教練
冒険者ショップに寄った後、ドルドで明日の分の食糧を買い込んだ私は、宿に戻って早速マジックバッグの使い心地を確かめる。
「うん、出し入れともに良好! これなら次から弓も持って行けるね」
討伐依頼中心の時はともかく、採取の時はさすがにバッグが一杯になる可能性もないし、持って行くのも邪魔にはならないだろう。弓の他にも準備したものを入れていく。
マジックバッグへポーション類を入れると衝撃で割れないのは大きい。せっかく使う時になっても、魔物に吹き飛ばされて割れてたらどうしようもないからね。
「弓を出す動作の練習もしなくちゃね」
弓と矢筒を出す練習もする。こちらはメインウェポンではないので、取り出す時に隙が出来ないようにしたい。こうして一通りの確認が終わったので、今日はもう寝ることにした。
「アラシェル様、明日はみんなをお守りください」
「ふわぁ~」
昨日早めに寝ついただけあってすがすがしい目覚めだ。早速、食堂へ下りて朝食を取る。
「おねえちゃん、おはよ~。今日は冒険頑張ってね」
「うん、また何か採ってくるよ」
「無理しないでいいよ」
「大丈夫。今日はみんなといるし、後ろで戦うから」
姉としては妹に良いところを見せたいしね。
「それならいいんだけど……」
「おっ、早いねアスカ」
「ジャネットさん、おはようございます。ジャネットさんも早いじゃないですか」
「あたしはちょっと用事があるから早めにと思ってね。エレンこっちにも飯頼む。という訳で依頼はオーク退治でも取っておいてくれ。ギルド前で待っててくれたらすぐに合流出来ると思うから」
「分かりました。ノヴァやリュートにも伝えておきます」
「じゃあ頼むな」
食事を終えたらジャネットさんとはいったん別れて部屋に戻る。
「さて、準備だけど今日はジャネットさんもいるし、いつもより安全だから試してみようかな?」
まずは銀色のワンピースを着て、その上からローブを着る。これで付与されてる集中力向上の効果は目立たないはずだ。それから杖を持って弓は昨日のうちに入れてあるから、食料の入った大きめの袋とポーション類の小袋を腰に下げて。
「完了!」
準備のできた私は食堂へ下りてギルドへと向かう。銀のワンピースの効果がどうなるかな?
「行ってきま~す」
「いってらっしゃい」
ギルドに着いたらまずは依頼を見に行く。今日はかなり早い時間なので人もまばらだ。だけどこれぐらいから一気に来るらしいので、早めに取らないと。
「オーク、オーク……これだ」
東の森のオーク退治。五体から最大一五体までは別報酬あり、か。依頼票を手に取るとホルンさんのところへ行って依頼を受ける。
「ホルンさん、依頼の受付をお願いします」
「いらっしゃいアスカちゃん。オーク退治ね。まさかとは思うけど一人で受けるの?」
「パーティーで受けます」
「う~ん、パーティーのランクからいうと微妙なところだけど、ジャネットかフィアルは一緒?」
「ジャネットさんが付いてきてくれます」
「なら大丈夫ね。パーティーランクが低いと同行者のメンバー次第で却下されることもあるから気を付けてね」
「どうしてですか?」
「たまにね、Bランク以上の引退者たちがパーティーに所属するだけで活動無しの場合があるの。そうやってパーティーランクを引き上げて、他のメンバーが高ランク依頼を受られるようにしてるところがあるのよ」
「それって、Bランク以上の人は何かいいことあるんですか?」
以前にジャネットさんから高ランクの冒険者が低ランクのパーティーに入ると、周りからよく思われないって聞いたのに。それに冒険にも付いていかないならメリットはなさそうだ。
「所属している間に他のメンバーから報酬が入るのよ。引退後は稼ぎにくくなるからその時の資金稼ぎね。本来はいけないのだけど、取り締まるのも難しいのよ。引退前のレクチャーの場合もあるからね」
なんだかしっかりしているような、そうでもないような話だなぁ。そんな世間話も交えつつ、パーティーカードを機械に通してもらって、依頼を受けたら後はリュートたちを待つだけだ。
「依頼の受付は終わったから、待つなら中で待っていたら?」
「そうします」
ホルンさんの薦めもあり、私は待ち合わせの時間までおよそ二十分待った。ノヴァとリュートが来たのは時間ちょうどだ。
「おはようアスカ。ごめんね遅くなって。ノヴァが中々起きなくて」
「もっとちゃんと起こせばいいんだよ。院にいた時はエステルにガツンと起こされてただろ?」
「あれは僕に真似できないよ」
「二人ともおはよう。別に気にしてないから行こう?」
「あ、ああ」
私は二人が来たのでジャネットさんと待ち合わせしているギルド前へ行く。
「な、なあ、怒ってるのか? 外に出てジャネットを待つなんて」
「えっ!? ああ、言ってなかったね。ジャネットさんに外で待つように言われたの」
「何だよ。びっくりさせんなよ」
「ノヴァ、ちゃんとあいさつしなよ」
「……おはよう」
「おはようノヴァ」
ばつが悪そうにノヴァが挨拶をしてくれる。こういうところは子どもっぽいんだな。そんなことを考えていると、後ろから声を掛けられた。
「よお、アスカ待ったか?」
「ジャネットさん! 今出てきたところです」
「そりゃよかったよ。ノヴァにリュートもおはよう」
「おはよう」
「おはようございます」
「用事はもういいんですか?」
「ああ、話もついてたしな……ほら」
ジャネットさんが後ろへ手を振っている。出てきたのは私より少し背が高い女の人だ。
「こいつはジェーンって言ってな、あたしと組んだこともある魔法使いだ。人見知りだからあまりギルドの依頼は受けないけど腕は中々だよ」
「なんだそれ? じゃあどうやってジェーン……さんは食べてるんだ?」
「ジェーンでいい。薬とか作ってる……」
「こんな感じだけど、ポーション作りがうまくてね。腕がいいからって商人ギルドの方から商品を取りに来るし、材料も持ってきてくれるんだと。依頼も数日余裕のある依頼に限って、人がいない時に来ては少し受けてる感じなんだ」
「結構大変そうですね」
「慣れたら楽」
「でも、魔法使いってことは私と一緒ですか?」
「アスカはまだEランクだから職業はないだろ? こいつはこれでもきちんとした魔法使い。つまり、Cランクだぞ」
「よろしく……」
「よろしくお願いします。ジェーンさん!」
ジェーンさんと握手する。体温が低いみたいで、ちょっと冷たかったけど気持ちいい手だ。でも、見た感じまだ若いし、あまり依頼を受けないのにCランクだなんてきっとすごい人なんだろうな。
「握手……」
ジェーンさんは私と握手した手をニギニギしている。何かあったかな?
「あ~、ちょっと変わったやつだけどよろしくな。それじゃあ、前にアスカが練習したところへ行くか」
「東側のところですね。分かりました」
私たちは目的地を目指して進む。東門を抜けてまっすぐ進み少し道をそれたところだ。目的地に着いて周りを確認すると、木には黒い焦げ跡が残っていた。
「じゃあ、改めて自己紹介だな。あたしはジャネット。職業は剣士だ、得意なのは剣と格闘だな」
「私、ジェーン。職業魔法使い。風と水の魔法が使える」
「俺はノヴァ。Eランクで剣が得意だ」
「僕はリュート。Eランクで短剣を使います」
「私はアスカです。二人と同じEランクで火と風の魔法が使えます」
みんなで自己紹介だ。本当に簡単なものだけど。
「同じEランク……」
ジャネットさんから事前に何か聞いているのか、ジェーンさんは私を見ながら怪訝な表情をする。
「ジェーン、一応ランクでいったらEだからな。自己紹介も済ませたし、二手に分かれようか」
「何をするんですか?」
「あたしは短剣は得意じゃないけど、ノヴァとリュートの指導だな。アスカはジェーンに風魔法を見てもらうといいよ。やっぱり教えてもらうなら、同じ属性が良いからな」
「よろしく……」
「よろしくお願いします」
突然のジャネットさんの申し出にも動じた様子のないジェーンさん。ひょっとしてこのことを頼みにジェーンさんに会いに行ってくれたのかな?
わざわざ同じ属性の人に声をかけてくれたなんて嬉しい。
「ほら、まずは持ち方と心得から。きちんと構えな。腕はもうちょっと上げて!」
私が考えを巡らせている間に、向こうはもう始まってるみたいだ。声だけ聞いていると何だかジャネットさんが鬼教官に見える。
「よそ見」
「あっ、すみません」
「まずは力を見たいからあの枝を落として」
ジェーンさんの指差した方向には高さ四メートルぐらいの木があった。あれぐらいの木の枝なら……。
「エアカッター!」
風の刃が枝を落とす。この魔法は刃が一本だから安全に使用できる。
「じゃあ次。あっちも、それも……」
次々に目標を言われるので、その言葉に従って私は枝を落としていく。
「すごい。私がEランクの時は木ごと切り倒してた」
「一応、魔力操作持ちなので……」
ジャネットさんが連れてきた人だしスキルを説明してもいいだろう。
「うん、見れば分かる。私も持ってる。でも、そこまでうまく出来なかった」
「そ、そうなんですか? でも、お互いレアスキル持ちの仲間ですね」
「仲間。……そう。アスカは風の回復魔法は使える?」
「それなんですけど、最近まで属性ごとに回復魔法があるのを知らなくて……」
昨日、本を読んで知ったけど、各属性ごとに効果が異なる回復魔法があるらしい。ただ、詳しくは書かれておらず、情報だけになったけど。
「じゃあ、今から教える。アスカはきっとできる。風の祝福よ、かの者たちに癒しを……エリアヒール!」
ジェーンさんがそういうと、指導中のノヴァとリュートの傷が治っていく。最初に稽古で軽い怪我をしていたところだ。
「おおっ!? なんだこれ?」
「もしかして回復魔法?」
「すごい! 今のが……」
「これが回復魔法。やってみて」
「で、でも、今は怪我もしてませんし……」
残念ながらジェーンさんの回復魔法で二人とも万全の状態だ。
「ジャネット、怪我させて」
「おう!」
ジェーンさんの言葉を受けてジャネットさんがノヴァとリュートに切り込む。その一撃を側面に避けようとしたところをリュートは蹴られ、ノヴァは避けきれず軽くだけど切られたようだ。
「傷できた」
「二人ともハードな指導だね。風の祝福よ、かの者たちに癒しを……エリアヒール!」
淡い輝きがジェーンさんの時と同じように二人へ行き渡る。お腹を押さえていたリュートも切り傷ができていたノヴァの怪我も治っていく。
「またまたすげぇ!」
「ジェーンさんってすごいんですね。回復魔法って教会とかの聖職者や治療院の人しか使えないのかと……ってアスカ!?」
「やっぱり成功したみたいだね。でも、一発成功なんてすごいじゃないかアスカ!」
みんな褒めてくれるけど、私はあまりピンとこなかった。だって、各属性にあるならそれこそかなりの使い手がいるのではないだろうか?