パーティー冒険準備
「サッサッギュッギュッ、サッサッギュッギュッ。やってもやっても終わらない~」
一枚シーツを洗うのに七分近くかかる。中々、汚れのところは取れないし、水の入れ替えもあったりして一枚といえども結構時間を取られるんだよね。
「う~ん、でもエレンちゃんって今までこれをずる無しでやってたんだしなぁ」
そう思うと力も入る。まだ小さい子が頑張ってやり切っていたのに、私が弱音を吐いてしまうわけにはいかないと思い直し、作業を再開する。
しかし、決意を固めたところへゴーンゴーンと五回鐘が鳴り響いた。
「あっ! 五の音だ。残り一時間で枚数は九枚……気合入れないと」
鐘の音に急かされ奮起して、一枚一枚丁寧かつ早く洗っていく。
「……お、終わった~」
何とか作業を終わらせた私はほっとして尻餅をついて休む。
「あっそうだ! 乾燥、乾燥~」
ふわ~っと温風を送ってこれまで終わった分を乾燥させる。あとは一度取り込んでから、残ったシーツを乾かせば終わりだ。
「おねえちゃん、大丈夫? もうすぐお客さんの分を洗うけど」
鳥の巣では十六時からの一時間で、お客さんから依頼のあった洗濯物を洗うサービスもしている。これはもちろん有料だ。だけど、冒険中にも服が洗えるので結構人気だ。
もっとも、前世のクリーニング屋みたいに家の服を持ってくるわけでもないから、集まるのも少量だし色落ちとか色混ざりもご了承の上だけどね。
「あっ、大丈夫。洗い終わったからすぐに乾かすね」
エレンちゃんの邪魔にならないようにシーツを絞って、洗濯台へかけたら乾燥させる。
「相変わらず便利だな~。おねえちゃんの魔法」
「そうでしょ。自分でも冬はかなり役立つと思う」
「何か私でも使えそうな魔道具とかないのかな?」
「エレンちゃんが使うなら生活用の魔道具だね。確かに使い捨てのものは毎回使うと高いし、適性がいるもんね」
お金儲けとかはあまり興味がないけど、エレンちゃんの仕事が楽になるなら考えてみてもいいかも。この前、貰い忘れた風の魔石の受け取りをするため、おじさんの店へ今度行く時に話をしてみようかな。
だけど、あの魔石も風の魔法が使えないとダメだったはずだ。他の魔石は高そうだし、作るとしても一点ものかな?
「おねえちゃん。乾いたシーツはたたんでおいてくれたらうれしいな」
「はいはい。いつものところに置いておくね」
エレンちゃんの言う通りに私はシーツをたたんで、洗い済みのシーツ置き場に重ねておく。
「あらアスカちゃん。今まで洗ってくれてたの?」
「最近は手で洗ってるのでちょっと時間がかかっちゃって。それに今日はちょっと途中で抜けたので……」
「でも、あの枚数はこれまで溜まっていた分もでしょう?」
ミーシャさんがたたまれたシーツの山を見ながら尋ねてきた。
「明後日にはまた冒険に行くのでそれまでに一度整理したかったんです」
「気を遣わせてしまってごめんなさいね。本来は客の立場なのに……」
「いいんです。エレンちゃんやエステルさんの力になりたいですし」
「ありがとう。じゃあ、ついでなんだけど例の部屋のセット三つ頼める? 別に急ぎじゃないからゆっくりで良いのだけど」
「分かりました。明日にでも作ります」
うまいことミーシャさんに乗せられた感もあるけど、あれはもう慣れたので結構楽だ。最近はハンガーとか箱に簡単な模様を入れたりして楽しむことも覚えた。今日これからでも作れるんだけど……。
「うう~、腕が疲れた~」
先ほどの洗濯で腕が疲れて、それどころではない。パパッと魔法で作ることもできるけど、それはしないと決めているし、一日に作る細工の量は抑えておかないと。
「のんびりライフを詰め込みライフにしないため、がんばらなくちゃ!」
私はそう気合を入れてご飯までゆっくり休む。本当は魔導書も読みたかったけど、その日は疲れていたので夕食後に体を拭いてすぐに寝た。
「エレンちゃんおはよ~」
「おはようおねえちゃん。今日は眠そうだね、昨日はよく眠れなかったの?」
「逆だよ~。疲れてたから、お湯を貰った後ですぐに寝ちゃって……」
「それじゃあ、今日は元気いっぱいね。はい朝食よ」
「あっ、ミーシャさんおはようございます」
エレンちゃんと話していると、私を見つけたミーシャさんが朝食を持ってきてくれた。
「いただきます、はむっ」
とりあえず、寝起きにパンを一口かじる。寝ぼけ眼でよく見ずに食べたけど、噛んでいるとジューシーな味とシャキッとした食感が口の中で広がる。それにベーコンっぽい肉の味もする。
「あれっ?」
目をぱちくりさせもう一度パンの方を見てみる。上から見ると普通のコッペパンだけど、横を見ると斜めに切れ込みが入ってる。
「これひょっとしてキノコパン?」
「そうよ。試作品だけどね。割と量が手に入りそうだったから、一度売ってみることにしたの。私の野菜パンと一緒にね」
得意気にミーシャさんが教えてくれる。確かにあの二つは美味しそうだったもんね。
「俺の魚を使ったライギルパンも売りたかったけどな」
「ライギルさん! これ美味しいです。汁っ気も少なくて」
ライギルさんがこれ以上おかしなことを言わないようにキノコパンを褒める。
「おおっ! さすがアスカ。分かってくれるか? みんな、水分を抑えればいいんだろと簡単に言ってくるんだ」
「あはは、ちょっとからかってるだけですよ」
「そうよ。それにライギルパンなんて自分の名前をパンにつけるなんてあなたは。大体あんなパンは出せません。アスカちゃんになんてものを食べさせる気ですか?」
「い、いやあ。今度こそは生臭さを抑えるから……」
「作るなら骨も入らないようにしてくださいね。前は結局別々に食べたでしょう?」
生臭い魚パンとか本当にあの日は欠席して良かったな……。
「ライギルさん。エレンちゃんには言いましたけど油に漬けるのは試しました?」
「ああ、それだけじゃだめだったから、色々試してる。ひとまずはハーブと一緒に油で煮てるな。そうすると匂いも味も良くなるんだ。色々な魚で少しずつ試してるんだが、他の料理にも使えそうだ」
「サラダにも入れて使えますね」
私は朝食を食べながらも色々な使い方について話をした。こういうのはどんどん広めて、いつか旅先で美味しいものを見つけたら、情報交換がてら現地の料理を教えてもらうのだ。
「そしていつか定住したところで……」
明るい未来計画を呟きながら食べている私を見て、みんなが引いていることには気づかなかった。
「おねえちゃんってたまにああなるよね」
「素材がいいのに残念よね」
「まあ、神様も何でもは与えてくれないってことだろ」
そんなことを言われているとは知らず、私は明るい未来図に思いを馳せていた。
食事が終われば宿の仕事を手伝うんだけど、最近はエステルさんがかなり仕事を覚えてきているので、私の仕事はシーツを少し洗うのと掃除の手伝いだけだ。
だけど、それだとお昼の接客まで隙間時間ができてしまうので、空いた時間はミーシャさんからの頼まれ物を作る時間に当てることにした。
「この間に少しずつ作っちゃおう」
特に棒や箱は簡単なので先に作ってしまう。ハンガーは余った時間に一つずつちまちまできるので残しておいても構わないだろう。そして今日もお昼の手伝いだ。
「おねえちゃ~ん、こっちはもういけそうだよ」
「そう? ならお昼取るね」
最近は私がお昼を先に取って、エレンちゃん、エステルさんの順番に交代でのんびりお昼ご飯を食べている。前はほぼさばき切るまで待ってから食べていたので、余裕ができている証拠だ。
「エレンちゃん交代!」
「は~い」
今度はエレンちゃんと交代して、エステルさんとお仕事だ。こうしてお昼もさばき切り部屋へ戻る。
「さ~て、残りのハンガーをやっつけないとね」
まずは細工道具を取り出しておおまかに整形する。その後で形を整えたら模様を入れる。これを繰り返して作業は完了。作るのは十本ぐらいだから二時間半ぐらいかな?出来上がったものは空き部屋の303号室に運んでおけばミーシャさんが各部屋に設置してくれるのだ。
物干し棒の設置は大工さんから接着剤を買い、やり方もライギルさんに教えてある。これで今度から外注もできるし、私が作らなくても良くなった。
「そうだ! 明日は冒険だった。準備しないと」
上からローブを着て杖を持って、いざ冒険者の道具を売っているお店へと向かう。
「こんにちは~」
「あら、いらっしゃい。何を買うの?」
良かった、前に案内してくれた人だ。
「あ、あの、マジックバッグ下さい」
「マジックバッグね。ギルドで借りられるのと同じサイズでいい?」
私は緊張して言葉が出ず、首を縦に振って返事をする。
「あら、よく見たら前に来た子ね。金貨十枚と銀貨一枚よ」
「あれ? ちょっと値下がりました?」
「あれからちょっと入荷があってね。その分、安くなったのよ」
へぇ〜、何にせよ安いことは嬉しい。
「支払いはギルドカードでお願いします」
私はギルドカードを店員さんに渡して支払いをする。残高は……金貨二枚に銀貨三枚とちょっとか。急な出費にも備えないといけないし、明日から貯め直しだね。
「他には何か買う?」
「じゃあこの前買った匂い玉とかのセットと、マジックポーションを」
「もう全部使ったの?」
「まだ使ってないです。バッグのが割れても使えるようにマジックバッグにも入れておこうと思って」
「いい心がけね。銀貨一枚と大銅貨四枚よ」
店員さんが前のセットを取ってきてくれた。マジックポーションも二つあるみたいだ。
「じゃあ、こっちは現金で支払いますね」
お金を払って店を出る。後はドルドへ行って食料を補充したら冒険の準備は終わりだ。
「店長、良いんですか? あんなにおまけして」
「いいのよ。彼女の評価が上がれば、ここで買ったのよって宣伝して簡単に取り戻せるわ」
あの歳で道具にまで目が行く冒険者だもの。