【3巻発売前記念】アスカとお母さんと沢の魔物
「う~ん、今日も疲れた~。ミネル、お休み~」
《チッ》
私は細工疲れでぐったりしながらミネルにお休みを言う。ミネルも寝てればいいのに私に付き合って起きてくれていた。でも、時間も遅いしキリも良いのでここで中断することにしたのだ。
「明日は冒険の日だし、続きは明後日以降かぁ。しょうがないよね」
《チィ》
ミネルにも無理はしないでと注意され私は眠りについた。
「おはよう、ミネル」
《チッ》
ミネルに挨拶をしてご飯を置くと私は食堂へと向かう。
「おはようございます」
「おはよう、アスカちゃん。今日は依頼を受けに行くのよね?」
「はい。でも、今日は一人なんです」
「ごめんね。エステルちゃんも昨日から調子が悪くて、リュート君を借りちゃって」
「いいえ。ちょうどノヴァも大工さんのお仕事で行けないかもって話があったので、大丈夫ですよ」
「そう言ってもらえて助かるわ。でも、一人で大丈夫? 無理はしないでね」
「はい。依頼も簡単なものにするつもりです」
ミーシャさんと軽く話して朝食を取ったらいよいよ冒険へ出発だ。
「ミネル、留守番よろしくね」
《チィ》
ミネルにお留守番を頼み、マジックバッグと杖を持って部屋を出る。そして、冒険者ギルドへと向かったんだけど……。
「あれ? ギルドの前に女の子がいる」
冒険者ギルドの前には七歳ぐらいの少女がうつむいて立っていた。気になったので声をかけてみる。
「あの、冒険者ギルドに何か用があるの?」
「あっ、えっと、その……」
急に話しかけられたせいか、少女はあたふたしている。待ち合わせとかじゃないみたいだ。
「慌てなくていいよ。何か困ってるの?」
「お、お母さんが病気なの」
私がかがんで話しかけると、ようやく少女はゆっくりと話してくれた。
「病気? それは大変だね。病気の名前は分かる?」
風邪なら薬を持ってるし、栄養ドリンクも作れるからと思い事情を聞く。
「んとね、せきとお熱が高いの」
少女は身振り手振りも含めて母親の現状を説明してくれた。その病気に効く薬もあるらしいけど、薬が高い上に今はこの症状が流行っていて、ウェデリアという薬草の在庫もないらしい。それでギルドに素材の採取依頼を出そうとしたみたいだ。
「うう~ん、ちなみにお金はどのぐらい持ってるの?」
「これだけ」
そう言って見せてくれたのは銅貨が十一枚ほど。きっとこの子が必死にかき集めてきたおこづかいなのだろう。でも、話に聞く薬の代金には及ばない。症状からすると気管支炎に近いみたいだから、薬と栄養ドリンクをあげれば何とかなると思うけど、依頼を出してもこの依頼料では誰も受けてはくれないだろう。
「お母さんが病気なんだね。いいよ、お姉ちゃんがその依頼受けてあげる」
「いいの? じゃあ、ギルドに……」
「あっ、ギルドのお姉さんには私が後で言っておくからいいよ。お名前は?」
「わたし、リゼ」
「リゼちゃんだね。私はアスカって言うの。お姉ちゃんは素材を採りに行くから先にお家を教えてくれる?」
「わかった」
リゼちゃんに案内され、町の西側へと向かう。リゼちゃんのお家は西側でも南の安宿が多い地区だった。この辺は家賃も安い地区だから生活にあまり余裕はなさそうだ。
「ここだよ、お母さんと二人で住んでるの」
「ここがリゼちゃんのお家なんだね。案内してくれてありがとう」
案内してもらった家は隙間風が入りそうな一軒家だった。一軒家といっても平屋でアパートの一室を切り取ったぐらいの狭い物件だ。
「それじゃあ、目的の物が揃ったら持ってくるから」
「アスカおねえちゃん、おねがい」
「うん、できるだけ早く戻ってくるから、リゼちゃんはお母さんについててあげて。それとできれば窓は開けておいてね」
「わかった」
いったんリゼちゃんと別れ、私は宿の部屋に戻る。私がリゼちゃんの依頼を受けたのもちゃんと考えがあったからだ。
「あら? アスカちゃん、ギルドに行ったんじゃないの?」
「ちょっと用事がありまして」
私はミーシャさんと挨拶程度に話すと自分の部屋に戻り、机の引き出しを開ける。
「え~と、確かこの奥に……」
引き出しの奥から一冊の手帳を取り出す。表紙には〝ダリア 薬効と研究成果と可能性〟と書かれている。この世界での私のお母さんが遺してくれた手帳だ。
この前少し読んだけど、お母さんの薬師としての腕は想像以上だった。きっとこの中にならリゼちゃんのお母さんが必要とする薬の作り方も書いてあると思ったのだ。
「えっと、必要なのは喉と咳と発熱と……後は栄養ドリンクだね」
手帳を開いて必要なものを探していく。栄養ドリンクに関してはリラ草といくつかの食材を混ぜればできそうだ。ただ、薬の材料のうちウェデリアという薬草だけは、在庫もなくて入手しないといけない。水辺に生えているものの、この近くだと町の西から少し離れた沢まで行かないと入手できないみたいだ。
「見た目はタンポポみたいだから見ればすぐに分かると思うけど、急がないとね」
解熱や栄養はどうにかなるけど、喉や咳の症状は続くだろうから量も必要そうだ。
「そうと決まれば早速出発だ」
《チィ?》
「あっ、ミネル起こしちゃった? ごめんね、出かけてくるね」
《チィ~》
まだ寝ぼけ眼なミネルに謝り、宿を出ていく。
「急いでいかないと! フォロー」
火の補助魔法を使って西門まで急いで走る。
「ん? アスカか。今日はこっちで採取依頼か?」
「はい。よろしくお願いします」
「うん、通ってよし。気を付けてな」
「ありがとうございます。フライ!」
門番さんに通してもらうとすぐに空を飛んで目的地を探す。
「え~っと。この辺で沢っていったらアルバ湖に流れるだろうから……」
私は空から水の流れを確かめる。湖を越えてしばらく飛ぶと沢が見えた。
「まずはあそこからだ」
沢の近くに降りると早速、薬草を探し出す。
「水の側だからちゃんとウィンドバリアも張ってと……」
水は外では貴重だから魔物も定期的にやってくる。薬草を探すのに夢中で魔物に気づかない可能性もあるからね。
「じゃあ、探索開始だ!」
ウェデリアは水辺の近くに生えると書いてあったので、まずは沢から探してみる。
「うう~ん、ちょっと見回ったけど生えてないなぁ。ちょっと離れてみよう」
水辺といっても沢の側ではないと思い、少し離れてみる。すると足元にそれらしき花が見えた。
「おっ、ひょっとしてこれかな? お母さんの手帳の絵と見比べてみよう」
持って来た手帳を開き現物と見比べてみる。うん、間違いなさそうだ。
「早速採取開始だ」
珍しい薬草かなと思ったけど、思っていたより生えていたので周りを見ながら採取していく。しかし、少し採取したところで何かが動いた気がした。
「何だろう?」
魔物かもしれないと身構える。しばらく待つと視界に現れたのはスワンプリザードだった。水辺に生息魔物する一メートルを超えるリザード種で、麻痺毒を持っている嫌な相手だ。
「すぐに倒さないと……」
私は視界に映っている間にウィンドカッターを放つ。
《シャ?》
魔力の流れに気づいたスワンプリザードが避けようとするけど、巧みに風の刃を操り体の中央に刃を突き立てる。
「すぐに倒せてよかった。後は慎重に毒を瓶に入れてと」
こういう毒を持った生き物の毒は矢に塗ると、毒矢として利用できる。ちょっと怖いけど、戦いを優位に進めるのに使えそうだし我慢しないとね。特に今回の毒は麻痺毒だから対人でも使いやすいし。
「使う機会がないにこしたことはないけどね。おっと、それよりウェデリアを採らないと!」
私は再び薬草採取に戻る。すると、さらに違う薬草を見つけることが出来た。
「あっ、こっちにはピューシダンもある。茎は咳や喉に効くし、根は発熱や神経痛とか全体を余すところなく使える万能な薬草なんだよね」
ピューシダンとは葉が三叉で、小さい木のような見た目の薬草だ。捨てるところがない薬草で、今回必要な薬の材料にもなっているから見つけられてよかった。
「ここって魔物も結構いる地域だし、薬草を採りにはなかなか来れないのかもね」
辺りを見回しても薬草を採取した形跡はないから、依頼がないと人も近寄らないのかもしれない。ひょっとすると、今回薬が足りないというのもそれが原因かな?
「とりあえず、目に付くものは採って帰ろう」
リゼちゃんの話だと同じような患者さんもいるみたいだし、お金があっても買えないから高くなってるかもしれないしね。こうして二種類の薬草を摘んで町へ帰る。
「後はもう一種類の薬草と栄養ドリンクの材料だね。味もいいフルーツ主体にしよう」
早速、市場に向かい必要な物を買い揃える。
「よしっ! 材料は揃ったから後は作るだけだ」
急いで部屋へ戻るとミネルに挨拶をしてから作業に入る。
「えっと栄養ドリンクはミーシャさんに頼むとして、注意点はと……」
手帳を見て栄養ドリンクの注意点を読んでいく。
「うわっ、リラ草を入れすぎると逆効果になっちゃうんだ。気を付けないと」
リラ草が多いと、治癒力が高すぎて栄養ドリンクの吸収を妨げると書いてあった。
私は記載の量のリラ草だけ用意すると作り方をミーシャさんに伝え、材料を渡す。
「すみません、忙しいところ。お願いしますね」
「人助けのためですもの。出来たら持っていけばいい?」
「いえ、私の方が時間を取ると思うので、置いといてもらえますか?」
「分かったわ」
栄養ドリンクの作成をミーシャさんに頼み、私は薬作りだ。
「えーっと、病人にも飲みやすいよう丸薬がいいんだ。お母さんってすごい薬師だったのかな? 分量とかもすごく細かく載ってる」
しかも、葉っぱ何枚みたいな記載も少なくて、基本はグラムで書いてあるし、緊急用に銅貨一枚ぐらいみたいに手元の物で量りを代用できる記載まであった。
「今は調合のセットもないし、本当に助かる。じゃあ、記載通りに薬作りだ」
そこから三十分ほどかけて薬を作る。薬を作るのは初めてだったけど、高い器用さのおかげか思ったより早くできた。後は飲ませる量に合わせて薬を小分けにしていくだけだ。
「細工で作った木箱に仕切りを一回分に合わせて作ってと。薬は喉・咳に効くものと解熱に効く二種類だから、二箱用意してふたにちゃんと書いとかないとね」
はやる気持ちを抑えながら間違えないように薬を分けていく。
「うん、これで三日は持つね。症状的にはこれで大丈夫だと思うけど、もう二日分は確保して残った材料はギルドへ持っていけばいいかな?」
薬が切れているから町の人も困ってるだろうし、受付で聞いて必要なら渡そう。
こうして出来上がった薬をマジックバッグに入れると、食堂へ下りる。
「ミーシャさん、栄養ドリンクはどこですか?」
「アスカちゃん。今持ってくるわね」
ミーシャさんから栄養ドリンクを受け取ると念のためコップに蓋をして、こちらもマジックバッグへ入れる。後はリゼちゃんの家に向かうだけだ。
「待っててね、リゼちゃん!」
* * *
お母さんが病気になった。いつもお仕事でいそがしくてさびしかったけど、リゼのことを大事にしてくれるお母さん。なのに、病気になっちゃった。お母さんは大丈夫だって言うけど、咳もするし熱もひどくてしんどそう。でも、わたしが近くに行くとうつるから看病もできない。
「リゼが元気でいてくれればいいのよ」
「お母さん……」
二日経っても熱が下がらないので、思い切って薬屋さんに行ってみた。でも……。
「あ~、その症状なら今町で流行ってるやつだね。三日分で銀貨六枚だよ。それに今はウェデリアの在庫がなくてね。しばらくは他の店じゃ手に入らないよ」
「うっ」
わたしの手元にあるのは銅貨が十一枚。とても買える金額じゃなかった。それに在庫もあまりないみたいだ。諦めて帰ろうとすると冒険者ギルドの看板が目に入った。ここに依頼をすれば冒険者の人が助けてくれるってお母さんに聞いたことがある。
「でも、依頼ってどうやって出せばいいんだろう?」
依頼の出し方なんて知らないし、さっきから大人のおじさんばっかり入って行く。とても声を掛けられそうになかった。お母さんを助けたいのにどうしようもなく立ちつくしていると、声を掛けられた。
「あの、冒険者ギルドに何か用があるの?」
わたしに声をかけて来たのはアスカというおねえさんだった。きれいな銀色の髪をしていて、吸い込まれそうな赤い瞳だったから最初は怖かったけど、とっても優しいおねえさんだった。それに依頼も受けてくれるみたい。
でも、依頼の出し方を知らないって言ったらそれもやってくれるんだって! そのまま家に案内したら必要なものがあるみたいで採りに行ってしまった。でも、これでお母さんも良くなるよね?
「リゼ、どこへ行っていたの?」
「お薬買いに行ってたの」
「薬? でもうちには買えるお金はないわよ?」
「うん、だから依頼を出したの?」
「依頼?」
お母さんは熱で良く分からないみたいだったけど、わたしは待っててと伝えた。
それからお昼が過ぎてもお母さんの熱は下がらないし、あいかわらず咳もしていた。
「ゴホッゴホッ」
「お母さん大丈夫?」
「ええ。リゼはあまり近寄らないでね」
「うん……もうちょっとだけ待っててね」
お母さんを励ましながら待っていると玄関のドアがノックされた。
「アスカおねえちゃんかな?」
わたしがドアを開けると息を切らしたおねえちゃんが立っていた。
* * *
出来上がった薬をマジックバッグに入れてリゼちゃんの家に急ぐ。目的地はドルドのさらに西だ。走ること数分、リゼちゃんの家に着いた。
「リゼちゃんいる?」
ドアをノックして家にいるか確かめる。するとすぐにドアが開いてリゼちゃんが出てきてくれた。
「アスカおねえちゃん、お薬の材料揃ったの?」
「じゃじゃ~ん! ちゃんとお薬にして持って来たよ」
私はマジックバッグから木箱を取り出してリゼちゃんに見せる。
「おねえちゃんすごい! お店の人に頼んだの?」
「ううん。私のお母さんって薬師なの。だから、作れたんだよ」
「そうなんだ。おねえちゃんのお母さんってすごいんだね」
薬は私が作ったんだけど、どうやらリゼちゃんは勘違いしたみたいだ。でも、その方が話もスムーズだし、気にしないことにした。
「それじゃあ、お母さんのところに案内してくれる?」
「うん!」
満面の笑みを浮かべながらリゼちゃんが家に招き入れてくれる。
「リゼ、誰だったの?」
「おねえちゃんが薬を持って来てくれたんだよ!」
「お姉ちゃん? 薬?」
どうやらリゼちゃんはきちんとお母さんに事情を説明できていなかったみたいだ。でも、見るからに体調が悪そうだし、しょうがないよね。
「私は薬師の娘のアスカといいます。普段は冒険者をしていて、リゼちゃんに頼まれて薬を持ってきました」
「あ、あの、娘がどう言ったかは分かりませんが、うちには薬代を払う余裕は……」
「心配しないでください、お母さん。私はリゼちゃんの依頼を受けただけですから」
「リゼの?」
「うん! 冒険者ギルドの前で立ってたら依頼を受けてくれたんだよ」
元気よくリゼちゃんが説明してくれる。お母さんの方も訝しんではいるものの、娘の説明を受けて事情は察してくれたみたいだ。
「この度はご迷惑を……ゴホッゴホッ」
「お母さん!」
「無理は禁物ですよ。まずはこれを飲んでください」
私はマジックバッグから栄養ドリンクを取り出すと、リゼちゃんのお母さんに出す。
「これは?」
「リラ草と果物を混ぜた栄養ドリンクです。喉が痛いということだったので、あまり食べていないと思いまして……」
「ありがとうございます」
リラ草が入っているし、緑色だからか恐る恐る口につけるリゼちゃんのお母さん。
「あら? 美味しいわね」
「緑色はリラ草の成分とパレンの実が入っているからですね」
パレンの実とはパインとキウイの中間のような味の果物だ。見た目はキウイに近くて、果汁も緑色に近い。
「パレンの実は高いのでは?」
「値段より今はお体ですよ。それに……」
私はそっと耳元に近づいてリゼちゃんに聞こえないように話す。
「私の母は流行り病で亡くなったんです。薬はありましたが、それの副作用に勝つだけの体力がなくて」
「そう……でしたか。では、薬は?」
「母が薬の作り方を書いた手帳があるんです。腕のいい母の書いたものですから安心してください」
「何もかもすみません。お礼もできないのに」
「お礼だなんて。これは私にとっても大事なことなんです。家族を守るっていう」
そう、今回の依頼を受けたのにはわけがある。リゼちゃんを助けたかったのも本当だけど、この世界の私のお母さんは自分の治療を後回しにして亡くなった。次こそは目の間で死なせないという思いが記憶のアスカの心の中にずっとあった。それをどうにかしたかったのだ。
「本当にありがとうございます。では、お薬もいただきますね」
「どうぞ」
私はテーブルに置いた二つの木箱を開けてそれぞれ一回分を出す。
「えっ⁉ こんなにいっぱい飲むの?」
「そうだよ。丸薬っていって、小さい薬をいくつも飲むの。毎回食後にこの区切ってある分を全部飲むんだよ。全部で三日分あるから、その間に治ると思う」
「本当?」
「うん。ただ、喉はしばらく痛むかもしれないからもし足りなくなったら私のところに来てね。追加で薬を持っていくから」
いきなり大量の薬を見てびっくりしていたリゼちゃんだったけど、私の説明を聞いて安心してくれた。本当に真っ直ぐな子だなぁ。
「ありがとう、アスカおねえちゃん!」
「ただ苦いから大変かも」
「えっ、苦いの?」
「うん。良薬口に苦しって言って、良い薬は苦いんだよ」
「そっか、お母さん大丈夫?」
「ええ。お薬を飲めばリゼと一緒に寝れるようになるんだもの。大丈夫よ」
「も~、お母さんったら!」
ふふっ、二人とも仲がいいなぁ。あんまり邪魔しても悪いし、そろそろお暇しよう。
「それじゃあ、私はこれで。もし、薬が足りないようでしたら〝鳥の巣〟までアスカ宛に来てください」
「ありがとうございます」
「アスカおねえちゃん、それじゃあね!」
「リゼちゃんも元気でね」
バイバイといってリゼちゃんたちと別れ、私は冒険者ギルドへ向かう。
「こんにちは~」
「あらアスカちゃん。こんな時間からどうしたの?」
「ホルンさん。今、町で流行りの病気があるって聞きまして」
「ああ、そのこと。誰か宿でも罹ったの?」
どうやらギルドの方でも流行り病を認識しているようだ。ひょっとしたら、体調を崩したって言ってたエステルさんも、この病気にかかっちゃったのかな?
「いいえ。でも、知り合いが罹っちゃってドタバタしてました」
「そうだったの。アスカちゃんも気を付けてね」
「はい。それでこれなんですけど……」
私はこっそりホルンさんに、採ってきたウェデリアとピューシダンを見せてみる。
「これは……在庫はまだある? 実は商人ギルドを通して薬師から依頼が来ているのよ。ただ、どちらも買取価格は高くないし、群生地も町からちょっと遠くてあまり入ってきていないの」
「良いですよ。そのために多めに採ってきましたから」
「多めに? ひょっとしてわざわざ自分で採りに行っていたの?」
「事情がありまして。全部ここで出しても良いですか?」
「一人から大量に持ち込まれたらまたって話になっても困るし、上に行きましょう」
「分かりました」
ホルンさんの提案で私たちはジュールさんの部屋へとお邪魔する。
「失礼します」
「お邪魔します」
「ん? なんだ、またアスカか。本当によく来るな」
「マスター、そんなことを言えませんよ。商人ギルドから頼まれていた例の薬草を、アスカちゃんが持って来てくれたんです」
「何っ? 昨日の今日でもう対応してくれたのか。いつギルドで依頼を受けたんだ?」
「あっ、いえ。たまたま別の用件で必要になったので採ってきただけなんです」
「それでどれだけあるんだ? 実は結構な量を商人ギルドからせがまれていてな」
私はリゼちゃんのお母さんの分を残して、採ってきた二種類の薬草を出していく。
「結構な量だな」
「一応、在庫切れの薬草があるって聞いていたので」
「でも、これで助かるわ。ひとまず商人ギルドに持っていけば、しばらくは持つでしょうし」
「そうだな。その間にこっちでも追加の納品があれば解決するだろう」
「もし無理そうならマスターが行ってくださいね。町のためになることですから」
「できれば他の冒険者にやって欲しいが場合によってはしょうがないな。町あってのギルドだからな」
「お願いしますね、ジュールさん」
ホルンさんたちに薬草も渡せたので、私はギルドを出て宿に戻る。
「ただいま~」
「あっ、お帰りなさい。どうだった?」
「薬を飲んでもらいました。多分、明日か明後日には良くなると思います」
「良かったわね、アスカちゃん」
「はい、本当に」
安心して立ち尽くしていると不意にミーシャさんが抱きしめてきた。
「ミーシャさん?」
「病気で亡くなったお母さんのことを思い出しているのでしょう? 無理はしなくていいのよ」
ミーシャさんに抱きしめられて気づいたけど、私は涙を流していた。きっと、私の中のアスカが安堵と嬉しさの涙を流しているのだろう。それから五分ほど泣いた私は濡れたハンカチで目元を押さえていた。
「すみません、ご迷惑をおかけして」
「いいのよ。誰にだって泣きたくなる時があるんだもの」
こうしてアルバの町で流行った病気は私の奥底に秘められていた悲しみを取り除いた。さらに私や他の冒険者たちが納品した薬草によって、早期の収束を迎えた。
もちろん……。
「あっ、アスカおねえちゃん!」
「リゼちゃん、こんにちは。もうお母さんの調子は戻った?」
「うん。おねえちゃんのおかげだよ。そういえば依頼料をわたせてなかったよね?」
「ううん。リゼちゃんのおかげで私も返せないぐらいのものをもらったから」
「そうなの?」
「うん。本当に大事なものをね」
「でも、お母さんからお金を預かってきてるの」
そう言ってリゼちゃんが大銅貨七枚を取り出した。きっと、この金額が今出せる精一杯なんだろうな。
「私が受けたのはリゼちゃんの依頼だから。あの時の銅貨十一枚まだ持ってる?」
「持ってるけど……」
不思議そうにしているリゼちゃんから銅貨十一枚を受け取る。
「じゃあ、これがお釣りの大銅貨一枚だね」
「おねえちゃん良いの?」
「もちろん! さっきも言ったけど、本当に大事なものをもらったからね」
あの日から心身ともに健康だし、逆にお礼をしたいぐらいなのだ。
「それじゃあ、またね。リゼちゃん」
「アスカおねえちゃんも!」
これでリゼちゃんからの依頼も無事に終えたし宿へと帰る。
「ただいま~」
「あっ、お姉ちゃんお帰り。今日も早い帰りだね」
「おかえり、アスカちゃん」
「アスカ、お帰り。買い物はもういいの?」
宿に帰るとエレンちゃんにミーシャさん、それにエステルさんに迎えられる。私に血の繋がった家族はもういないけど、お帰りを言ってくれる家族がこんなにいるんだもん。寂しくないよね? アスカ。
(うん!)
* * *
「リゼ、アスカさんにお金は渡せた?」
「うん。でも、わたしの依頼だからわたしからの分でいいって」
そう言いながらわたしはお母さんにわたされたお金を返すと、机の前の壁にアスカおねえちゃんから貰った大銅貨を大事におく。
「どうしたの、大銅貨をそんなところに置いて?」
「ん~、天使様からの贈り物かな?」
何も分からないわたしの話を聞いてくれて、お母さんも助けてくれた。この大銅貨をくれた時もすごくきれいな笑顔だった。きっとあの人は神様からつかわされた天使様なんだ。天使様に受けたご恩をいつか誰かに返せるようにわたしもがんばろう!




