お披露目
忙しなく今日もお昼の仕事をしていると、注文の声が聞こえた。
「はいはい、ただいま~」
「あの、注文なんだけど」
「はい」
「Aセットとパンを二つずつ、パンは新作のやつね」
「Aセットと新作パンが二つずつですね。大銅貨一枚と銅貨六枚になります。追加料金は後でうかがいますので」
「ああ、はい」
「それでは少々お待ちください。出来次第運んできますので」
「ああ、アスカ。私もエールを一つくれ」
「ジャネットさん今日はお休みですか?」
「じゃないと飲まないよ」
「そうですよね。あっ、これから時間あります?」
「なんか用かい?」
「はい、渡したいものがあるんです。お昼が終わってからですけど」
「分かったよ。部屋で待ってるからね」
「じゃあ、注文承りました」
ぺこりとお辞儀をして注文を伝えにカウンターへ行く。その間も追加注文やパンのお代わりで捕まる。最近パンの追加が多くなって、会計が大変になってきてるんだよね。前は大体、大銅貨一枚ぐらいだったし。
「エレンちゃんじゃないけど、席を増やすのともう一人やっぱり欲しいかも。今は順番にお休みが取れるようになっただけだしね」
そう、エステルさんが作業に慣れたことで、私が働く日に限ってはエステルさん→エレンちゃん→ミーシャさんの優先順位で休みが取れるようになった。宿は滅多に休まないので、二人ともとても喜んでいた。ライギルさん? 私は料理に関してはさっぱりだから……。エステルさんが覚えるか、料理人を雇うまでは残念ながらお預けかな?
だけど、新しい食材と言えるパンと出会って、最近は休みにも興味が出てきたみたい。働きながらだと試作も中途半端になっちゃうからね。
「もうちょっとで昼も落ち着くかな?」
それから、三十分ほどしてようやくお昼の客がはけてきた。結局、ジャネットさんはパンをお代わりして、同席の二人とずっと居たみたいだ。というかあの二人に見覚えがあるような……。
「ノヴァとリュート?」
「なんで疑問形なんだよ。昨日会ったばっかりだろ?」
「うすうす気づいていたけど、僕たちの顔をまともに見ていなかったんだね。忙しそうだったから無理もないけど……」
「ご、ごめん二人とも。お昼はね、ちょっと忙しいから」
「ちょっとって、他の店じゃあここまで混まないけどねぇ。もう少しアスカは色々な店に行くべきだね」
ジャネットさんが最後のパンの欠片を口に放り込みながら言う。その姿も様になるなぁ。
「結局、私は西門の串焼き屋さんとフィアルさんのところでしか食べたことないんですよね」
「あんた一か月は町にいるだろ。もうちょっと外に出な!」
「はいぃ……」
「アスカ怒られてやんの」
「これは心配って言うの。二人とも、もうちょっと待ってね。もうすぐ終わるから、ジャネットさんも」
「はいよ」
「うん」
私は三人と別れ、再び他のテーブルへ。この時間は入ってくる客より出て行く客の方が多いので、基本は片付けだ。
食器を回収したら厨房横のところで水をためて一気に洗う。もうちょっと奥だったら食洗器みたいに一気に洗えるのにな……。
そんなことを考えていると、急にバタンと食堂と厨房を隔てる仕切りのドアが閉まった。
「何かしたいことがあるんだろ? これで大丈夫だ」
「ライギルさんありがとうございます! 風魔法……洗浄!」
私は風魔法を弱く使って洗浄を使う。実際は風魔法にないんだけどね。水魔法の浄化なら一気に洗えるんだけど、こっちは水に洗剤も必要だ。
ただし、こちらの利点としては叩き洗いなど、衣類を洗うのにも適しているということだ。染み抜きも簡単で、洗った後は乾燥もできる。冒険者冊子の生活魔法欄に書いてあったアレンジだ。
ジュールさんに今度感謝を込めて何か送ろう。日頃からお世話になってるホルンさんと一緒にね。
「食器同士が当たらないように注意して……」
ぶつかることなく空中で食器が洗われていく。コントロールが少し難しいけど、これぐらいならいける。
「後は、空中乾燥!」
浮かせたまま風魔法で乾燥させる。これで、拭く手間も省ける。スパイスに加えた火魔法で乾燥もスムーズだ。
「ライギルさん。ちょっと、早めに上がってもいいですか?」
「ん? ああ、これのおかげで早く済みそうだし、ミーシャにも言っとくよ。飯は?」
「ん~、Bセットで! それじゃあ」
バタンとドアを開けて一度部屋に戻る。一応、全種類のコインを持って行こうかな?
「お待たせしました」
「おや、早かったね。まだ客はいるけど?」
「ちょっと早く上がらせてもらいました」
「そういやさっき、厨房のドア閉まってたけど何かやってたのか?」
「ううん、ちょっと上がっていいかの相談だけ」
「あ~、まあ、お客さんならそういう会話を気にする人もいるかもね」
「そうなの。エレンちゃんとかも休めて良かったね。って町で会った人によく言われてるみたいだし」
「それで用事ってのは?」
「用事なんですけど、まずは紹介しますね。ノヴァとリュートです」
「ノヴァだ。孤児院出でEランクの十五歳」
「リュートです。ノヴァと同じくEランクの十五歳です」
「へえ、あんたら同い年だったのか。でも、十五ってことは……」
「はい、二人とも孤児院を出てこうして冒険者をやってます」
「そりゃ大変だったね。で、この二人がどうかしたのか?」
「えっと……」
私は昨日のことをジャネットさん話す。そして、
二人も私もまだまだ冒険者として未熟だから、一緒に行動するためパーティーを組んだと説明した。
「なるほどね。確かにアスカの装備じゃ一撃くらったら致命傷になりかねないし、矢避けとしては十分だね」
「や、矢避け……」
「だってそうだろ? 能力値もおそらくアスカとは離れてるし、スキルも普通。装備もそれじゃあ前衛で体張らないとアスカが割に合わないよ」
「確かに今の僕らじゃゴブリンを倒すぐらいが、精一杯ですからね……」
「そうそう、ちゃんと自分の力を理解してるのはいいことだよ。ゴブリンならせめて十匹いても傷つかないぐらいの自信は持ってもらわないとね」
「それはちょっと無理が……」
「一応、同じパーティーだから言ってやるけど、あたしともう一人はCランクだからね。同じパーティーである以上は口出しもするよ。自分の評判にも繋がっちまうからね」
「あの……やっぱり勝手に入れたの怒ってます?」
「いいや。ただ、パーティーってのはランクごとに受けられる依頼にも差が付くって話はしたよねアスカ? こいつらのランクが上がらないと、あたしも初心者の集まりで意気がってる冒険者って思われちまうのさ。CランクがEランクのいるパーティーに所属してると、そういう目で見られるんだよ」
「そうだったんですね。よかったです、二人を受け入れてもらえるか心配で……」
「安心しな。あたしもフィアルもアスカの人選なら何も言わないよ。それにあんたがリーダーなんだからもっと自信を持ちな」
「はいっ!」
「で、用事は?」
「あっ、そうでした。これです」
私はジャネットさんとノヴァ、リュートの前にパーティーコインを出す。
「何だいこれ?」
「これはですね……」
「はい、アスカちゃんお昼よ。お話もいいけどしっかり食べなさい」
「あ、はい」
パーティーコインの説明をしようとしたところで、ミーシャさんがお昼ごはんを持ってきてくれた。ありがたいけど、先に済ませたかったな。というのも……。
「そうだね。まずはアスカが食べ終わるまで待ってるよ」
「そうだな。俺たちも今日は時間あるし」
こうして私は三人に見られながら恥ずかしい思いをして、昼食を食べた。
「じゃあ片付けるね、おねえちゃん」
「ありがとう、エレンちゃん」
食事も終わったところで話の再開だ。
「それで、このコインなんですけど、昨日二人と話をしていてパーティーを組むならそれが判るようなものを持ちたいって流れになって……」
「ああ、アスカの食事中に軽く二人からも聞いたよ。昔はあたしたちもそういう話をしてたねぇ。だけど、デザインも決まらないし細工師に頼むと結構することが分かって、流れたんだよ」
「ありそうな話ですね」
今のリュートやノヴァを見ると特にそう思う。着てる鎧とかも結構傷が目立つんだよね。
「俺は分かんねえけどそんなに高いのか?」
「ノヴァ失礼だよ。先輩だしランクも上の人に」
「構わないよ。同じパーティーだろ。確かあん時の費用は……四人分で銀貨八枚だったかな?」
「た、たけぇ」
「そりゃデザイン料も入ってるしな。ちなみにデザインは選べたけど、いいデザインだともっとしたよ」
「それはちょっと僕らには払えませんね」
「だろ? あの頃はDランクになりたてで、それこそマジックバッグの貸出金額が上がってレンタルを続けるか買うかで大変だった時だからな。そんな金があるならその資金に回せってなったのさ」
「じゃあ、ジャネットさんたちもあこがれのものだったんですね」
「あ、いや、今だとちょっと恥ずかしいかな……」
「どうしてですか?」
「だって、昨日まで飾りっ気のないやつが、急にパーティーに入ってお揃いのものを付けてるんだろ? あんたたちはEランクだからかわいいもんだけどあたしはねぇ」
「ジャネットさんは特定のパーティーに入らず活動してるから、他の人からは一匹狼って言われてるから余計ですね」
「そうなのリュート?」
「うん。だから、勧誘もしづらいってみんな、言ってます」
「そういう声が来なくなると思ったらこれもいいかもね。翼の紋章なんてかわいい気もするけど」
そういえばみんなは手に取らずにずっと見比べてたな。別に色々触ってくれても良かったのに。
「じゃあ、みんな一度手に取ってください」
「こうか?」
「そしたら裏を見て下さい」
この場にフィアルさんがいないのは残念だけど、みんなを驚かせたくて、私は反対側を見てもらうよう促した。
「へえ、こいつなら付けてても違和感もないし気に入ったよ。ギルドの紋章を参考にしたのか?」
「一応。怒られないといいですけど……」
「これぐらいじゃ怒られないさ。にしても綺麗に彫ったもんだね。だけど、弓のとこだけ失敗したのかい? 何か他と違うんだけど?」
「本当ですか? こっちは剣ですけど?」
「嘘言うなよリュート。違ってるのは杖だろ?」
「「「うん?」」」
よく分からないなという顔をみんなしている。この顔が見たかった!
「じゃあ、正解を発表しますので全部のコインを武器の絵の方にして並べてください!」
「こう?」
武器の絵の中で強調された部分が剣、杖、弓、短剣、剣の順番に並べられる。
「こ、これって……」
「そうです。みんなの現在の得意武器が彫られたコインなんです。誰のものかがこれで分かるようになっているんですよ」
「す、すげぇ~、お前なにもんだよアスカ!」
「ただの宿屋の店員です」
「冒険者だろ」
「あっ!」
しまった。つい誤った言葉を口にしちゃった。気を取り直して、私はコインを一人一人渡していく。
「自分のものは覚えといてね。特にノヴァはジャネットさんのと間違えないでよ?」
「これだけ長さもデザインも違うんだから流石に間違えねぇよ」
「僕の短剣はちょっと立派過ぎる気が……」
「なら、そこに彫られているような立派な短剣を持てるようになりな。それなら問題ないだろう?」
「そうだぜ、リュート。頑張っていい短剣を買おうぜ!」
「そうだよね。うん、僕頑張るよ!」
「そうそう、その意気だよ。それじゃあフィアルさんには後日渡すとして……次の依頼を受ける日だけど」
「僕らはあまり資金に余裕もないから、できれば早くにもう一度行きたいんだ」
「なら明後日はどうだい? あたしも依頼は休むつもりの日だし、ちょっと他にも当てがいてな」
「それならその日で決めちゃう?」
「そうしようぜ」
こうして私の次の冒険は明後日に決まったのだった。




