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10月SS ジャネットのある一日

これは一年目の十月も終わりに差し掛かったころのお話。ジャネットは依頼を受けに行く前に宿で食事を取ろうとしたところ、エレンもアスカをまだ見ていないと言う、気になったジャネットはアスカの部屋を訪ねることに。

「あれ、アスカは見てないかい?」


「ジャネットさん、おはよう。エレンはまだ見てないよ。お母さんは?」


「私も見てないわ。どうしたのかしら? アスカちゃんって朝は弱いけど、起きられない癖が付いたらダメだっていつも起きて来てるのに……」


「まあ、そのうち起きてくるか」


 あたしはそう思って先に朝飯にする。今日はアスカたちと一緒に依頼を受ける日だ。まあ、依頼って言っても、まだまだ危なっかしいから簡単なものだけどね。


「……遅いね」


「いくらなんでも遅いわね。もうそろそろ出発する時間でしょう?」


「ああ。ミーシャさん、いったん見てくるけど、起きてこなかったら鍵を貸してもらえるかい?」


「ええ、分かったわ」


 ミーシャさんに言付けるとあたしはアスカの部屋へと向かう。


「アスカ、いるかい?」


 コンコンとドアを叩くものの返事はない。う~ん、どうしちまったのかね?


「しょうがない、一度下りるか」


 このままこうしていても埒が明かないので、もう一度食堂へと戻る。


「ジャネットさん、おねえちゃんどうだった?」


「ダメだね。起きてこないよ」


「おねえちゃん大丈夫かな?」


「そんなに心配すんなって。アスカのことだ「ちょっと寝坊しました!」って言いながら出てくるさ」


「だったらいいんだけど……」


「ジャネット、鍵よ」


「済まないね、ミーシャさん」


「くれぐれも悪用はしないように」


「しないって!」


 ミーシャさんにからかわれながらアスカの部屋へ戻ると鍵を開ける。


「アスカ~、入るよ~」


 部屋に入るとアスカはまだベッドにいた。本当に寝過ごしてたとは……。


「全く、しっかりしているように見えてもまだまだ子どもだねぇ」


 そう思いながらアスカに声をかける。


「アスカ~、今日は依頼の日だぞ。起きな」


「うう~ん、お姉ちゃん……この前はお兄ちゃんが……」


「なんだい夢でも見てんのかい。それにしても姉妹ねぇ。確かアスカは一人っ子のはずだったんだけど……」


 本当に不思議な子だ。魔力は高いのにそれを扱う常識はないし、日常生活についてもさっぱり。いくら村人たちと関わり合いが少なくてもここまで常識知らずになるかね。

 それに、さっきの発言。明らかに姉や兄にあたる人間がいると思うんだけどね。


「まっ、詮索なんて野暮だよね。起きなよ」


 そう言いながらあたしはアスカのおでこに手を当てる。


「⁉」


 熱い、確実に熱がある。


「急いで処置をしないと!!」


 あたしは急いで食堂へ戻る。


「あら、ジャネット早かったわね。アスカちゃんどうだったの?」


「ミーシャさん、それどころじゃないよ。アスカの奴、すごい熱だ!」


「ええっ⁉ おねえちゃん、熱出してるの?」


「そう言えば、昔は体が弱かったって言ってたわね。直ぐにお水を用意するわ」


「お願いします。それと薬はありますか?」


「少し古いけれど、エレンが熱を出していた時に使っていたものなら……」


 ポーションはそれほどでもないけど、風邪や解熱に関する薬はそれなりにする。これはレシピの公開が進んでいないこととも関係しており、町医者の収入源にもなっているからだ。


「分かった。あたしは薬を貰いにジェーンのところへ行ってくるよ!」


「エレンは看病するね!」


「頼む。だけど、うつらないように気を付けなよ」


「うん!」


「今日はエステルがもうすぐ来るから宿の方は心配ないわ」


「そりゃあ助かったよ。ついでにリュートも連れてくる」


 あたしはそう言うと急いでジェーンの家に向かう。



「ジェーン、起きてるかい!!」


 以前、手に入れた音が室内に伝わる魔道具をガンガン鳴らす。


「うん~、ジャネット? 珍しい、朝早く」


「ああ、済まないけどちょっと用事でね。解熱剤ってあるかい?」


「解熱剤? あるけど元気」


「あたしじゃなくてアスカがね、すごい熱なんだよ!」


「アスカが? 分かった、直ぐ用意する」


「悪いけど先に宿へ向かってくれるかい。あたしはまだ用事があってね」


「了解」


 私は手短に伝えるとすぐにギルドへ向かう。



「リュートいるかい!」


「ジャ、ジャネットさん、どうしたんですかそんなに慌てて?」


「あっ、いや、ちょっと事情があってね」


 リュートに言われて自分が凄く焦っていることに気が付いた。こんなんじゃ戦場ではやられちまう。あたしは呼吸を整えると、リュートに用件を伝える。


「実はアスカが寝込んでてね」


「アスカが!?」


「それでアスカの奴、今日はまだなんだな。前に体が弱かったって言ってたし、無理してたのか?」


 ノヴァの言葉で、ふと思う。今までアスカが予定に遅れてきたり、休んだりしたことはなかった。知らず知らずのうちに無理をさせていたのかもしれない……。


「っと、そんなことより今はアスカだ。リュート、ノヴァ。そういうわけだから今日の依頼は無しだ。代わりにリュートはあたしについて来な」


「僕ですか?」


「ああ、エレンはアスカの看病をしてるし、エステルだけじゃ宿の仕事はしんどいからね」


「それなら行きます!」


「俺は?」


「ノヴァは……」


 言われて思考が止まる。接客は向いてないだろうし、何かあるかねぇ?


「ノヴァは洗濯をしてもらえる? 孤児院でもたまにやってたよね?」


「ああ、良いぜ!」


「ただし! 久し振りだからって力を入れすぎちゃだめだよ?」


「分かってるって!」


 ふぅん、ノヴァも色々とできたんだな。同じパーティーでも普段の生活じゃほとんど関わらないノヴァの新しい一面を見たね。


「じゃあ、フロート出陣だよ!」


「「おおーー!!」」


 あたしたちはそろってギルドを出て駆け出した。


「あなたたち、ギルドでは静かに! って行っちゃったわ。何だったのかしら?」



「ミーシャさん、ジェーンは?」


「まだよ。それより、二人とも連れて来たの?」


「ああ。いた方が良いと思ってね」


「よろしくお願いします、ミーシャさん」


「お願いす、します」


「ノヴァ君だったわよね? あなたも手伝ってくれるの?」


「おう! アスカのためだからな」


「そう。リュート君、それでノヴァ君は何ができるのかしら?」


「洗濯なら多少は。孤児院でもやってましたから」


「それじゃあ、リュート君は先にシーツを回収してくれないかしら。そしたら、ノヴァ君も手が空かないでしょう?」


「分かりました。それじゃあ、行ってくるからノヴァは裏へ行ってたらいに水を入れておいて。孤児院と要領は一緒だから」


「分かったぜ!」


 バタバタと二人が駆けていくと、宿の入り口のドアが開いた。


「お、お待たせ……」


「ジェーン、急いでくれたんだね!」


「アスカの、ためだから」


「じゃあ、状態の確認に部屋へ向かうよ」


 急いできたジェーンを本当は休ませてやりたいけど、アスカの症状も重たいのでジェーンを連れて部屋へ入る。


「エレン、入るよ」


「ジャ、ジャネットさん」


 部屋に入るとエレンは泣きそうな目でこちらを見てくる。


「どうしたんだエレン?」


「お、おねえちゃん、呼びかけても全然起きてくれないの。どうしたらいいの?」


「今はアスカも必死に戦ってるんだ。寝ながらな。だから、もうちょっと待ってろ」


「うん」


 エレンにそう言い聞かせるとアスカの枕元に立つ。確かにエレンの言う通り、苦しんでいるだけで起きる気配がない。さっきより病状は悪くなったかも。


「どうだいジェーン?」


「診るね」


 ジェーンがアスカを触診する。喉や首筋にも手を当てているが、状態はどうなんだろうか? 良くはなさそうだけど……。


「終わった」


「ど、どうだ?」


「どう……ですか?」


「ん、熱は高いけど、風邪だけ。気温の変化が多いところで無理したのかも」


「そう言えば、おねえちゃん。最近また細工頑張ってた」


「こりゃあ、しばらくは禁止だね」


 難しい病気ではないと分かり、エレンと笑顔で会話する。


「ただ、熱は高いからこれを飲ませる」


 ジェーンが取り出したのは粉薬だった。


「こいつを飲ませればいいんだな?」


「うん、だけど、ひとつだけ問題が。アスカ、起きてない」


「うっ」


 そう言えば、さっきからうなされているだけで、意識はない。飲ませるにはどうしたらいい?


「ええ~い! 悩んでいてもしょうがない。こうなったら口移しで……」


「ジャネット、粉を口移しは無理。ちょっと待って」


 ジェーンは薬と一緒に持って来た箱を取り出すと、薬と混ぜ合わせて水を入れる。


「それは?」


「丸薬粉。私が考案したやつ。これを混ぜたら小さい玉になって飲みやすい」


「ありがとな、ジェーン」


 小玉になった粉薬を口に含むと私はアスカに口移しで薬を飲ませる。


「アスカ、早く元気になりなよ」


 ゴクンとアスカの喉が鳴る。良かった、意識はないけど飲み込むことはできそうだね。


「おねえちゃん、良くなる?」


「うん。三十分もあれば良くなるはず。それじゃあ、私はこれで……」


「ジェーン、もう帰るのか?」


「いたいけど、寝たばかりだったの」


「そっか、悪かったな。それとあまり夜更かしはするなよ?」


「……気を付ける」


「ありがとう、ジェーンさん」


「ううん、アスカのためだから」


 ジェーンは恥ずかしそうにエレンに応えて部屋を出ていった。しかし、あれはまた夜更かしする気だな。全くしょうがないねあの子も。

 そして、ジェーンの言葉通り三十分後には少し熱は上がったものの、呼吸は落ち着いてきた。


「あ、う……お姉ちゃん、痛いよ」


「アスカ、あたしがついててやるからな」


「えへへ、ありがとう」


「おねえちゃん、私もいるからね!」


「お兄ちゃんまで……お仕事忙しいのに」


 またもや良く分からないことを言うアスカだったけど、きっと夢でも見ているんだろう。それからは熱も下がっていった。




「アスカ、復活しました!! 昨日はご心配をおかけしてすみません」


「おねえちゃん、もういいの?」


「うん。エレンちゃん、昨日は仕事休んで看病してくれたんだって? ありがとう」


「おねえちゃんのためだもん、当然だよ! それにエレンよりジャネットさんの方が頑張ったんだよ」


「そう言えば、昨日は依頼を受ける日だった。迷惑かけちゃったなぁ」


「何が迷惑だって?」


「あっ、ジャネットさん! 昨日はすみません。依頼も受けられなくて……」


「そんなことどうでもいいから部屋で休んでな。飯は持って行ってやるから」


「でも……」


「いいからいいから」


「そうそう。ジャネットさんったら昨日は大変だったんだよ? おねえちゃんが起きてこないって上へ下への大騒ぎをしてたんだから!」


「エレン、嘘はよしなよ」


「じゃあ、ジェーンさんにも聞いてもいい?」


「うっ!」


「ジェーンさんも来てくれたんですか?」


「ああ、薬を渡しにね。それにリュートやノヴァも宿の仕事を手伝ってくれたんだよ」


「そっかぁ。みんなに迷惑かけちゃったな」


「アスカ、迷惑なんて思うなよ。みんな好きでやってるんだ。あんたが心配で、好きだからやったことさ」


「……ありがとうございます。じゃあ、ジャネットさんもそうなんですね。嬉しいです!」


「あたしは別に……」


「違うんですか?」


 アスカがその可愛い顔でのぞき込んでくる。全く、このお嬢様は……。


「それより、エレンをお兄ちゃんって呼ぶのはよしてやりなよ」


「ええ⁉ 私そんなこと言ってました?」


「あっ、そういえば言ってた。おねえちゃんにお兄ちゃんがいたの?」


「あ、いや~。お兄ちゃんみたいな人ならね」


 こうしてあたしは昨日の慌てっぷりを追及されることなく、アスカを部屋へと押し込んだ。ただ、後日ミーシャさんにばらされたけどね。



「あら、妹想いのいいお姉さんじゃないの」


「勘弁してくれよ、もう……」


「ジャネットさん! 今日は一緒に依頼を受けに行きましょう!!」


「はいはい、今行くよ!」




 ここまでで『転生後はのんびりと 能力は人並みのふりしてまったり冒険者しようと思います』を一度、一区切りとさせていただきます。

 引き続き続編の方は連載していく予定ですので宜しくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
読了。楽しく読めました。 聖と光のなんやかんやとか気になるなー
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