
今までと違い強く言われ、ノヴァも不安を隠せないようだ。そして奥から姿が見える。
「少なくとも七体か……二人とも」
「はい」
「うん」
ジャネットさんから指示を受けた、私とジェーンさんが魔法を唱える。
「「ウィンドカッター!」」
「行くよ!」
私たちの魔法が先制してオークを切っていく。ジェーンさんの刃が心臓部分を、私の刃は頭を落としていく。六本の刃のうち四体に当たり、残りの三体に向かって三人が走る。
「はあぁぁぁ!」
「やぁぁ」
《ブ、ブモッ!?》
ジャネットさんが驚き戸惑っているオークに一閃。続いてもう一体に迫る。ノヴァとリュートが残りの一体を相手にする。念のため私は風の魔法で他のオークがいないか調べる。
「いた……」
ちょうど、ノヴァとジャネットさんの間の奥にいる。数は……五体以上だ!
「ジェーンさん、奥にもいます!」
「分かった!」
「「ウィンドカッター」」
二人に当たらないように弧を描いて上空から奥へと刃を向ける。そして、木を切り倒して隠れていたオークたちをさらけ出す。その中の一体はすでにノヴァたちの方へと体を向けていた。
「よくやった!」
「わわっ!? なんだこいつら!」
「ノヴァ! 前も見て!」
オークの増援にリュートとノヴァの連携が崩れる。ここから魔法でコントロールして当てようにも威力と有効範囲の関係で使いづらい。こうなったら……。
「これで、ウィンド!」
私は取りだした弓を構えて矢を放つ。放った矢には魔法を乗せて、一直線にノヴァたちを狙おうとしていた先頭のオークの頭へ。
魔法でコントロールと威力を強化された矢は見事にオークの頭へと突き刺さった。
「この隙に!」
「いくよ、ノヴァ!」
「おう!」
二人が息を合わせて目の前のオークに攻撃を仕掛ける。リュートは正面から、ノヴァが隠れるように左からだ。オークの注意を引き付けたリュートが、振り下ろされたこん棒を避ける。その姿勢でがら空きになったオークの頭部へとノヴァが切りかかった。
ザンッという鈍い音がしてオークが倒れる。
「やった!」
「二人とも次!」
「「!」」
つかの間の勝利も増援として現れた次のオークが二人へ向かっていく。
「足止めは私の方でできるから、二人はなるべく端のやつを狙って!」
乱戦で補助魔法は自分にしか使えない。相手に掛かる危険があるからだ。私は二人を端に移動させ、いざという時に備える。その間にも援護すべく弓を構える。
「ウィンド!」
再度魔法をかけて命中精度と威力を上げる。こうして放った矢は二人に向かっていたオークの腕に当たり注意がこちらに向く。
ひょろっとした私たちだからだろうか、もっと良い獲物を見つけたと言わんばかりにニタァと笑ってオークが向かってくる。
「その笑みをやめて! エアカッター!」
一つの刃がオークに向かっていく。しかし、オークもこん棒を盾に勢いを付けて迫ってくる。
「この……」
「ここは任せて! 水の一撃よ、アクアスプラッシュ!」
ジェーンさんから放たれた水がオークを一気に押し流す。その水流は後ろにいるオークも巻き込んだ。
「ふぅ~」
「ふぅ~、じゃないよ。危ないだろジェーン!」
ジャネットさんが残りのオークと戦いながらも近くにオークが流れ着き、注意してきた。
「ジャネットを、信じてる」
ぐっと指を突き出すジェーンさん。戦闘中だというのに少しほんわかとした空気が流れる。
しかし、まだ端ではリュートたちが戦闘中だった。リュートたちの方は中々勝負がつかないようだ。オークの背が高く、短剣や剣が頭に届きにくいのが影響しているみたいだ。
「ぐあっ!」
こん棒の一撃を剣で受け止めたノヴァが吹き飛ぶ。やっぱり体格差が大きいんだ。せめてリュートの短剣も届いたら……。さっきからこのオークは剣しか頭に届かないと知って、ほとんどの注意をノヴァに向けている。そうだ――。
「リュート、風の魔法!」
「……分かった! はあっ!」
リュートが風の魔法を使って一気に跳び上がる。オークはその瞬間を見ていなかったため、キョロキョロと辺りを見回している。
「どうした? お前の相手は俺だ!」
ノヴァがなんとか立ち上がってオークの注意を引き、オークはこん棒を振り下ろした。しかし、ノヴァは先程までと違い大きく飛び退いて避ける。
「こっちだよ!」
その時、降りてきたリュートの短剣がオークの首にザクッと突き刺さった。これが致命傷となってオークはすぐに動かなくなった。
「良くやったな!」
ジャネットさんが駆け寄ってくる。残りのオークたちも片付けてくれたみたいだ。
「疲れた~」
「だね」
「二人ともお疲れ様、エリアヒール!」
私は念のためジャネットさんを含む三人に魔法をかけ、傷と疲れが癒えるよう祈る。
「それにしても、大量……」
「こりゃしばらくは肉漬けだねぇ」
そして戦闘が終わった私たちの周りには、お肉がゴロゴロしていたのだった。