市場調査
今日は待ちに待ったお出かけの日。というかパンに合う食材を求めて、市場へ出かける日だ。前日から根回しをして、エステルさんに店番をお願いしている。宿の人にもシーツ交換で迷惑をかけてしまうけど、パンがさらに美味しくなると言ったらみんな笑顔で了承してくれた。
「よかったですね。今日が晴れで」
「本当ね。雨だと並びも悪いし、二度手間になるところだったわ」
「それじゃあ、各自材料を持ち寄るとして予算を決めないとな。とりあえず銀貨二枚までだ。後は必ず量と値段を覚えておくか紙に書いてくれ。仕入れができない価格のものを採用しても仕方ないからな。それじゃあ、解散!」
私たちはライギルさんに渡された銀貨二枚を握り締め、駆け出していく。実際は迷惑にならないように歩いているけど、そこは気分の問題だ。
「まずはブドウみたいなやつが無いかだね。レーズンは好みも分かれるけど私は好きなんだな~」
他には何があるかな、ハムとかくるみかな? 木の実かぁ。そういえば、森にもあるのか今度誰かに聞いてみよう。
「ん? お嬢ちゃんどうした、迷子か?」
「いえ、宿の……」
「ああ、エレンちゃんね。大きくなったなぁ」
「あ、いや。違います」
「あんた、姉の方だよ」
「そうか、すまんな」
姉でもないけどまあいいや。ここは果物屋さんみたいだし、何か探してみよう。
「ねえ、おじさん。これぐらいの果物ないですか? こう一杯まとまってついてるんですけど……」
「あるにはあるけど、甘くはねえぞ」
「一個だけ食べてもいいですか?」
ほらよと渡された実を食べる。見た目はブドウだけど……。
「に、苦い、すっぱい……」
「だろ? 使いどころもなくてよく売れ残るんだ。たまに売れるから持ってきてるけどよ」
「なんで~……」
「罰ゲーム用」
ぼそっととんでもないことを言うおじさん。きっと冒険者が酔ってお遊びでやらかすんだろうなぁ。砂糖とかで漬けたらいけるかな?
「とりあえずこれをこのかごの半分までください」
「いいのか?銅貨八枚だ」
「意外に高いんですね。売れないのに」
「バカが遊びで使うからな。店にまで悪評が立たないようにだよ」
あんまり安くして子どものいたずらみたいに使われても困るからなのか。商売は大変だな。
「他にはいいのか?」
「うん、また今度」
おじさんと別れて別の店へ。次は木の実を扱うお店だ。
「いらっしゃい。お嬢ちゃん一人?」
「はい。ちょっと料理の材料を探してて」
「これなんかいいよ。体にもいいし味もいい」
「本当ですか?」
「一個食べるかい?」
「ありがとうございます」
出された木の実を口に含む。最初こそ硬いと思ったけど、水気もあるしこれならくるみの代わりになるかも!
「おじさんこれいくら?」
「五個で大銅貨一枚。今は季節じゃないからこれがいっぱいいっぱい。夏だと半額になる」
「そうなんですね。じゃあ二十五個ください」
おじさんから商品を受け取りお金を渡す。う~ん、この量でこの値段は厳しい。季節品かな? とりあえず、その情報もメモに加えておこう。
「他に思いつくのは肉だね。うちでも食事に出てるけど、オーク肉はそこまで量が出ないし」
冒険者が持ってくる以外にもたまにオーク肉のいいところを出す日がある。ただし不定期だし知らせることもない。ちょっと不公平だけど、たまに豪華な食事になると常連さんには好評だ。
「ここかな。おじさん、ちょっと見せて」
「いいけど、ちゃんとお金持ってるか?」
「大丈夫だよ。私こう見えて冒険者だから」
「へえ、ってよく見たらアスカちゃんか。悪いな。たまに盗みに来る奴がいてさぁ」
「大変ですね」
「ああ、うちは焼いてるのも扱ってるからそのまま食べられるってことで目を光らせてるんだ」
本当だ、よく見るとうちに来たことのある人だった。この人ってお肉屋さんだったんだ。
「どういうのを探してるんだ?」
「う~んと、乾燥? 熟成? なんていうかこう……干し肉じゃない干し肉みたいなものないですか?」
「何だいそりゃ。干し肉はちゃんと干さないとすぐ腐っちまうよ」
「そうなんですけど、その燻製っていうんですかね。こう、木のクズでぱちぱちゆっくりと火を当てずにやるんです」
「そういうのはないなぁ。けど面白そうだ! かみさんと話してやってみるよ」
「えっ、別にいいですよ。迷惑ですし……」
「いいって、それにうちも特別な商品がないから、もしかしたら名物になるかもしれないしな」
「分かりました。それじゃあ、今日のところはこのオーク肉をかご半分で」
「じゃあ、銀貨一枚と大銅貨三枚だ」
「よかった。足りた~」
「何だい、金に困ってるのか?」
「あっ、いえ。今日はライギルさんたちと来ててお使いなので、予算オーバーしちゃうところでした」
「ああ、あいつは結構しっかりしてるからなあ。じゃあ、アスカちゃんまた店に行くから!」
「はい! 私もまた来ますね。新作出来たら教えてください!」
「おう!」
肉屋のおじさんとも別れていざ待ち合わせの場所へ。どうやらみんなはまだ決めかねている様だ。ミーシャさんは野菜のところ。ライギルさんは肉。エレンちゃんは……あれは小物と思うんだけど。でも、横では薬草みたいなのも売ってるしどっちだろう? それからしばらくするとミーシャさんが待ち合わせ場所に来た。
「あら、待たせちゃった? ごめんなさい。二人はまだかかるみたいね」
「そうみたいです。こうやって見てると活気がありますね」
人が右へ左へと流れていく。色々な人の声が飛び交ってこっちまで楽しい気分になる。
「そうね。この町は比較的安全だし、本当にいい町よ」
町や市場についてミーシャさんと話していると、エレンちゃんが戻ってきた。
「おつかれ~、おねえちゃんもお母さんも早いね」
「ささっと決めないと良いものは逃げていっちゃうもの」
「私は前もって買いたいもの決めてたからね」
「何それおねえちゃんずる~い。私はいっぱい悩んだのに」
「それで、小物を見てたの?」
「だって、かわいい細工がいっぱいあったんだよ。こういう時じゃないとあんまりこれないし……」
「そう。今日のところは良しとしましょう」
「本当? お母さんありがとう!」
「にしても一番早いと思っていたライギルさんが遅いですね」
「主人はあれでも料理人だから、パンを思い浮かべてこれでもないあれでもないと一人で考えてるのよ。適当にちょっと買って試すってことが思いつかないんでしょうね」
「お父さんらしいね」
「そう言われるとかごの中身が空ですね」
「決まったらそれだけを買おうと思ってるのかも。今日の趣旨を一番理解してないのかもね」
ふふふとみんなで笑いながらライギルさんが決めるのを待つ。結局、三十分ほどしても全く決めないので、最終的にミーシャさんが思うものを少しずつ買ってきなさいと一喝して納まった。
「いやあ、みんな悪い。まさか、最後になるとは……」
「私はいいですけど、ちょっとエステルさんが心配ですね」
「そうね」
「そうか? 彼女はしっかりしてるし大丈夫だと思うんだが……」
「宿の人相手だったらいいと思いますけど、私も最初は不慣れなだけでも結構疲れましたから」
「そういうもんなのか……」
「お父さんはもう少しデリケートにならないとね」
「頑張るよ、エレン」
「それじゃあまずは手をつないで帰ろう?」
「ああ」
珍しくエレンちゃんはライギルさんに甘えて、手をつないで貰い帰っている。きっと、普段は自分しか出かけられないからこういう時に甘えたいんだろうな。
「さあ、私たちも置いていかれないように帰りましょう」
「そうですね」
こうして私たちの買い出しは終わって宿に帰ってきた。
「皆さんお帰りなさい!」




