具材の研究
「ただいまエステルさん!」
みんなでエステルさんをねぎらう。そこから食堂に集まり、パンの具材の話に入る。勿論ここからはエステルさんも宿の一員として加わってもらう。
「それじゃあまずは具材を見せ合いましょうか」
「じゃあまずは私から~」
エレンちゃんが買ってきたものを見せる。マールキノコにツルキノコ、そして果物だ。見たことないけどオレンジっぽいなぁ。
「次は私ね」
ミーシャさんが買ってきたものは、野菜といつも飲ませてもらってるジュースに使う果物だ。結構すっきりした味だし、野菜にかけて食べてもよさそう。
「じゃあ、次は私かな?」
私も見せていく。ブドウのような果物にくるみに似た木の実。それとオーク肉だ。
「げっ、アスカはこれを買ってきたのか。これは罰ゲーム用だぞ。俺も時々、嫌々作らされてるんだ」
「そうですね。孤児院でも理由を話せば安くなるから買っていたんですが、みんな渋い顔で食べてました」
「あっ、ちゃんと聞きましたよ。これを乾燥させようと思いまして」
この前、雑貨屋さんに行って気付いたのだけど、この世界のものは基本的に美味しいものから美味しいものを作っている。不味いものを何とかしようということがあまり見当たらないのだ。当然と言えば当然かもしれないけど、こうして使い道のない食材は安く売られている。
「じゃあ、後で作って見せてね」
「それにしてもオーク肉まで買ってくるなんて、おねえちゃんは相変わらず大胆だね」
「本当は別の物を買ってこようとしてたんだけど、売ってないから代わりにね」
「へぇ~、市場に売ってない肉なんてあまりないがな」
「ああ、オーク肉だったんですけど、加工の仕方が違うというか……」
「地方ごとに料理の方法も違うし、アスカの村独特のだと仕方ないかもな」
「じゃあ、最後はライギルさんですね」
「俺のはこれだ!」
でん! とライギルさんが出したのは魚だった。あれ~、魚のパンってあったっけ? ツナパン? 他には何も思いつかないな。パンと魚ってあんまりイメージがないんだよね。これは協力できそうにないなぁ……。
「へぇ~、みなさん色々な物を買ってこられたんですね。それに一つも被らないなんてすごいです」
「確かにそうだね。みんな同じ場所で買ったのに」
「それだけ色々な物が揃ってるってことね」
「じゃあ、一旦パンを持ってくるぞ」
ライギルさんがそれぞれの前にパンを一つずつ置く。
「実物があった方がいいと思ってな。今からこの中のものを使ってどんな風にするかイメージを描いてくれ。もちろん自分の買ってきたもの以外でもいいぞ」
う~ん、イメージだと自分のが思い浮かぶんだけど、急に何種類も思いつくのもね。ソースに近いものはあるし、まずはカツサンドからかな?
「おねえちゃん、結構早くから書き始めてるね。もう浮かんだの?」
「うん、知り合いに聞いたことがあってそれをね」
「私はまだ浮かびません。アスカは聞いたこととはいえ想像力豊かなのね」
「どうなんでしょう? 急に思い浮かばなくなったりするかもしれませんよ」
「ほら、みんな手を動かしてくれよ」
「そういうお父さんはどうなの?」
「きちんと書き始めてるぞ。なんせ自分の食材を使うんだからな」
「そうね。適当に買うだけじゃなく考えながら買っていればそうよね」
「お母さんもなの? みんなずる~い!」
「じゃあ、エレンちゃんは私と一緒に考えましょ」
「ありがとう、エステルさん」
それから色々話をしながらもなんとか一人一品が思い浮かび絵も完成した。
「じゃあ、まずは私たちから発表しま~す!」
エレンちゃんとエステルさんの作品は予想通り、二種類のキノコを混ぜた炒め物をはさんだパンだ。
「意外性はないけど、確実に食べられそうだな」
「そうねえ」
「ねえ、お姉ちゃんはどう思う?」
「そうだね。美味しそうだけど、キノコだけじゃ味が弱いから肉が欲しいかも。後は味付けに使った塩分で汁っ気が出そうだから、そこも気を付けないといけないと思う」
「……なんだか、もうそれでいい気がしてきた」
「そうね。アスカは料理人としてもいけるかも」
「違いますよ。ちょっと浮かんだだけです」
「確かにアスカの言う通りだな。だけど、前日のスープの汁なら肉も入ってるし、汁気だけうまく切るようにできれば作るのは簡単そうだな」
「お父さんからも高評価だ。やったねエステルさん」
「ええ」
「次は私かしら。一応考えてるのはこれね」
ミーシャさんの絵はパンに縦の切り込みを入れ、そこに野菜を入れて果実の汁をかけるというものだった。
「確かにこの組み合わせならおいしそうだが食べにくそうだな……」
「そうなのよ縦にも横にも切り込みを入れたけど、どうしてもパンが大きくて。でも小さくすると入れられる量も少なくなってしまうのよね」
ミーシャさんがちらりと私の方を見てくる。解決策はあるんだけど、そんなにポンポン出していいのかなぁ。まあ、ミーシャさんたちにはお世話になってるし、別にいっか。
「ん~、パン自体を替えたらどうですか? 今の形じゃなくてこう四角形にして。これを薄く切ってはさむんです。これでも大きければまた半分に切ってて…」
「なるほどな。こうすれば確かに挟みやすいし、パン自体が少なくなって具の味が出やすくなるな。型さえあればこれはいけそうだ」
「でもアスカすごいわね。すぐに思いついて」
「あ、いや。実は自分のがこれと同じ形のパンを使うので……」
良かった、最初がカツサンドで。カツサンドなら食パンだもんね。
「というわけで私のはこれです」
「これは?」
「オーク肉に衣をつけて揚げて、それをパンにはさむんです。分厚いとパンも硬いし、オーク肉も厚みが出るからこういうパンじゃないとだめだって教えてくれた人が言ってました」
「へぇ~、確かに持ちやすいし、大人も子供も食べられる量だね。量が欲しい時は数を増やせばいいだけだし」
「それで、私のパンにも使えると思ったのね。えらいわアスカちゃん」
「いえ、教えてくれた人がすごいんですよ」
「だけどその人には感謝だな。アスカの村まで来てたってことは何か食材とかを探して旅をしてたんだろ? 運が良かったなぁ」
「そ、そうですね」
「じゃあ、最後はあなたのね」
「ああ、俺のはすごいぞ! 何せ、魚をぎゅっと間に挟んだパンだ。開けば魚の姿が見え、食べる時はナイフで頭としっぽを落として食べる!」
「今日はここまでかしら」
「ん、みんなどうしたんだ? すごいだろう!」
「い、いえ、確かにすごいと思うんですけど……」
「あのね、お父さん。その頭としっぽは誰が回収するの? 床に落ちたら? 私はやらないよ」
「うぐっ! な、なあ、アスカならきっとこれも……」
「ライギルさん、この絵だとそもそも骨も抜いてませんし危ないですよね。私、嫌ですよ。治療院の前で子どもがうちのパンを食べて、骨が刺さって泣いてる光景を見るの」
「まあ、そうなるわね。とりあえずあなたは今からその銀貨二枚分の魚料理でも考えておいてね。それと、長いパンの型を親方さんに発注しておいてね」
「わ、分かった。せっかくいい物になると思ったのに……」
「でも綺麗な料理はそれだけで美味しいですよね」
「そ、そうだよな」
「だけど、安心安全が一番だと思います!」
「そうだよな……」
綺麗な見栄えよりもお腹を壊さないことのがよっぽど重要だと思うのだ。
「あっ、そうだライギルさん!」
「どうした?」
「また、木材いただいてもいいですか? 今度はバルドーさんの部屋の分を作りたくて」
「ああ、まだ奥にあるだろ? 持って行ってくれ」
「ありがとうございます」
第一回パンメニュー大会を終え、私は物置から木材を調達すると早速部屋へ戻って作業を開始する。
「さすがにもう三セット目だし、簡単簡単」
とりあえず、精神を集中するためにシートを敷いて座ったら深呼吸をする。
「よし!」
それから、バルドーさんの部屋の分は四十分ほどでできた。これぐらいの細工物ならもう簡単に終わるなぁ。
「近いうちに他の部屋への取り付けのことも相談しなきゃね」
前はどれぐらいで完成するのかが分からなかったけど、今は目途がつくから判断もしやすい。とりあえず、作業もだけど明日は採取に行くつもりだからその用意もしとかないとね。ゴミを片付けながら私は意識をそちらに向けた。