アスカと暑い日とオークカツ
「ううっ、ジャネットさん。最近暑いですねぇ~」
「まあ、そうだね。でも、もう少しシャンとしなよ、アスカ」
季節は八月、地球では夏真っ盛り。アルトレインでもこの時期はそれなりに暑くて、日中の平均気温は二十五度前後になる日もある。まあ、アルトレインの夏は四月から六月で、七月から九月は秋になるんだけどね。
「ジャネットさんは暑くないんですか?」
「暑いったってこのぐらいたかが知れてるだろ?」
「む~、そんなことないですよ~」
私はジャネットさんに抗議の声をあげる。この世界では冷房器具が未発達なので、日中は暑くてつらいのをジャネットさんに同意してもらおうと思ったのに。
病床暮らしが長かった私にすればこの季節は冷房が当たり前なのだ。幸いなことに、四十度なんて気温は叩き出さないけどね。
「はい、おねえちゃん。お昼ごはんだよ~。ジャネットさんも」
「ありがとう、エレンちゃん」
「エレン、ありがとな。おっ、珍しく今日は肉料理も薄切り肉の野菜巻きか」
「あはは、ちょっと事情があってね」
「事情?」
「はぁ~、暑いんだしせめてオークカツが食べたかったなぁ~」
「うっ……」
「エレン、ひょっとしてオークカツと何か関係あるのかい?」
「あ、いや~、実は……」
エレンちゃんによると、今までもオークの肉はそれなりに消費されていたものの、魚や野菜の店もあるし需要は一定だったんだって。ところが……。
「ほら、おねえちゃんがオークカツを編み出したでしょ?」
「編み出したというか、作り方を紹介しただけだけどね」
「まあ、それはこの際おいといて。あれに目を付けた他の料理店がこぞって研究してるの。うちのよりももっと良い揚げ方はないかとか、肉の分厚さとかもね。それで、材料になってるオーク肉がここのところ高くなってるんだ~」
「そうだったのかい。そりゃあ、宿としては困ったもんだね。特にここは値段の割に良い素材を使ってるし、量を確保できないとねぇ」
「それでお父さんたちも困ってるみたい。冒険者向けの宿だから、夜に肉料理を外すこともできないし、かといってお昼もね~」
しみじみと言葉を紡ぎ出すエレンちゃん。もはや若女将の言葉だね。
「確かにお昼はお肉と野菜と二つのミックス定食だもんね。お肉を取ったら野菜だけになっちゃう。お魚も安定供給は難しいし」
アルバ湖では夜釣りがないので、朝の漁からお昼に向けてお魚を仕入れるのは難しいのだ。
「でしょ? だから、おねえちゃんもしばらくはオークカツ、我慢してね」
「そんなぁ~。暑い時にはカツで勝つ! っていうのが当たり前なのに……」
「おねえちゃんには悪いし、どこの当たり前か知らないけど、そういうことだから」
そう言うとエレンちゃんは残っているお客さんの方へ行ってしまった。
「はぁ、当面はお預けかぁ~、残念」
「まあ、二度と食べられないわけじゃないし、しょうがないさ」
「……そうですね。はぁ~」
私はため息をつきながら食事を終えると、自分の部屋へ戻って細工を始める。気を取り直して、今月のノルマを達成しないとね!
* * *
アスカが部屋に戻った後、ある案を思いついたあたしは席を立つ。
「さて、しょうがないから行ってくるとするか」
「あれ、ジャネットさんは出かけるの? 今日は依頼もお休みじゃなかった?」
「ん? ああ、ちょっと野暮用ができてね」
あたしは部屋に戻るとすぐに冒険の用意をしてギルドへ向かう。
「あら、ジャネットさん。この時間から依頼ですか? もうジャネットさんが受けるような依頼はありませんよ?」
「ああ、そうだろうね。で、東側ですぐに受けられそうな依頼は余ってないかい?」
「すぐですか? 一応、Eランクパーティーとの合同依頼なら余ってますけど……」
「そいつでいいよ。連絡はすぐにできるかい?」
「は、はぁ。すぐにできますがいいんですか? ランクポイントもわずかですよ?」
「いいんだよ、目的は別であるから」
「それじゃあ、該当のパーティーに連絡を入れますから、少々お待ちください」
「頼んだよ」
しばらく待つと相手が来たので、あたしは依頼を受けた。
「いや~、今日は悪かったね。勝手な都合でつき合わせちまって」
「いいえ。参考には……ならないかもしれないですけど、助かりました! 討伐依頼も一日で条件を満たせましたし」
「そいつは良かった。そうそう、ちょっとあいつだけはもらうよ。金は払うから」
「いいんですか? ほとんどジャネットさん一人で倒したのに……」
「まあ、たまには儲け話もないとね。こっちが割り込むように受けた依頼だし」
「ありがとうございます! これで今月の宿代が払えます」
「ちょっと! 恥ずかしい話をしないでよね」
「だけど、本当の話でしょ?」
「何だい、あんたたち。もう二十日になるのに今月の宿代の心配かい。もうちょっと、実力をつけるか装備を整えて稼ぎなよ。そんなに長い間できる商売でもないんだから」
「そうですよね。もっと頑張ります!」
「あっ、いや。ほどほどにね。無理して死んでもしょうがないしさ」
「はいっ!」
元気のいいパーティーと一緒に解体場まで行って清算をする。
「ん? ジャネット、見かけん奴と一緒だな?」
「こんにちは、クラウスさん。ちょっと事情があってね。それで今日はこいつのいい部分を三体分くれよ」
「えらく多いな。何かあるのか?」
「ちょっとね」
「分かった。金は……」
「ああ、一回まとめてくれ。そんで、その分はあたしが払うから。後は残りの連中で分けてやってくれ」
「変わったことをするのう」
「いいだろ別に」
「わしらは構わんがな。そっちもそれでいいな?」
「大丈夫です」
「それじゃあ、すぐに済ませるから依頼の処理を先にして来い」
「はいよ」
討伐依頼の処理も済ませ、クラウスさんから目的の物を受け取ると宿へ帰る。
「あら、ジャネット。エレンから出かけたって聞いたわよ。帰りが早いわね」
「ああ、簡単な用事だったからね。それよりミーシャさんに頼みがあるんだけど……」
「なにかしら?」
「明日の夜はアスカにこれを出してやってくれよ」
「……これは。わざわざあなたが?」
「べ、別にそういうんじゃないけど、たまたま取れたからさ」
「そう。じゃあ、主人に言っておくわね」
「あっ、メニューは……」
「エレンから聞いてるわ。ジャネットも楽しみにしてなさい」
「はいよ」
* * *
迎えた次の日の夕方……。
「わぁ~! 今日はオークカツだ~!」
「よかったね、おねえちゃん」
「うん! でも、よく出せたね。昨日は高くなったって言ってなかったっけ?」
「ふふっ、この宿にはおねえちゃんの願い事を叶えてくれる妖精さんでもいるんじゃないかなぁ~」
「んん!」
「あっ、ジャネットさん。ジャネットさんも今から夕食ですか?」
「あ、ああ、まあね。エレン……」
「おねえちゃんと一緒のメニューだよね。オークカツ二人前お願いしま~す!」
「分かったわ。エレンも一緒に食べなさい」
こうして私は暑い日を乗り越えるオークカツを食べることができたのでした。
「でも、誰の差し入れだったんだろ? 夕食に出たってことは冒険者の人だよね?」
「おねえちゃんってばほんとに鈍いんだから……」




